第七の刺客:リヴィア・J・ウォッシュバーン(その1)

 しばらく猫が続いたのでなかなか頭が切り替わりませんが、今回はレシピものらしいですよ。というわけで『桃のデザートには隠し味 [お料理名人の事件簿1] 』リヴィア・J・ウォッシュバーンのお話。

桃のデザートには隠し味 [お料理名人の事件簿1] (RHブックス・プラス)

桃のデザートには隠し味 [お料理名人の事件簿1] (RHブックス・プラス)

【あらすじ】
 今年も桃の季節がやってきた! 引退した元教師ばかりが住む下宿の主人(もちろん本人も元教師)のフィリスは毎年好例の収穫祭〈ピーチ・フェスティバル〉に出品する料理に頭を悩ませていた。そんなときフィリスたちに桃を売りにきていた果樹園のオーナーが事故死。さらにはピーチ・フェスティバル当日にフィリスが作った料理を食べた審査員長が急死してしまう。フィリスは新たな下宿人のサムと二人で事件の解決の乗り出すが!?


 おお、すごいぞ、無駄がない!
 いやー、これは本当にすごいことだと思うのです。コージー・ミステリの連載を始めて、初めての体験と言っていいでしょう。
 今までの連載で作品によってはさんざっぱら「詰め込みすぎ」「欲張り」「長い」エトセトラと書いてきたのだけれど、忌憚なく言えば「無駄が多い」ということなのだ。推理小説の粋は短篇にあり、なんていう言葉はもちろん本格ミステリに特有のロジックがどうのこうの〜というお話もあるが、どちらかといえば短篇推理小説には極限までに無駄が削ぎ落とされた美、練りに練った構成美が求められるのではないか。
 そして本書『桃のデザートには隠し味』は文庫で370頁、コージー・ミステリの長篇としては案外薄く、無駄を省くために練りに練った形跡が様々なところに散見される実に美しい作品に仕上がっている。
 コージー・ミステリってジャンル・エンターテイメントだからこそ、こういう職人芸が求められると思うのだけれどいかがでしょう。無駄にあたる部分がコージー・ミステリの空気感を出していると言われればそうなのかもしれないけれども、その反証としては十二分に“cozy”な楽しみをもった本書をドドンと推しておきます。ドン。


 本書の内容に話しを戻して主人公フィリスについて説明しておくと、元教師ばかりが集う下宿のオーナーであることはあらすじに書いたとおり。夫を亡くして子供も独り立ちして始めたのがフィリスの下宿というわけ。ただし教師を引退したおばあちゃんとはいえフィリスも女性なので、下宿は男子禁制ということになっているのだけれど、今回断りきれずに元バスケット・コーチのサムを下宿させてしまったところから他の下宿人とちょっと気まずくなっちゃったり。
 そしてフィリス宅の下宿人の一人、キャロリンはピーチ・フェスティバルでの料理コンテストのライバルだ。そのため仲がいいとはいえないフィリスとキャロリンだが、キャロリンに殺人の容疑がかかったときには保安官で息子のマイクの静止を振りきって容疑者捜しに奔走するあたりは、フィリスの人柄が表れるところか。
 子供も育て上げた元教師ということで無茶をするタイプでもなし、されとて名探偵というタイプでもなし、純朴なごくごく「普通の」おばあちゃんが悩みながら、一生懸命に事件に取り組むということもコージー・ミステリならではの魅力になっていてとても好印象。今まで読んだ中にはマーロウばりに殴られて殴られて事件解決、というコージー・ミステリもあったけれど説得力に欠けるし、そういうタイプを読むならハードボイルドなり冒険小説なりを読みますね……少なくとも私は。


 ところで気になるのは「ピーチ」フェスティバルってところではないだろうか。舞台となっているテキサス州の田舎町では桃が名産で、もちろん料理コンテストも桃を使った料理でないとならない。フィリスが作るのはその名も「ピーチ・コブラー」。私のような桃に不案内な人間には、コブラといえば蛇しか頭に浮かばないのだが、バニラのアイスクリームが欲しくなったりショウガがガツンときているらしく読んでいるだけでは全く謎の料理。とはいえこのミステリも最後に載っているレシピで解決しますのでご安心を……。

コージーについて今回まででわかったこと

  1. 桃の郷にミステリの美を見た!
  2. やっぱり素人探偵は「素人」らしく振舞ってくれると嬉しいね。
  3. ところで献辞に載ってる作者の夫ジェイムズ・リーズナーって『聞いてないとは言わせない』のあのリーズナー?


そして次回でわかること。
それはまだ……混沌の中。
それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*1

文句なし。コージー・ミステリならではの魅力を十分に味わいました。
ありで。

コージー番長・杉江松恋より一言。

 ウォッシュバーンのこの作品って主要な登場人物がみな老齢というところに特徴があると思うのだけど、嫉妬からくるいさかいの書きようとか老いの問題を前面に押し出した書きぶりとか、きちんと負の要素にも目を向けている印象があり私は好感を持っています。第一作なのにだらだらとした人物紹介がないのも確かにいいですね。そう、顔見せの部分がないんですよ。それをどう感じるかどうかは読む人によって違うと思いますが、小財満には好評だったようでよかったです。そうか、こういう感じの作品を与えると喜ぶわけね。反対だと嫌なわけね。覚えておこう。次回はこのシリーズの第二作、『かぼちゃケーキをきる前に桃のデザートには隠し味』です。小財満は高評価を続けてくれるのか? 次回にご期待! 


小財満
ミステリ研究家
1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

*1:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。