第一回千葉読書会レポート・本篇――ドロシー・L・セイヤーズ『誰の死体?』をめぐる熱き語らい

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 写真は開始前の会場の様子です。
 ここでご参加のみなさんのプロフィールを少々。
 会社員。学生。レビューサイトの寄稿者。翻訳者。クリスティーからセイヤーズに入った人。クリスティーは好きだけど、セイヤーズは敬遠していた人。反対に、セイヤーズが好きでそこからクリスティーに入った人。ホームズ、ブラウン神父が好きな人。ふだんあまりミステリは読まないけれど、会場が千葉だったから参加した人。会場古書店の常連さん。
 ううーむ。この全員が楽しく過ごせる会って、可能なんだろうか。などという幹事の心配をよそに、口火が切られれば話し合いはどんどん進むわけです。


「これ、本格といわれること多いみたいですけど、じつはキャラで引っぱる話じゃないでしょうか」
「そうそう、意外に人間味があるのを再読で発見しました」
「あ、173ページのあたりですよね?」
「わたしも、最初はピーター卿のこと、事件を喜んでるイヤなやつって思ったんですけど、その悩んでるシーンを読んで、そうでもないかもと思い直しました」
「そういう傷つきやすい人間性というか、ピーター卿の内面はシリーズを通して変わってないかも」
「ピーター卿は、最初の印象づけが少女漫画っぽくてうまいと思いました」
「次男坊ってところもいいですよね、この、貴族なんだけど跡取りじゃないっていう気楽さが」


「会話が多いのが読みづらかった……」
「ああ、決め台詞が芝居っぽいから?」
「芝居っぽさがちょっと露骨っていうか」
「そう、芝居というのはあると思いますね。状況説明を一気呵成にしゃべらせる長台詞とか。セイヤーズは芝居の世界に没頭していた時期があって、それが作風に生きてるんだと思います」


「言葉の使いかたというか、慣用句がおもしろかったです」
「比喩が印象的なんだけど、もっとこう、かっこいい言いまわしがあるだろう、という気も……だって、例えば10ページとか、主人公の顔を描写するのに“ゴルゴンゾーラから白い蛆虫がわくように”って、すごくないですか?」


「古本買いするピーター卿はいい人だ! 以上です」
「それだけですかっ?」
「まあ、古書の蒐集っていうのは当時の貴族のたしなみですよね」
「15ページの原注に出てくる神曲の二折本なんて、国宝級ですよ」


「なんだか、刑事の扱いがあんまりだと思います。スコットランドヤードの刑事ふたりが、まるでピーター卿の部下のように……」
「当時の刑事は、岡っ引きのような存在ですからねえ。かたやピーター卿はお貴族様ですから」
「ホームズのころから、刑事は探偵の引き立て役ですし」


「バンターの口調って、つい真似したくなりませんか?」
「なるかも」
「“さようでございます、御前”とか」
「他家の使用人と話すときなんかに、バンターが自分のことを“あたし”っていうのがすごくリアル。近所のクリーニング屋のおじいさんみたいで」
「相手がピーター卿のときは自分のこと“手前”っていってますよね。そういう訳語の選択って、さすがです」


 訳の話が出たついでに。今回、翻訳者が企画した読書会ということで、翻訳自体にも少し興味を持っていただければと、おなじテキストに対し3種類の翻訳のある『ナイン・テイラーズ』(ピーター卿シリーズ第九長篇)の冒頭をそれぞれ少しずつご紹介しました(質素なレジュメですみません)。


 それから、参加者のおひとりでセイヤーズの大好きなSさんが、ピーター卿のつづきの話の原書を持ってきて見せてくださいました。


 ご存知のとおり、セイヤーズによるピーター卿シリーズの長篇は全部で11。『誰の死体?』からはじまって、『雲なす証言』『不自然な死』『ベローナ・クラブの不愉快な事件』『毒を食らわば』『五匹の赤い鰊』『死体をどうぞ』『殺人は広告する』『ナイン・テイラーズ』『学寮祭の夜』とつづき、『忙しい蜜月旅行』が最後です。セイヤーズは1957年に亡くなっていますから、これ以上シリーズの長篇が増えることはない……と思いきや、ジル・ペイトン・ウォルシュという作家が書き継いでいるのですね。
『忙しい蜜月旅行』の次の作品は、じつはセイヤーズによって途中まで書かれていたのですが、ウォルシュはその未完の遺作を完成させました。それが Thrones, Dominations
 ウォルシュはその後もシリーズを書き継いでいます。Sさんが見せてくださったのはこれ(続編第2作)と、これ(続編第3作)。


 さて、触れてよさそうなところは以上でしょうか。ネタばれを気にすると、やっぱりストーリーに関する話題が書きづらいですね。まあ、全貌を知ることができるのは参加者の特権ということで。


 会の最後には、ご参加のみなさんから貴重なご意見をいただきました。
「こういう読書会って、どうして昔の作品ばかり取りあげるんですか? もっと新しいものもやってほしい」
「千葉は攻撃的にいきましょう!」
 はい、ご参加者からのそういうお声を待っておりましたとも。千葉読書会では、古典とか、新刊とか、どういうジャンルかといったことにこだわらず、いろいろな翻訳ミステリーを取りあげていきたいと思っています。次回の開催は夏ごろを予定しています。


 千葉、というと、「健作王国?」「文化不毛の地?」なんていわれることもありますけれど、なんのなんの。千葉も掘れば深いんですよ?



 末筆ながら――。今回の会場は Moonlight Bookstore でした。ご店主Mさんのご厚意で、いろいろとわがままも聞いていただき、たいへんお世話になりました。どうもありがとうございました。kashibaさんの「古書肆だぶる・だぶる」はお店を入って右手のスペースで、今月24日まで。お近くのかたはぜひ覗いてみてください。



高山真由美(たかやま まゆみ)

東京生まれ、千葉県在住。訳書に、ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父――もうひとつの若草物語』『灰色の季節をこえて』(近刊)、アッティカ・ロック『黒き水のうねり』、ヨリス・ライエンダイク『こうして世界は誤解する』(共訳)など。ツイッターアカウント@mayu_tak

【連載エッセイ】五代ゆうの ピーター卿のできるまで #1『誰の死体?』


誰の死体? (創元推理文庫)

誰の死体? (創元推理文庫)

雲なす証言 (創元推理文庫)

雲なす証言 (創元推理文庫)

不自然な死 (創元推理文庫)

不自然な死 (創元推理文庫)

ベローナ・クラブの不愉快な事件 (創元推理文庫)

ベローナ・クラブの不愉快な事件 (創元推理文庫)

毒を食らわば (創元推理文庫)

毒を食らわば (創元推理文庫)

五匹の赤い鰊 (創元推理文庫)

五匹の赤い鰊 (創元推理文庫)

死体をどうぞ (創元推理文庫)

死体をどうぞ (創元推理文庫)

殺人は広告する (創元推理文庫)

殺人は広告する (創元推理文庫)

ナイン・テイラーズ (創元推理文庫)

ナイン・テイラーズ (創元推理文庫)

学寮祭の夜 (創元推理文庫)

学寮祭の夜 (創元推理文庫)

神曲 地獄篇 (河出文庫 タ 2-1)

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神曲 煉獄篇 (河出文庫 タ 2-2)

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神曲 天国篇 (河出文庫 タ 2-3)

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