第11回:頼むから放っておいてあげて!――『真夜中の相棒』(執筆者・♪akira)

 
 頼むから放っておいてあげて!
 
 何度再読したのかすら覚えていない。なのに、ページをめくるごとにこの言葉が頭に浮かんでくる。ラストに向かうにつれてそれは叫びになり、やるせない涙で頭の中が一杯になる。
 

新装版 真夜中の相棒 (文春文庫)

新装版 真夜中の相棒 (文春文庫)

 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは! いきなり魂の叫びから始まってしまいましたが、この連載開始以来、まさかこんな喜ばしい日が来るとは夢にも思っていませんでした。全腐女子? いえいえ、性別年齢生死ゾンビ問わず、全ミステリファンに心の底からお勧めしたい、あの奇跡のような傑作、テリー・ホワイト『真夜中の相棒』(文春文庫)が新装版で復刊です!!!
 
 この物語の主人公、マックとジョニーの出会いは、ベトナムの戦場でした。女子供を含む村民の大量の屍の前で、銃を手にショックで呆然と佇むジョニーを見つけたマック。除隊前にある事件が起き、マックは8歳年下のジョニーを連れて祖国へ戻ります。もともとその日暮らしの不安定な生活を送っていたマックは、ギャンブル好きの悪癖のせいで多額の借金を背負い込み、結果、ジョニーを巻き添えにして暗黒街に足を踏み入れてしまいます。
 
 借金返済のためにギャングの集金係となった2人。強面のマックとおとなしいジョニーというコンビの取り立ては思いのほか成功するものの、一度はまった泥沼からは抜け出すことが難しく、さらに窮地に陥った2人には、ギャングのヒットマンとして生きる道しか残されていませんでした。自分のせいでジョニーを殺し屋にしてしまったマックは自らを呪いますが、ジョニーは、それがマックのためになるなら何でもやる決心でいました。自分にもマックの手助けができる、喜んでもらえるということだけがジョニーの生きる証なのです。異性、同性、さらに家族をも超えたこの無償の愛に、心を動かされない人はいないのではないでしょうか。
 
 殺人と逃亡を繰り返すことが、2人にとっては落ち着いた日常となっていきました。しかし、たった一つの殺人事件で彼らの運命は狂い始めます。ターゲット暗殺の場に居合わせたためにジョニーに殺された男は、潜入捜査中の刑事だったのです。その相棒だった刑事サイモンは、何かに取り憑かれたかのようにジョニーたちを追います。
 
 同僚の死によってあぶり出された日常のゆがみ。家庭を顧みずに仕事一筋で生きてきたサイモンに突きつけられたある真実は、信じてきたこと全てを否定せざるをえないほどの衝撃でした。それを境にジョニーへの妄執はさらに増大し、予想も出来ないラストに向かって突っ走っていくのでした……。
 
 傷つきたくないがゆえに、人との深い関わりを持たずに生きてきたマックと、厳格過ぎる親の度を超した育て方のせいで、常にまわりに脅え、自由に人生を楽しむ術を知らないジョニー。そんな2人が闇社会の片隅でひっそりと暮らすということは、はたから見れば哀れかもしれません。ですが、本書を読んだ人にだけは、それが2人にとっていかに幸福な日々だったかが、例えようのないいとおしさとともに、強く心に刻まれることになると思います。
 
 原題は Triangle 。このタイトルに込められた深い意味を噛みしめながら、再度皆様にこの類いまれな名作をお勧めいたします。
 
 本書は、発表から12年たった1994年、監督/脚本ジャック・オーディアールで映画化され、翌95年には『天使が隣で眠る夜』として日本でも劇場公開されました。ジョニーをマチュー・カソヴィッツマルクス(マック)をジャン・ルイ・トランティニャン、シモン(サイモン)をジャン・ヤンヌが演じています。大筋は原作通りですが、当時ジョニー役のカソヴィッツは27歳、以下、マック64歳、サイモン61歳で、兄弟というよりは父子に近い印象があります。
 また、大きな違いとしては、舞台を現代のフランスに置き換えているためベトナム帰還兵の設定を外し、偶然知り合った変わり者同士というように変えられていますが、これによってジョニーの得体の知れなさが際立って、ノワールの雰囲気がより濃厚になっています。
 が、もっとも大胆な改変はサイモンです! 撃たれた男の相棒どころか、なんと刑事ですらなくただのセールスマンの彼は、命は取りとめたものの昏睡状態に陥った男に病室で話しかける毎日を送りながら、犯人探しを始めます。警察でもない彼がどうやって捜査をするのかというと、捜査の途中で知り合った男から聞いた拷問を使用。素人ながらも冷酷に情報を得る姿はかなりダーク。原作とは受け取るイメージが若干異なるかもしれませんが、なかなか思い切った脚色で楽しめるかと思います。ナレーションが女性なのは、原作者ホワイトへのオマージュなのでしょうか。
 
 なお、ベトナム帰還兵の帰国後の悲劇を扱ったといえば、マイケル・チミノ監督のディア・ハンターが有名ですが、『真夜中の相棒』がお好きな方にはアラン・パーカー監督『バーディ』を強くお勧めします。戦争のショックで心を閉じた青年と、彼を立ち直らせようとする友人の交流。もし未見でしたらぜひ。
 
バーディ 予告編

 
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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