さよならを言うたびに(執筆者・大久保寛)
第1回
9月に父が84歳で亡くなった。
この父は警視庁の元警察官で、主に公安畑を歩んだコチコチの刑事だった。
口癖のように言っていたのが、「テレビや小説のミステリはでたらめだ。警察がこんな馬鹿なやり方をするはずがない」という言葉だった。
せっかくのドラマを興ざめにする言葉なのだが、子どもの頃から何度も聞かされたせいで、すっかり頭にすりこまれてしまった。
そのせいか、今でも、ハードボイルドの探偵小説は大好きなのに、刑事ドラマだけはテレビも小説も苦手である。
実際のところ、小説やテレビの刑事ものでは、刑事がバカみたいに家族や恋人に事件のことを話したり、ひどいときには相談を持ちかけたりする。そんな場面を見たり読んだりすると、僕は非常に違和感を覚えるのだ。
わが家では決してそんなことはなかった。父が現役時代に事件のことを口にしたことなど一度もなかった。
たとえば、昭和47年(1972年)のあさま山荘事件に、父が班長として連合赤軍のアジトのひとつに乗り込み、何十丁ものライフルを押収した──という話を聞いたのは、つい2、3年前のこと。事件後、なんと40年近くたってからのことである。それくらいプロとして徹底して秘密を守る人だった。
今考えてみれば、あの事件で殉職した機動隊の隊長のお宅には、僕も子どもの頃一緒に訪ねたことがあり、父があの現場にいても不思議ではなかったのだが。
フィクションではそれではつまらないから、事件のことをいろいろ他人にしゃべるのだろうが、僕にはあまりにも現実離れしすぎているように思えてならない。
亡くなった元ミステリマガジン編集長、菅野圀彦氏に頼まれ事をしたことがある。
高村薫さんが『マークスの山』を執筆するに当たっていくつか警察内部のことをお知りになりたいということで、菅野さんが僕を通じて父に回答を依頼してきたのだ。しかし、このときも、父はもう退職していたのに、この質問には答えられない、秘密事項だとか、あれこれ文句ばかり言って、なかなか回答に応じてくれなくて困った記憶がある。
その2人とも今は天国だと思うと、時の流れを感じ、不思議な思いになる。
◇大久保寛(おおくぼ かんORひろし)。早稲田大学政経学部卒業。訳書に、プルマン『黄金の羅針盤』、コルファー『アルテミス・ファウル』、スケルトン『エンデュミオンと叡智の書』、クーンツ『ファントム』、クラムリー『ダンシング・ベア』など。東京都中野区生まれ、埼玉県在住。 |
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