第8回:火のないところに煙の醍醐味――『絹の家』(執筆者・♪akira)

 
 全国の腐女子の皆様とそうでない皆様、こんにちは!
 
 ついに本国ではSHERLOCK/シャーロック』の新シリーズが始まりましたね〜。お正月休みということもあって、現地に赴いて放送をご覧になった熱心なファンも多いと聞きますが、日本での放映を待ちわびる皆様に、アンソニーホロヴィッツシャーロック・ホームズ 絹の家』角川書店)を猛烈にオススメしたいと思います。
 

絹の家  シャーロック・ホームズ

絹の家 シャーロック・ホームズ

 コナン・ドイル財団初の公式認定!
 80年ぶりのホームズ新作!
 
 などの謳い文句は、ゴリゴリのシャーロッキアンでなくとも気になる方が多かったのではないでしょうか。全世界的にゆるぎない人気を誇る天下の正典の続編を書くにあたり、作者ホロヴィッツはみずからに十箇条を課します(本書の訳者あとがき参照)。中でもここで特筆すべきはその第三番目――
 
「ホームズとワトソンの関係に同性愛を持ち込んではならない」
 
 ええええええええっっっ! もったいない!!! <嘘です
 邦訳刊行は昨年4月ですが、本国では2011年の秋。『SHERLOCK』が始まったのはその前年の7月25日だったわけで、作者ホロヴィッツは多少なりとも影響は受けていたと推測されます。ってことはこの制約は(以下略)。
 
 ノックスの十戒よりも厳しい(?)こんなハードルを設定しても、さすがドイル財団公認のこの作品! 並々ならぬ正典愛が感じられる出来栄えです。物語は美老人となったワトソン(希望)が、ある理由で発表できなかった過去の事件、“ハンチング帽の男と絹の家”について重い口を開くところから始まります。
 
 いつものようにワトソンを煙に巻くホームズの所に、画廊を営む男が相談にやってくる。裕福なディレッタントアメリカ人と知り合い、多くの貴重な絵画を含む商談が成立したが、輸送の際ボストンの強盗団に襲われてしまった。さらにその一味から命を狙われているという画商の依頼を受けたホームズ。調べていくうちに次々に起こる奇怪な事件。そして遂に真相を解き明かした時、背後に世にもおぞましい秘密が隠されていたことを知る。その後長い間、2人の心に暗い影を落とすことになる“絹の家”事件とは?
 
 300ページ超のソフトカバー版ですが、221Bでのおなじみのやりとりを楽しみ、次から次へと深まる謎に困惑させられ、19世紀の煤けたロンドンの裏町を思い浮かべながら、一見つながりがありそうにない事実が複雑に絡み合っていたことに驚き、危険をともなう2人のアクション場面にワクワクし、そしてクライマックスでの快刀乱麻を断つホームズの推理を堪能したらいつのまにか読み終えているという、まさに一気読み必至のミステリーです! あなたがワトソンのように素直でお人好しであればあるほど、ラストの真相には背筋が寒くなるに違いないはず。
 
 本書ではベイカー・ストリート・イレギュラーズが重要なファクターになっています。ヴィクトリア朝黒歴史の一つとして、貧困層の児童に過酷な労働を強いていた事実がここでも言及されますが、当時を生きていたドイルと、現在の作者とでは捉え方の違いがあるのか否か。同時代の暗黒街を生きる少女を主役に据えた驚きの犯罪小説、サラ・ウォーターズ『荊の城』創元推理文庫)と比べてみるのも面白いかもしれません。両書ともヴィクトリア朝の風俗を現代から見てわかりやすく描いているので、特に『SHERLOCK』をきっかけに正典を読み始めた方には入りやすいのではないかと思います。
 
 もちろん、慣れ親しんだ方にもいろいろなお楽しみがあるのでご心配なく! あの人もこの人も出てきますし、かの人の登場の仕方もなるほど〜、と盛りだくさん。ちなみに筆者が本書で一番うれしかったのは、ホームズ先生の食欲が旺盛なところです。これはすでにハドソンさんの域に達しているのかも(笑)。
 
 そしてこの連載本来の趣旨に目を向けますと、前述の十箇条により、腐った要素はないのではないか? という不安にかられたそこのあなた…
 
 全然大丈夫です!!!!!
 
 火のないところに煙を立たせるのが腐女子の醍醐味! もう至るところにワトソン先生のホームズ愛があふれかえり、逆もまたしかり。相変わらず子犬のように慕うワトソン VS ツンデレ名探偵のかけあいを、こころゆくまで堪能してください!!
 
 最後に、作者ホロヴィッツについて少しご紹介しておきますと、本国ではベストセラーリストの常連であり、TVの脚本も多くこなしています。日本での代表作は、ヤングアダルト向けに書かれた『ストームブレイカー』集英社)に始まる、女王陛下の少年スパイ、アレックスを主役にした冒険アクションシリーズ。(イラストはなんと荒木飛呂彦先生!) 1作目は映画化され、2007年に邦題『アレックス・ライダー』として日本でも劇場公開されていますが、当時ビル・ナイユアン・マクレガー目当てにガラガラの映画館で観た筆者は、主役のアンソニー・ペティファー君のあまりに完璧な美少年っぷりに呆然とし、『ベニスに死す』のアッシェンバッハの気持ちがわかるような気がしました(爆)。余談ですが、これ、ただのアイドル映画と侮ることなかれ。なんとアクション監督がドニー・イェンなんですよ!! その筋の方はありがたみをわかってくださるかと!
 
『アレックス・ライダー』予告編

 
akira


  BBC版シャーロックではレストレードのファン。『柳下毅一郎の皆殺し映画通信』でスットコ映画レビューを書かせてもらってます。トヨザキ社長の書評王ブログ『書評王の島』にて「愛と哀しみのスットコ映画」を超不定期に連載中。
 Twitterアカウントは @suttokobucho
 

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