第一回千葉読書会レポート・序――古書店読書会はいかにして開催されしか(執筆者・高山真由美)

誰の死体? (創元推理文庫)

誰の死体? (創元推理文庫)

 私の記憶が確かならば、あれは去年の夏でした。横浜読書会が本決まりになったころだったと思います。「埼玉は?」「千葉は?」なんて話が最初に出たのは。


 それ以来ずっと頭の片隅にはありました。だから何かで地元の友人としゃべっていたときに、ふと口をついて出たわけですね。
「ねえ、千葉周辺で20人くらいの読書会ができそうないい会場知らない?」
「ああ、よくイベントやってる古本屋さんがあるよ」


 実際に行ってみると、コーヒーも出してくれるなんとも居心地のいいお店。なんでしょう、本の力? ご店主のお人柄? やっぱり何度か通ってから切りだすのが礼儀よね、どうお話ししたらいいだろう、などともやもや考えていたのも忘れ、気づけば思わず口走っていたのでした。「ここで読書会やらせてもらえませんかっ?」


 その後はとんとんと話が進み、ご店主Mさんと相談のうえ会場費と日時が決まって本決まり、課題書も少々迷った末にセイヤーズ『誰の死体?』に決めてサイト告知。Gmailにつくった専用アカウントには順調にご参加希望者からのメールが……えっ? わりと早い段階でいただいたあるメールの署名欄に、kashiba@猟奇の鉄人の文字。えーっ?!
 背景の黒が、ぱっと脳裏に浮かぶ。あのHPは拝見していましたが、長らく鉄人さまの「正体」は存じませんでした。ちなみにそのHPのまとめをメインとしたご著書がこちらですね。

あなたは古本がやめられる

あなたは古本がやめられる

 しかも署名欄の下の追伸には、「もしよければダブり本を持ち込ませていただきます」とのお申し出が書かれてありました。ミステリファン垂涎の、猟奇の鉄人蔵書放出かあ。なんとか実現せねば。


 そんなこんなの連絡、調整も進めつつ、課題書を含むシリーズを見直しているうちに、どんどん当日が迫ってきます。リマインダーを送って、ご参加のみなさんの自己紹介を一覧表にまとめ、あとはレジュメだけ。だけ? ここにいたって俄然気が重く……ああ、なんでセイヤーズなんて巨匠選んじゃったんだろ、手に余る、レジュメってどうしたらいいのー(時すでに前夜九時過ぎ)。


 とりあえずキャンセルがないか確認しておこう、とひらいた専用アカウントには、どなたからもキャンセルのご連絡はなく、代わりに鉄人kashiba氏からの激励のメールが届いていました。曰く、「明日のご準備に励んでおられることと存じます。」いえ、励むというより苦しんでおります。「当方の途中経過および激励を兼ねて添付のような駄文をしたためてみました。」途中経過……そうでした、独自にペーパーを用意してくださるとおっしゃってました。え? 添付? と、ひらいてみれば、駄文だなんてとんでもない。わたしだけが拝見するのはもったいない、すばらしい前日譚!(後日、「サイトに載せてもいいですか?」とお尋ねしたところ、ご快諾いただきましたのでここに。)


――――――――――
千葉読書会 前日譚          kashiba@猟奇の鉄人


 JR西千葉駅東側は、千葉大学を中心とした文教地区である。駅からロータリーを越えて千葉大キャンパスに沿って東に向かうこと5分弱で今回の会場に着く。


 Moonlight Bookstoreは、もともとスナックだった店舗をほぼそのまんま残した瀟洒なつくりの古書店だ。昔、西荻窪に似たようなテイストのお店があったが、店内のカウンターや、テーブルでコーヒーを飲みながら古本を試し読みできる、というのは、古本者にとって「極楽」である。余りにも居心地が良いので、中には、喫茶店のつもりで入ってそこにある本が売り物だということに気がついていない常連さんがいるぐらいだ(←気付けよ)。


 黒っぽい本や学術書の類はない。逆に漫画もPeanutsの原書がディスプレイされている程度。ご店主M氏のご趣味で、小説から旅・音楽・酒・サブカル系の品揃え。文庫以外のミステリ・SFの類は棚一列分なので、マニアは過剰な期待はされないほうがいい。


 ただ、店舗の一隅にりんご箱を改造した小振りの書棚を三つおいて、貸出しスペースにしているのがユニーク。その名も「りんご箱文庫」。月替わりで、近郷近在の我と思わん方々が、テーマをもって自慢の蔵書を並べたり、売ったり、物々交換したり、と「静かなる活況」を呈している。
 また、イベントに会場を提供することもあって、これまでにも、歌やら、ヨガやら、様々な文化的な集いが開催されてきた。
 さらに小冊子出版や、ロゴ入りバッグ作りも、ご店主の「昔取った杵柄」でサクっとやってのけてしまう。
 要は、学生街の『サロン』的存在、心あるミステリマニアであれば、「ここを舞台に、安楽椅子探偵のシリーズを書きたくなってしまう」。
 まあ、そんなお店なのである。


 今企画の幹事役は、高山真由美さんと高橋知子さんの女流翻訳者コンビ。課題書「誰の死体?」の作者はセイヤーズで、訳者は浅羽莢子女史で、幹事二人が女性なのでとりあえず4Fだ。


「うん、これは、たおやかだぞ、バンター」
「左様でございます、御前。参加者もレディが多いに違いありません」


 生憎、天気は朝からぐずつき、絶好の古本日和からは程遠いとの予報。しかし、屋根があって、古本があって、翻訳古典ミステリを語れる仲間がいれば、幸せな時間は約束されたも同然だ。


 個人的に、この日に備えて、二つの仕込みを行った。
1、りんご箱文庫への「出店」
 ここ一二年で溜まってしまったダブりのミステリ・SF・ホラーなどを105円均一で放出。「鉄路のオベリスト」も「ハイチムニー荘の醜聞」も「ショパンの告発」も「魔女も恋をする」も全部105円、角川横溝文庫初版も、講談社乱歩文庫も、モダン・ホラーセレクションも全部105円、「薔薇の名前」は上下巻で210円だ。B級ビブリオながらも、お買い得感は保証できる。
 店の名前は「古書肆だぶる・だぶる」、エラリー・クイーンのBantam版「Double double」が目印だ。


2.無料配布のセイヤーズ小冊子作成
 最初は幹事さん作成のレジュメのオマケのつもりだったのが、いつもの伝で徐々に膨れ上がり、最終的には、コピー誌ながらA5版40ページになる。
 未訳モンタギュー・エッグものの翻訳(「苦いアーモンド」)を中心に、十八番の架空書エッセイやら、新青年所載「蜜月殺人事件」のスクラップやらで、結構賑やかな冊子になってしまった。これを参加人数分作成する。
 こちらは Gollancz のダストラッパーを模した黄表紙が目印だ。


 これに加えて、セイヤーズの本を準備する。
 別冊宝石 セイヤーズ編 OK!
 ペーパーバック版”Whose Body?” OK!
 参考図書として、ポケミスの2冊、OK!
「蜜月殺人事件」所載の新青年増刊号 OK!
「すとろんぐ・ぽいずん」掲載のぷろふいる OK!


 よーし、これで完璧だ。
 後は、もちろん、創元推理文庫版「誰の死体?」
 こいつを読むだけだ!


 …って、まだ読んでないのかよ!?(ちゃんちゃん)
――――――――――


 僭越ではございますが、御前、”たおやか”かどうかは保証いたしかねます。しかしながら、ご参加者にレディが多くいらっしゃることは事実にございます。


 御前の…じゃなくてkashibaさんのメールは、「では、明日、無事にお目にかかれるますことを。」と締めくくられてありました。はい、なんとか大丈夫そうです、こちらもレジュメできました、ほんの少しのご参考くらいのものですけれど(時すでに当日午前三時半)。


 あ、そうそう、今回の「りんご箱文庫」は3/1〜3/24なのです。それで、その、3月に入ってから打合せでお店に行ったときに、コバルト文庫『魔女も恋をする』はわたしが買ってしまいましたことを白状しておきます……。


(つづく)


高山真由美(たかやま まゆみ)

東京生まれ、千葉県在住。訳書に、ジェラルディン・ブルックス『マーチ家の父――もうひとつの若草物語』『灰色の季節をこえて』(近刊)、アッティカ・ロック『黒き水のうねり』、ヨリス・ライエンダイク『こうして世界は誤解する』(共訳)など。ツイッターアカウント@mayu_tak

【連載エッセイ】五代ゆうの ピーター卿のできるまで #1『誰の死体?』


誰の死体? (創元推理文庫)

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鉄路のオベリスト (カッパ・ノベルス)

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ショパンの告発―長編推理小説 (1982年) (テクノス・ノベルス)

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ダブル・ダブル (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-5)

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