第6回名古屋読書会レポート(後編)ボストンにもホドがある。(執筆者・大矢博子)

 

愛しき者はすべて去りゆく (角川文庫)

愛しき者はすべて去りゆく (角川文庫)

【前編はここ


 それはひとりの何気ない意見から始まりました。2チームに分かれての討論で、はからずも両チームで同じ意見が出たことは特筆に値すると言えましょう。その意見とは。



「ボストンって大都市だよね? なのになんで登場人物は知り合いばっかりなの?」「高校が一緒とか、幼なじみとか、何この狭いコミュニティのコージーみたいな人物配置」「ぜんぜん都市っぽさがないよ?」



 あれ? 確かに。この人たちって生まれた場所にずーっと住み続けてるの?



「ボストンって言えば、大学がある学園都市のイメージなんだけど」「私はレッドソックスの本拠地でフェンウェイパークの印象」「スペンサーの印象も強いなあ」「この本だと、けっこう人種によってコミュニティが固まってたり、治安悪そうだったりするね」



 そこでKG山さんより解説が入ります。ボストンは地域によって特色がはっきりしていて、フェンウェイのあたりは高級な土地柄だけど、その一方で治安の悪い場所もあるし、ドーチェスターのような下町もある。近隣の地方からの流入はあるけど、大都市だから中に住んでる人は敢えてよそに出ようとはしないのかも、と。



「大都市で、そこで生まれ育った人が外に出て行かない……」「大学が多くてプロ野球チームの本拠地球場がある……」「新興エリアと代々住み続けてる人のエリアが分かれてる……」



「それ、名古屋だがや!」



「名古屋人って外に出ないし。名古屋で充足してるし」「転勤族は東に多くて、西は先祖代々尾張って感じで」「大学多いしナゴヤドームあるし」



「だから名古屋にボストン美術館があるのか!」



「あっ」「あっ」「あっ」「名古屋ボストン美術館あるよ!」「つながった!」「名古屋ボストン説、証明されちゃった!」「ボストンは名古屋!」「ボストンは名古屋!」「ボストンは名古屋!」



 ちょっと待ておまえら。そんならボストン茶会事件桶狭間かい。ボストン・グローブ紙は中日新聞かい。NFLペイトリオッツ名古屋グランパスかい。ミスティック・リバー庄内川かい。いかん、書けば書くほど似ている気がしてきた。これで自動車産業と金シャチがボストンにあれば完璧だったんだが(何が?)。しかしボストンは名古屋ではなく京都と姉妹都市だそうですよ。残念(だから何が?)。



 しかし決してこんなしょーもない話ばかりしていたわけではなく、法と正義についての真面目な議論、母性とは何かという話、邦題の「愛する者はすべて」とは何を指しているのか、ジャンルの歴史、アメリカのスポーツ文化などなど、極めて真面目な討論があったことは記しておかねばなるまい。最後になって、慌ててとってつけたように書いてるが、ホントに真面目に議論したのよ。名古屋読書会観測史上最も読書会らしい読書会だったと言えましょう。我々は進歩しているよ!



 これまでのように些末にこだわることもなく、極めて深い議論ができたのは課題図書のセレクトが良かったからに他ならない。なんせこの本にはデッキもビーフティも出てこないし、同僚に浣腸するような警官も出て来ないんですから。課題図書って大事ね。ではその功績を称え、本書を課題図書に選んだ加藤幹事から〆の言葉をいただきましょう。



「〆の言葉というか……ひとつ、ぼくから皆さんに質問があるんですが」



 はい、何でしょう? ポスト・ネオ・ハードボイルドのあり方でしょうか。それとも法と正義の概念についてでしょうか。あるいはKG山さん翻訳でのルヘインの新作『夜に生きる』が早川書房より近日発売・刮目して待て!ということについてでしょうか?



「いや……この『愛する者はすべて去りゆく』の最初と最後の挿話って……」



 彼の発言内容については当人の名誉のためとネタバレ抵触のために伏せますが、何の隠喩でも仕掛けでもない、書いてあるまんまの場面について「意味がわからない」と長年考えていたらしいことが判明。それがアンタ、喩えて言うなら、桃太郎を読んで「おばあさんが川で洗濯をする場面は、この物語とどう関係があるんだろう」というようなもので、一瞬にして全参加者の頭上に巨大なクエスチョンマークが浮かび、次の瞬間「てか、そんなワケのわかんない疑問を持ったままでよくこれを課題図書に選んだな」「よくこれが名作だと主張できたもんだな」という慈しみに満ちたツッコミで溢れ返ったことは言うまでもない。



教訓:初心者はもちろん、たとえどれだけ翻訳ミステリを読み込んだ人でも、きっと新しい発見に出会える。それが読書会。



 さて、そんなお茶目にして今回も金とれるんじゃ?というようなレジュメを作ってくれた加藤幹事を始め、ゲストの加賀山卓朗さん、会計担当コージー好きI嬢、受付担当イヤミス好きS嬢、宴会担当ゲーマーT嬢、そしてご参加下さった皆さんのおかげで無事に終了できました。ありがとうございました。次回は春の名古屋でお会いしましょう!



大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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