第6回・紫煙と酒のハードボイルド部屋レポート(執筆者・影山ちひろ)

 
 4月に開催された第3回翻訳ミステリー大賞記念コンベンション! そこで本サイトにて不定期連載中の「マット・スカダー再読〜失われたおじさんのかっこよさを求めて〜」の特別版として、ローレンス・ブロック『八百万の死にざま』の読書会企画が行われました。豪華絢爛な企画部屋が並ぶなか、このハードボイルド部屋には20人ほどの参加者が結集。唯一の喫煙部屋ということで、開始前から紫煙がゆらめくその部屋の机のうえにはバーボンの瓶――という超ハードボイルドな空間で、主催者の田口俊樹氏を中心に読書会はスタート。開始直後から熱い熱い談義が交わされました。その一部をご紹介いたします。(影山ちひろ 記)

八百万の死にざま (ハヤカワ・ミステリ文庫)

八百万の死にざま (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 
田口「やっぱり男のカッコよさみたいなものを意識して訳してきたんだよね。この『八百万の死にざま』はシリーズ5作目なんだけど、ここからすごいキャラが立ってきたと思う」
 
「やっぱこの作品で突き抜けた感じがありますよね。スカダー以外のキャラクターの造形も良いし」
 
「俺はハードボイルド史上最高の女性はエレインだと思うんですよ!」
 
「ええっ! ジャン・キーンだと思うんだけどなあ」
 
「でも、女性の私から読んでも納得できる造形でした」
 
「ブロックさん、本当はここでシリーズを終わらせるつもりだったんですよね?」
 
田口「そうそう。やっぱりここから売れ出したから続けたっていうのもあったのかもしれないね」
 
 
「やっぱり酒を飲むことに対してスカダーが理由をつけていくところにぐっときますよね」
 
田口「やっぱりそこだよねぇ。あれは本当に酒飲みの気持ちを的確に描いていると思う」
 
「禁煙した身からすると、スカダーの酒に対する気持ちがすごくよくわかってね……」
 
「酔ったあとの目覚め方がすごくリアルだと思ったんです。僕もよく酔っ払って記憶を失うんですけど……」
 
「大丈夫! みんな同じです!(笑)」
 
田口「みんな大丈夫か?(笑)。でも、こっからずっと酒のまなくなっちゃうんだよね」
 
「その後のマッド・スカダーって、アル中という設定である必要はあったんでしょうか?」
 
「必然性という意味でなら違う探偵をつくったほうが良かったと思うんだけど、きっとブロックさんはスカダーに惚れたんじゃないかなぁ」
 
「飲むと死んでしまうみたいな宿命を背負っているというところが面白いとおもうんですよ」
 
田口「アル中であるということに意味はあるのかという話ね。そこは好みだと思うけど、アルコール依存からこうやって更生しました、というその過程にどこか身体的なリアリティがあると思うんだよね(笑)」
 
 
「アル中探偵って書いてあったから、なんかすごくいやらしい人が主人公なんじゃないかと思って身構えちゃいました(笑)。ハードボイルドって男性が楽しむものなのかなと思ってたんですけど、スカダーはそういう感じではないですよね」
 
「ハードボイルド作品の探偵によくある、オレオレっていう我が強い感じじゃなくて、スカダー自身も小さな悩みを抱えながら生きてるんですよねぇ。そこがすごくいい」
 
田口「そうそう。スカダー自身のなかにある正義みたいな部分が垣間見えるのがいいよね。それは客観的に見ると美しくなかったりするのが、また切なくってね」
 
「最初に読んだのが二十歳くらいのときだったんですけど、いまになって再読すると全然読み応えが違いました」
 
「あの妥協しながらも前に進んでいく感じって、大人なってから読むとぐっときますよね」
 
田口「ああ、なるほどね。俺も本当に久々に再読したんだけど、やっぱり何度読み返しても傑作だなと思う(笑)」
 
 
「いろいろありますけど、でもやっぱり最後のシーンがいいですよね」
 
「そう! 本筋は忘れちゃってるんだけど、あのシーンだけは覚えてる」
 
「あの『最高にくだらないことが起こった』っていうセリフで、今までの事件のことがすべて吹っ飛んじゃう(笑)」
 
田口「そうなんだよ! あれ? 事件ってたいしたことなかった? みたいなね(笑)。あの原文は今でも覚えてるんだよなぁ。“And the goddamndest thing happened.”っていうのを『最高にくだらないことが起こった』って訳したんだけど、それが浮かんだときはやった! と思ったね」
 

田口「最後はこの『八百万の死にざま』の担当編集者だった染田屋茂さんからのコメントを頂きましょう」(写真左・染田屋茂氏、右・田口俊樹)
 
染田屋「やっぱりハードボイルドの探偵っていうのはバックグラウンドが非常に大切ですよね。負の部分を背負っていたりとか、女性との関係とか。でも、これ以上いつまでもアル中という設定を引き継いで、それを押し出して書いていったら、ものすごくチープな作品になってしまったと思う。だから、この『八百万の死にざま』は、作品の質としてという意味ではなく、ハードボイルドな作品の描き方の一つの到達点だったんじゃないかな」
 
田口「なるほどね。たしかに、このままズルズルいってもどうなのかなぁとも思うね(笑)」
 
 ……などなど。筋金入りのハードボイルド・ファンの方から、今回が初のブロック作品という方まで、全員で終始盛り上がった濃密な読書会でした。以降の連載もお楽しみに!
 
主催者より最後にひとこと (田口俊樹)

お集まりくださった方々、ありがとうございました。まとめてくれた影山さんにも感謝。正直なところ、この時点では私、かなり酔っぱらってまして、何をしゃべったか、ほんとうに覚えてないんですよね。でも、こうして振り返ると、大したこと言ってないんで、覚えてなくて当然か。次回は『聖なる酒場の挽歌』です。これも好きな作品で、このあたりがこのシリーズのやっぱり頂かなあ。と言いつつ、宣伝をば。スカダー・シリーズの最新作、A Drop of the the Hard Stuff の邦訳は今年秋に刊行予定です。でもって、ブロックさんもその頃初来日、という噂もありますんで、乞う、ご期待!
 

影山ちひろ(かげやま ちひろ


1990年生まれ。慶應義塾大学在学中。
ミステリマガジンなどで原稿を書いたり、対談の構成をしたりしております。
趣味は読書と釣り全般! よろしくおねがいします。
 
聖なる酒場の挽歌 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション)

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A Drop of the Hard Stuff (Matthew Scudder)

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おやじの細腕まくり

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