第6回名古屋読書会レポート(前編)フリーダムにもホドがある。(執筆者・大矢博子)

 
 名古屋読書会ももう6回目。
 われらが名古屋の特徴は、参加者の幅広さにあると言えましょう。全回皆勤の常連さんと初参加の割合がほぼ同じ。喉から血を吐くほど翻訳ミステリを語るマニアと、「カタカナ多くて読みにくいです」という初心者もほぼ同数。「素人っぽい意見で恥ずかしい」「こんな基本的なこと訊いてもいいのかな」といった遠慮や躊躇は耳クソほども見られず、むしろマニアの方が押され気味。何でも自由に言い合える、それが名古屋読書会。それが名古屋のいいところ。の、はず……きっと……たぶん……。


愛しき者はすべて去りゆく (角川文庫)

愛しき者はすべて去りゆく (角川文庫)


 2月23日、午後3時。某会議室に集まった30人の善男善女。ネトゲにハマる五十代乙女から地元大学SF研の若き論客まで、多士済々。例によって2チームに分かれ、自由討論が始まります。課題図書『愛しき者はすべて去りゆく』はシリーズ屈指の名作です。パトリック&アンジーはファンの多い探偵コンビです。レヘインは人気作家です。それぞれのチームで司会を務める私と加藤幹事、ゲストの翻訳家KG山さん、この本が好きだからと遠く関東関西から遠征して下さった参加者も、「この話、いいよね!」と盛り上がること必至と信じて疑いませんでした。ええ、討論が始まるその瞬間までは。



 私たちは忘れていたのです。ここは何でも自由に言い合える名古屋読書会だということを。



「主人公のふたりが好きになれない」「アンジーってワガママ」「アンジーの魅力が伝わってこない」「しかも大事なとこで簡単に骨折するし」「老化じゃない?」「パトリックって優柔不断でイライラする」「そもそもこいつら何もしてないし、何も解決してない」



 えええ、うそでしょ? あの名作が、あのアンジー&パトリックが、こんな評価なの? アンジーかっこいいよ? パトリック素敵だよ? シリーズファンは懸命に反撃に出ます。



「パトリックが優柔不断なのは、ハードボイルドがマチズムからセンチメンタリズムに移行するという流れがあって」「アンジーの骨折は、あの場にパトリックひとりで向かわせるための伏線で」「探偵が何も解決しないってのは、そもそも探偵は事件のインタビュアーであって当事者ではないわけで」



 しかし暴走するフリーダムは誰にも止められない。



「こいつら首尾一貫してない」「これまでさんざん法を無視して人撃ってきて、最後だけ法を振りかざすとか」「罪ってものに対してダブルスタンダードなんだよね」「ダブスタと言えば、レヘインかルヘインかってあたりからしてもう」「これってぶっちゃけ話のスジはお粗末」「犯人もすぐわかるし驚きもないし」「謎解きもないしカタルシスもないし」「読後感悪いし」「子供が無残に殺されるシーンとかすげーイヤだった」「あそこ要らなくない?」



 負けるなシリーズファン。



ダブスタってのは、無法な探偵たちでさえこの一件には心を痛めるという深刻さの現れであって、つまり不良が子犬を拾う的な効果を」「謎解きやカタルシスを求めるタイプのジャンルではなく、もっとこう社会派的な問題提起を」「読後感の悪さこそが、読者に投げかけたテーマの重さであって」「児童殺害の残虐性は、最後のアンジーの主張の正当性を読者が受け入れるための布石で」



 KG山さんが涙目になりながら「これ、ぼくは面白いと思ってたんだけど……名作だと思ってたんだけど……違ったのかなあ……」と自らのアイデンティティを失いかけたとき、さすがにこれではマズいと思ったのか肯定的な意見も出ます。



「ブッバ可愛いよブッバ」「ブッバを主人公にして欲しい」「ブッバは5巻で大活躍するよー」「あとほら、ちょっとだけ出て来た司法省の人。彼ステキ」「法とは何か、罪とは何か、という問題提起もわかります。でもね」「私はパトリックの判断を支持するけど、でもねえ、お前が言うな、みたいな?」「私はどっちかというとアンジー派だけど、もうちょっとやり方ってもんが」



 皆さん、それぜんぜんフォローになってません。「これ面白いのに! どこがどう面白いのか、どうして巧く伝えられないんだっ!」と地団駄を踏むシリーズファン。アンジー派かパトリック派かを皆に訊ねてパトリック派優勢だったとき、KG山さんは「いいよぼくがひとりでアンジーに3票入れるから!」と軽くやさぐれていた……。



 けれどこれが読書会の面白さ。全員一致の討論なんてする意味ないもんね。いや、そんな負け惜しみなんかじゃありませんよありませんてば。そして討論は、物語の背景へと分け入っていったのです。そこで我々が目にした、ボストンの意外な真実とは!
後編へ続く)


大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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