あしたはあしたの風が吹く(執筆者・高山真由美)
第2回 『リヴァトン館』をめぐるあれこれ
前回からの流れとしてたぶんおわかりでしたでしょうけれど、今回はきのうの第2回千葉読書会のレポートをお送りいたします。
会場は和室でした。洋館の話なのに和室。
そして今回はお客さまがありました。千葉読書会、初のゲストはまさかの香港から、課題書『リヴァトン館』訳者の栗原百代さんをお迎えしました。もともと夏に帰国のご予定があったとはいえ、ご多忙な栗原さんが会にあわせてスケジュールを調整してくださるなんてすごいことです。ほんとうにありがとうございました。
とはいえ発言におかしな遠慮はいりません。賛否両論の「否」の部分がまったく出なくなっては、議論としてはおもしろくない。訳者ご本人がいらっしゃるからといって――訳した作品とは長いつきあいになりますから、もちろん愛着はあるものですが、訳者だってその作品の長所・短所は冷静に見ているものです――健全な作品批判ならどうぞご遠慮なく。
「これはミステリなの?」
「ミステリとしては薄味?」
「いつ事件が起こるのかなー、と思いながら上巻が終わってしまった……」
「じつは××が××でなかった! みたいな裏があるんじゃないかと思いながら読みました(結局なかったけど)」
「どんでん返しがなくて、最後までわりと予想どおりだった」
ミステリか否か? という問題だけであんなに盛りあがるとは(とくに二次会)。ちなみに栗原さんも普通小説という認識だったとのこと。
ではどこが面白いかというと……。
「大きなものが壊れていくところに巻きこまれて身動きが取れず、思うとおり自由に生きられなかった人々の大河ドラマとして読みました」
「戦後に、貴族が没落していく様子がよかった。部屋を管理しきれなくなってだんだん屋敷がさびれていくところとか」
「後味は悪い。切ないというか、やりきれない」
「激動の時代の恋愛小説として面白く読みました」
「小池真理子の『恋』を思いだした。よくある型ではあるけれど、最後の一点に向かって引き絞っていくような描き方が巧い」
「構成が巧いですよね。小さな積み重ねが全部最後の見せ場への前振りになってるという」
「そうそう、小さな仕掛けがほんとうに最初のほうからまんべんなくちりばめられていて」
「印象としては〈ゴスフォード・パーク〉。“家政婦は見た”“メイドだけが知っている”のような書き方で最後まで引っぱっているのがすごい」
「ラストで、できあがった映画をああいうふうに処理したところがまた巧い」
「著者はクリスティーが大好き?」
「読んでいてクリスティー作品とかぶるところがあるように思いました。『杉の柩』とか、『鏡は横にひび割れて』とか」
「それまでの読書で培ってきたものを全部ぶつけたようなエネルギーが強烈。でも荒削りなところはあるように思う」
以上が作品全体について。あとはその、アレについての話もけっこう出ましたが、ネタに関わる部分なので割愛します。ほかに書いてよさそうなのは、キャラクターについてでしょうか。
「やっぱりグレイスがすてき」
「グレイスのその後の話がもっと読みたかった」
「執事とコックは典型的」
「アメリカの成金、シミオンのいやらしさ。その妻も輪をかけて俗物、しかも空気読まない」
「エメリンのキャラが、時代の移り変わりをよく映していると思う」
「ロビー・ハンターの魅力がわからん!」
「男性キャラは総じてダメだと思う。唯一かっこいいのが執事のミスター・ハミルトン」
「徹底して男性不在というか、あまり男性を描きこんでいないのは意図的なものでしょうか?」
「男性的な、権力めいたものに押しつぶされている女性を描きたかったのでは。テディも結局妻を所有物のように扱っているし。ロビーも身勝手で。著者の焦点は、男の身勝手に振りまわされる女のほうに合っている」
それから、こまごまとしたところでは……。
「グリーンティーにレモンってどうなの?!」
「コックが頑張っているわりに、食べ物があまりおいしそうに描かれていない気がします」
「この時代、ガスは通ってましたよね。だけど冷蔵庫はなかった」
「電気も使えていたみたい。掃除機が出てくる」
「ケイト・モートン、美人…」
では最後に、ゲストの栗原さんからひとことです。
「とにかくベタ。うまいんだけどベタ、と原書を読んで思ったので、あまり考えすぎずにふつうに訳すのがいいかな、と。訳していていちばんカタルシスがあったのが23章。全体的には、思いの丈を書きすぎてまとまらない感じもあるので、パーツパーツを楽しむという読み方もいいかもしれませんね。楽しい仕事でした」
さらにさらに、今回もkashiba@猟奇の鉄人さまが副読本をつくってくださいました。
千葉読書会名物「鉄人さまのお宝小冊子」、中身は内緒です。興味深い周辺情報と遊び心に満ちたすばらしい力作(40ページの大作!)、とだけいっておきましょう。
さて。やっぱり20人を超えたらグループディスカッションにしたほうがいいのかしら(でも全員のご意見を全員で聞きたいし)、というところは新たな課題となりました。
次回はアン・クリーヴスを取りあげます。11月の予定です。
それでは、今回ご参加のみなさま、そして興味を持ってくださったみなさまに心よりの感謝を捧げつつ、きょうはこのあたりで床に就き…もとい、筆を置きたいと思います。
◇高山真由美(たかやま まゆみ)。東京生まれ、千葉県在住。訳書に、ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父――もうひとつの若草物語』『灰色の季節をこえて』、アッティカ・ロック『黒き水のうねり』、ヨリス・ライエンダイク『こうして世界は誤解する』(共訳)など。ツイッターアカウント @mayu_tak 。 |
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