ちがいのわかる大人の都会派コージー――『モカマジックの誘惑』(執筆者・上條ひろみ)

 
 長年紅茶党で、わが家にはコーヒーメーカーもない。スターバックスの台頭で、ホイップクリームやらトッピングといった付加価値をつけたグルメコーヒー(なのか?)がもてはやされ、コーヒーはえらく高価になったし、注文の仕方もなんだか面倒くさそうで、なんとなく敷居が高かった。もとよりコーヒーは大人の飲み物だ。産地や淹れ方のちがいによる微妙な味わいなど、お子ちゃまのわたしにわかるわけがない。と思いこんでいたが……よく考えればわたしももう立派な、というかすでにだいぶトウの立った大人なわけで、当然ちがいがわかってもいいはずだ。コーヒーといえば「ちがいがわかる大人うんぬん」というCMがあったな。おそらくそれによる刷り込みもあるのだろう。そんな、ちがいのわかる大人を装いたいがコーヒーを飲みつけないわたしの救世主(んな大げさな)が「カフェモカ」だ。最近ではどこでも飲めるようになったが、スターバックスで初めてあれを飲んだときは衝撃だった。ご存じ、エスプレッソをミルクで割ったカフェラテに、チョコレートシロップを加えた飲み物。要は甘党なんです。
 
 そんな、コーヒー党じゃなくても心惹かれるチョコレートとコーヒーの絶妙なハーモニーが楽しめる、危険で甘く香り高いコージーミステリが、クレオ・コイルの『モカマジックの誘惑』だ。

 
 ニューヨークのグリニッチビジッジにある老舗コーヒーハウス、ビレッジブレンドを舞台に展開される〈コクと深みの名推理〉シリーズの十作目にあたる本書は、ちょっと大人のコージーミステリ。どこが大人かというと、ビレッジブレンドが一流ショコラティエとネット業者とのコラボで出すことになった新製品が「媚薬入りコーヒードリンク」なのだ。
 
 シリーズ十作目なので、ちょっとこれまでのお話を紹介しておこう。ヒロインのクレアは、アメリカ南部で小さな食料品店を営むイタリアの田舎出身の祖母に育てられ、アートを勉強していた学生時代に訪れたイタリアでハンサムな青年マテオ・アレグロと出会い、十九歳でできちゃった結婚。娘のジョイが生まれ、マテオの母親(通称マダム)が経営するコーヒー店ビレッジブレンドで働きはじめるが、結婚は十年で破綻。離婚して店を辞め、ニュージャージーで料理ライターをしながらジョイを育てた。その後、ジョイが料理学校にはいったのを機に、クレアはグリニッチビレッジに戻り、三十九歳でビレッジブレンドのマネジャーとなる。離婚しても経営者であるマダムからの信頼は篤く、バイヤー担当の元夫マテオとはかなりあぶなっかしいながらも、コーヒー事業のパートナーおよび娘の親として協力関係を保っている。なお、マテオは雑誌編集長のブリアンと再婚しており、クレアにもニューヨーク市警の警部補であるマイクという恋人がいる。成人した娘のジョイは、現在パリのレストランで働くシェフ。
 
 さて、今回クレアは元義母マダムの古い友人だというアリシアの誘いで、新製品の開発に協力することになり、その新製品「モカマジック・コーヒー」をめぐって事件が起こる。ビレッジブレンドのコーヒー豆と、人気ショコラティエのガドラン・ヴォスの店“ヴォス”のチョコレート、そしてアリシアが開発したという“ハーブの媚薬”をブレンドして作る「モカマジック」は、要はインスタントコーヒーなのだが、媚薬効果をうたった大人の飲み物で、“アフロディテのビレッジ・オンライン”という女性に人気の通販サイトで売り出されることになっていた。サイトはヘルスおよびフィットネス、トラベルおよびレジャー、性生活および恋愛関係などのジャンル(それぞれ“神殿”と呼ばれる)に別れていて、アリシアは食品および飲料の“神殿”の責任者だ。
 
 ところが、新製品発表パーティーの前夜、アリシアが宿泊しているホテルの部屋で男性の死体が発見され、その後なぜか死体は警察が到着するまえに消えてしまう。発表パーティーの試飲会では、モカマジックの発売をめぐって“神殿”間で確執があることが発覚し、クレアはアリシアがなんらかの陰謀に巻きこまれているのではないかと考える。さらにパーティー会場ではアリシアの上司の死体が発見され(発見したのはもちろんクレア)、いよいよこのサイト関係者たちってやばいんじゃないの、そんなのに協力したら店の評判が……と思っても時すでに遅し。これはもうちゃっちゃと事件を解決するしかない。でも調べれば調べるほど、謎は深まっていくばかり。
 
 マダムが過去にとある事件に関わっていて衝撃を受けたり、それがまた今回の事件に関係していたり、ジョイの恋の行方にやきもきしたり、マイクとの将来に悩んだりと、大忙しのクレア。その間、もちろん店も営業しているわけだが、信頼のおけるバリスタたちのおかげでこちらは安泰。個性的なバリスタたちのやりとりや、活気ある店の雰囲気、さまざまなコーヒードリンクが作られていく手順も毎回読みどころのひとつだ。
 
 件の“ハーブの媚薬”であるラブ・パウダーはかなり強力らしくて、発表パーティー兼試飲会でガブガブ飲んだ人たちに影響が。発情(?)する人続出で、コージーでここまでやっていいの?という、かなりアダルトな展開に。コーヒーにもチョコレートにももともと媚薬効果があると言われてるけど、それにしたって効きすぎでしょってことで、違法な薬物がはいっているんじゃないかと疑うクレア。このシリーズはもともとロマンス方面がかなりおさかんで、美魔女のクレアはマイクとラブラブだし、ワイルドなイケメンの元夫マテオのこともまだ憎からず思っているようだし、そのマテオも再婚したくせにまたやけに思わせぶりだし、そんなときマイクが結婚をにおわす発言を……でもって、それに対するクレアの態度がまた大人なんだよなあ。
 
 巻末にコーヒードリンクやスイーツを中心にしたレシピが紹介されているのも本シリーズの特徴で、今回のレシピはいつもよりちょっと多め。巻末レシピにはないけど、チーズにコーヒーを注いで練り、ねっとりしたチーズを押さえながらコーヒーを捨てて作るコーヒーチーズ、なんていうのもある。このコーヒーチーズを使ってクロックムッシュを作っちゃう。うーん、どんな味なんだろ。ちょっと作ってみたいかも。料理にコーヒーを使うのはむずかしそうだけど、これまでもコーヒーを使った料理は何度か登場している。それも、カレーの隠し味にコーヒーを入れる、なんていうのじゃなくて、ちゃんとコーヒー味の料理。クレアってばチャレンジャーだなあ。どんだけコーヒーが好きなんだ。
 
 コーヒー好きはもちろん、スイーツ好き、おいしいもの好き、大人の恋愛マニアも満足の、おしゃれでアダルトな都会派コージー。クレアの飼い猫ジャヴァがモデル(?)の、キュートなカバーイラストが目印です。
 

上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

神奈川県生まれ。ジョアン・フルークの〈お菓子探偵ハンナ・シリーズ〉(ヴィレッジブックス)、カレン・マキナニーの〈朝食のおいしいB&Bシリーズ〉(武田ランダムハウスジャパン)などを翻訳。趣味は読書とお菓子作り。
 
名探偵のコーヒーのいれ方 コクと深みの名推理1 (ランダムハウス講談社文庫)

名探偵のコーヒーのいれ方 コクと深みの名推理1 (ランダムハウス講談社文庫)