藤原編集室通信(出張版) 第3回
シャーロック・ホームズの影の下に
ドイル傑作集5『ラッフルズ・ホーの奇蹟』(創元推理文庫)がいよいよ来月刊行となります。ミステリ、怪奇、東洋、冒険と、ゆるやかなテーマ別編集で刊行してきたこのシリーズも、今回の科学ロマンス篇で完結。第1巻が2004年、この傑作集の出発点になった『ドイル傑作選』全2巻(翔泳社)が1999年の刊行ですから、思わぬ長い仕事になってしまいました。
ドイルにはホームズ物以外にも面白い作品がたくさんあるのに、チャレンジャー教授物のSF『失われた世界』をのぞくと、あまり読まれていないようなのは残念だ、なんとかしたいね、と北原尚彦さんと西崎憲さんからお話をいただいたのがそもそもの始まり。《ストランド》をはじめ、19世紀末から20世紀初めにかけて全盛を誇った読物雑誌の花形作家だったドイルは、探偵小説にとどまらず、怪奇小説、SF、冒険物、歴史小説、ユーモア小説、戦争物、スポーツ物と、なんでもこなすオールラウンドな書き手でした。時代のトピックを取り入れるジャーナリスティックなセンスや、読者をつかんで離さないストーリーテリングの才は、これらの作品でも十二分に発揮されています。傑作集完結を前に、各巻の内容をあらためておさらいしてみましょう。
- 作者: コナン・ドイル,北原尚彦,西崎憲
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2004/07/25
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- 作者: コナン・ドイル,北原尚彦,西崎憲
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2004/12/11
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第2巻『北極星号の船長』は、ホームズの信奉する科学と論理の世界が、じつは非合理の幻想世界と表裏一体であったことを示す怪奇小説篇。「大空の恐怖」の高度4万フィートの高空、「北極星号の船長」の氷に閉ざされた極地の海、「樽工場の怪」の西アフリカの島など、怪異が出現する舞台もヴァラエティに富み、ドイルが晩年に傾倒していった心霊主義を扱った作品も収録されています。また、一種の精神的ヴァンパイアを取り上げた「ジョン・バリントン・カウルズ」「寄生体」に、ドイルの意外な一面を見ることもできるでしょう。男たちを次々に不可解な死に追いやっていく“宿命の女”ミス・ノースコット(「ジョン・バリントン・カウルズ」)は世紀末作家アーサー・マッケンの描く魔性のヒロインを連想させ、強力な意思の力で主人公を次第にからめとっていく「寄生体」の老嬢ミス・ペネロサのおぞましさはモダン・ホラー的な味をかもし出しています。
- 作者: コナンドイル,北原尚彦,西崎憲,Arthur Conan Doyle
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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第3巻『クルンバーの謎』は、スコットランドの荒涼たる海辺に建つクルンバー館の住人に暗い影が迫る表題作をはじめ、インドやエジプトなど東洋に端を発するミステリアスな事件を描いた作品を集めた「東洋奇譚篇」ともいうべき一巻ですが、舞台はイギリス国内やパリで、いずれも西欧世界。謎の淵源は東洋にあり、という事件がホームズ譚に少なくないのは、ファンならよくご存知のことでしょう。古代エジプトと現代、数千年の歳月を超えた恋を描く「トトの指輪」は、ユニヴァーサル映画《ミイラ再生》に何らかの影響を与えているのでしょうか。
- 作者: コナンドイル,北原尚彦,西崎憲,Arthur Conan Doyle
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2008/04
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ストーリーテラーとしてのドイルの力量を知りたいのなら、第4巻『陸の海賊』がおすすめ。炭鉱町の医院で助手として働く貧乏な医学生が、炭鉱を代表して製鉄所のチャンピオンとの懸賞ボクシング試合に臨む「クロックスリーの王者」は痛快無比な熱血スポーツ小説。横暴な貴族に老婦人に変装して近づいた青年が、大学仕込みのテクニックでボクサー上がりの用心棒を叩きのめす爆笑篇「バリモア公の失脚」、街道に出没する幽霊ボクサーとの一戦を描く「ブローカスの暴れん坊」など、作者自身の趣味でもあるボクシングを題材にしながら、一篇一篇趣向を凝らしているところはさすがです。ボクシングとドイルについては、富山太佳夫『シャーロック・ホームズの世紀末』(青土社)が有益。また、3作品に登場する海賊シャーキー船長は狡猾にして残忍、ドイルには珍しい悪のヒーローで、その極悪非道ぶりはいっそ爽快ですらあります。
ラッフルズ・ホーの奇蹟 (ドイル傑作集5) (創元推理文庫)
- 作者: コナン・ドイル,北原尚彦,西崎憲
- 出版社/メーカー: 東京創元社
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12月刊行の最終巻『ラッフルズ・ホーの奇蹟』は、SFという呼称が登場する以前の、科学ロマンスという呼び名が相応しい作品群を収めています。「SFの父」H・G・ウェルズも、まさにドイルの同時代人でした。ホームズ短篇第一作「ボヘミアの醜聞」と同年に書かれた表題作は、科学的発見が生んだ奇蹟を描きながら、化学実験に打ちこみ、推理の科学を説くホームズの作者が、一方では科学の進歩が人間や社会に与える影響について強い懐疑を抱いていたことを教えてくれます。「危険!」は、もし英国が潜水艦艦隊によって海上封鎖されたら、というIF小説。数か月後、第一次世界大戦が勃発すると、ドイルの予見した脅威はUボートの攻撃によって現実のものとなりました。
新世紀に入り各社からホームズ新訳が刊行され、BBCのドラマ《シャーロック》が評判となるなど、ホームズ周辺の話題は相変らずの活況をみせていますが、この機会に「ホームズ以外のドイル」のさまざまな顔にも、是非ご注目いただければと思います。
◇藤原編集室(ふじわらへんしゅうしつ) 1997年開室、フリーランス編集者。《世界探偵小説全集》《翔泳社ミステリー》《晶文社ミステリ》《KAWADE MYSTERY》と翻訳ミステリ企画をもって各社を渡り歩く。卒論はシャーロック・ホームズ論でした。ツイッターアカウントは@fujiwara_ed。 |
本棚の中の骸骨:藤原編集室通信
ラッフルズ・ホーの奇蹟 (ドイル傑作集5) (創元推理文庫)
- 作者: コナン・ドイル,北原尚彦,西崎憲
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2011/12/21
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- 作者: アーサー・コナンドイル,北原尚彦,西崎憲,Arthur Conan Doyle
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- 作者: アーサー・コナンドイル,北原尚彦,西崎憲,Arthur Conan Doyle
- 出版社/メーカー: 翔泳社
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- 作者: アーサー・コナンドイル,Arthur Conan Doyle,加島祥造
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- 作者: 小池滋
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- 作者: ヴォルフガング・シヴェルブシュ,加藤二郎
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- 作者: 富山太佳夫
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