21世紀に生まれた『ゴッドファーザー』――『夜に生きる』(執筆者・最上直美)

 
 こないだ大統領夫人から第85回アカデミー賞作品賞をコールしてもらった『アルゴ』ベン・アフレックが現在映画化しているのが、デニス・ルヘイン夜に生きるです。すでにして、あらかじめ成功を約束されたような作品と思われているのでしょうが、そこにまた「MWAエドガー賞受賞」という冠が(最新海外ミステリーニュース20130504参照)。こういうのを「テッパン」とでもいえばいいのかどうかわかりませんが、「そこまでみんなで持ち上げといて……」とか思いながら読んだとしても、ケッキョク「嗚呼、映画公開はまだかしらん」と遠い目をして Google で「"Live By Night" Movie」とか「"live by night" ben affleck」とか検索してしまうようになるのがこの小説です。ワタシのことなんですがね。
 
 本作は『運命の日』に続く三部作の二作目らしいのですが、ほぼ完全単独作品ですから前作知識は必要ありません。むしろ続編を強く期待してページを開くと「あれぇ?」と思ってしまうかもしれません。一言でいえば、「合衆国禁酒法時代を背景にしたギャングの話」です。主人公ジョー・コグリンは、まだ20歳。ボストン市警警視正を父親に持つ身でありながら自らを無法者と名乗り、悪の道に足を踏み入れています。冒頭、敵対組織傘下の賭博場に強盗に入り、そこで知り合った娘エマと恋に落ちるのでありました。いわゆるファム・ファタール(運命の女)として現れたこの女性が主人公の転落と隆盛の人生のキイとなり――と書くとよくある話じゃないかと思われそうですが、そうなんです。「よくある話」なのです。
 ところが、読み進めていくと「あれ、なんかちがうぞ」と思いはじめます。きっとそうなる筈です。
 たとえば、「ギャングもの」と云われるとそれだけで「あんまりそのテのものは……」と反応してしまう人は少なくないと思われます。自分にもそういう部分があるのでよくわかります。また「運命の女もの」とか云われると「まーた、うだうだウットーしい独白パレードなんじゃ……」などと思ってしまいがちなのもよくわかります。ところがどっこい(古)、本書における、この「よくある舞台」で「よくある設定」というものは、おそらくは作者デニス・ルヘインがあえて選択し、その上で誰もが経験したことのない展開と様相を見せるためのものであろうと思惟します。
 本書のまさに最初の一文。
 

 何年かのち、メキシコ湾に浮かぶタグボートの上で、ジョー・コグリンの両足はセメントの桶に浸かっていた。ガンマン十二人が甲板に立ち、沖に出たら彼を投げ落とそうと待っていた。
 
 この、B級ムーヴィーはおろか、いまとなってはちょっとしたギャング・コントでもやらないような設定のシーンが本書のファーストショットです。まさに海に沈められようとしている主人公ジョー・コグリンが、自分の人生を振り返るところから物語は始まるのでした。
 もちろんこのシーンは後にきちんと描かれます。当該箇所を読みながらシビれましたね。「うわぁ、ほんとにコレやるんだ」と口に出してしまったくらいです。
 このように「よくある設定」が本書には頻出します。けれどもそれらは、ルヘインの超絶技巧とも呼ぶべき描写力と悪魔の如き細心のお膳立てによって、まったく新しい趣きを帯びたシーンとして現れるのでありました――と言っていいと思うのです。しかもいろいろとカッコいいんだ、これが。本書は、時代は違えど、きゃりーぱみゅぱみゅ剛力彩芽と同い年の男の子が暗黒世界を強く歩んでいくビルドゥングスロマーンでもあるのでした。
 
 物語は当然のこと、何がカッコいいかといって、本書の造りがまた「カッケー」のです。
 この一冊は三部にわかれており、それぞれに扉がついています。その扉裏には(お馴染み!)登場人物表が、なんと各部ごとに付いているのです。これを注意して読めば、下品な表現ですが「ネタバレ」してしまうこともいくつかあるでしょう。そういうのがヤな方は読むのを避けていただけるようお願い致しますが、ワタシはしっかり読みました。それで「おお!」とか「へえ」とか思い、そのうえで読み進めましたが、そんなのほぼなーんの影響もないくらい物語はぐおんぐおん引き回してくれます。ウルトラ・ノープロブレムなのであります。まさに物語の持つ正真正銘の強さを体感した読書でした。
 また、ギャングものでしかも三部にわかれていることから、当然のようにあのゴッドファーザーを想像させます。これもまた近いようで、まったく異なる趣きの三部構成となっているのですが、扉裏の登場人物表がまるで映画のタイトルロールのようで(roleではなくrollの方)、実に映画的空間に導いてくれるのでした。
 
 問答無用に面白いので、最初はずんずん読み進めていたのですが、この超強力な脳内映像化能力に富む物語のページをめくっていくうち、あまりにももったいなくて意識してゆっくり読みはじめました。左頁が減っていくのがツライツライ。そのカット割りから音楽から、なんならレンズの絞りまで想像させるようなシーンが続いていく、この快感。もうこうなったら、ベン・アフレック映画化作品との勝負です。あらかじめ敗北を約束された勝負のような気もしないではないのですが、とりあえずこの映画化作品と、おそらくは当該映画公開数カ月前までには刊行される筈の文庫化を楽しみにして(文庫もまた買うといま決めた)、きょうもGoogleで検索を続けるのでありました。
 映画公開時の邦題も夜に生きるのままにしといてほしいなぁ、とか思いながら。
 
最上 直美(もがみ なおみ)


 吟遊詩人。主にcssとhtmlで書く。帝国海軍の重巡洋艦と同じ名前。書評家・佐竹 裕さん生誕の4日後に生まれた。weblogに映画と本などに関する彷徨雑文をたまにあげる。
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