Kindle版ハワイ本訳書リリース顛末記(執筆者・大野晶子)
2 目指すはインディーズ系出版社
前回のいきさつはこちら。
電子書籍リーダーKindleに刺激され、電子書籍専門の出版事業に乗りだそうと決意したU氏。のちにご本人から聞いたところによれば、想像をはるかに上まわるKindleの出来のよさに、すっかり感心してしまったのだとか。まるで紙の本を読んでいるかのごとく目にやさしい画面に、携帯性バツグンの軽さと薄さ。PC等を必要とせずに端末上のワンクリックで書籍が購入できる利便性。さらには見た目のかっこよさ(そのときのはKindle3です、念のため)。
そしてU氏の背中を押したものが、もうひとつ。そう、わたしが連呼していた「ハワイ」という言葉です。
じつはU氏も、そのときはじめて電子書籍ビジネスを意識したわけではなく、前々から興味を抱いていた分野だったそうです。でもただ漠然と電子書籍をリリースしたところで、無数の商品のなかに埋もれてしまうだけだと考え、手を出せずにいたのでした。
氏はこんなふうに考えていたのです──出版業に乗りだすなら、なにか「色」のあるインディーズっぽい出版社を目指さなければ。根強いファンがいるジャンル、しかも願わくば未開のジャンルを見つけ、そのなかから独自の視点で「良書」を選んで勝負すれば、細く長く、ロングセラーを狙えるかもしれない……。
そんなところへ、わたしの「ハワイ!」という叫びが届いたのでした。
そうだ、ハワイだ、ハワイで行こう!!
根強すぎるほどのファンがいるうえ、翻訳小説ジャンルで開拓の余地がありそうなハワイは、テーマとしてまさにどんぴしゃだったようで、氏はさっそく実験プロジェクトをスタートさせるべく準備に取りかかり、わたしに作品選びと翻訳を依頼してきたのでした。
わたしはといえば、こんなチャンスを逃すはずもなく、当然ながら二つ返事でお受けいたしました。世の中、なにがどう転ぶかわからないものです。
そしてすぐに作品選びに取りかかりました。
一応これは実験プロジェクトであるということ、そしてU氏からの「ロングセラーを狙えるような、世の中のためになる意義深い作品」という注文を考慮した結果、いわゆる流行作家ではなく、かつてハワイで過ごした経験をもとにハワイを舞台にした作品を発表している大御所おふたりにご登場願うことにしました。
まずは、『宝島』や『ジーキル博士とハイド氏』等で有名すぎるほど有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンの『The Bottle Imp』と『The Isle of Voices』(邦題『こびんの悪魔 声の島』)。どちらの作品もご存じの方は多いかも。過去にもいくつか翻訳は出ておりますが、まだ電子書籍にはなっていないようでしたし、とにかくおもしろくて、時代を経ても色あせない作品ということで選びました。
それから、20世紀初頭の人気作家で、『野生の呼び声』等で知られるジャック・ロンドンの『The House of Pride』(邦題『ジャック・ロンドン ハワイ短篇集』)。彼が滞在した100年ほど前のハワイ社会が見え隠れする、骨太の短篇集です。こちらは未訳の作品もふくまれていたので、ぜひ訳して日本の読者に紹介したいと思いました。どうやらマニアックなロンドン・ファンも多いようですし。
そんなふうに、話はトントン拍子に進みました。
なにしろ電子書籍ビジネスのいいところは、フットワークの軽さです。在庫を抱える心配もなく、高額な版権料を請求されることさえなければ資金も少なくてすむので、ビジネス失敗の危険性も低く、最初の一歩を踏みだすのがわりと簡単なのです。
そんなこんなで準備が整ったのが、2012年1月のこと。そのあと楽天からkoboが発売される一方で、Kindleはいつまでたっても姿を見せず、情報がふっつり途絶える時期もあったりして、もどかしい思いをさせられました。もちろんKindleストアだけがプラットフォームではないのですが、電子書籍リーダーとしてのKindleの質の高さがあったからこそはじめたといういきさつもあったので、迷い、悩みながらも、やはりKindle発売に合わせてリリースしたかったのです。
そして昨年11月、ついにKindleが日本に上陸し、翌月、翌々月と、ぶじ訳書のリリースにこぎつけたのでした。
では今回、いつもの翻訳作業となにかちがうところはあったのか、仕事を終えたいま、翻訳者としてなにを思うのか──次回はそういうことを書くつもりです。
◇大野 晶子◇(おおの あきこ)。東京都在住。最近の訳書は、C・キャンプ『唇はスキャンダル』、J・コーエン『チンパンジーはなぜヒトにならなかったのか』、R・L・スティーヴンソン『こびんの悪魔 声の島』、J・ロンドン『ジャック・ロンドン ハワイ短篇集』など。 |
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