扶桑社発のひとりごと 20110701(執筆者・扶桑社T)

第15回


 これまでは、海外で出版される新作について、どのように翻訳出版を検討するかをお話ししてきましたが、数年前の作品や、場合によっては数十年前の作品を手がけることもあります。


 もちろん、ふつうは新しい作品のほうが有利です。時事性の強いノンフィクションなどは、時期を逸しては価値が落ちますし、翻訳ミステリーであっても、やはり古びます。
 たとえば、テロをあつかった謀略小説が9.11以後にリアリティを失なったり、さらにさかのぼると、冷戦の崩壊でスパイ小説が時代遅れに感じられたりということもありました。作中で、流行りの映画や小説について言及があったりすると時代のズレを感じますし、90年代の小説を読んでいると、登場人物が携帯電話を使わないことに違和感をおぼえたりしませんか?


 それでも、作品の本質的なところで、日本に紹介する価値があると思えば、翻訳出版に踏みきるケースはよくあります。
 旧作を見つけるきっかけはさまざまです。
 たとえば、訳者さんから紹介される場合。ガイドブックや書評集を読んでいて、興味深い本を発見する場合。気になる著者の作品をチェックしていて、未訳の旧作を見つける場合。あるいは、海外の版元やエージェントの新作カタログの、バックリスト(旧作の紹介)で見つける場合もあります。
 きっかけはなんであれ、おもしろそうだと思えば、前回にご説明したような形でリーディング・レポートを作成し、検討することになります。


 旧作の翻訳出版をする場合は、海外での権利元を探さなければなりません。
 もし、探したい著者に邦訳があるならば、その本の著作権表示を見ます。
 ためしに、お手もとの翻訳書を見てください。ふつうは、2ページめ(いちばん最初のトビラをめくった裏)か奥付(本の終わりの、発行日等のデータが記載されているページ)に、英文で原題・原著者名・発行年などのデータが記されていると思います。
 例として、扶桑社海外文庫のジョー・ゴアズ『硝子の暗殺者』を見てみましょう。


  GLASS TIGER
  by Joe Gores
  Copyright (c) 2006 by Joe Gores 【(c)は、丸C(著作権)マーク】
  Japanese translation rights arranged with
  HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT PUBLISHING COMPANY
  through Owls Agency, Inc.


 3行めで、著作権を持っているのがゴアズ本人だとわかりますが、それはまあ当然。つぎの行から書かれているのが、翻訳権についてです。この場合は、原書の出版社がアレンジしていたことがわかります。そして、いちばん下の行にあるのが、扶桑社との窓口となってくれた日本国内のエージェントです。
 これを見れば、ジョー・ゴアズの作品を翻訳出版したい場合は、日本のアウルズ・エージェンシーをとおして、ホートン・ミフリン・ハーコート出版社に連絡すればいいかな、と見当がつきます。
 ちなみに、おなじゴアズでも、扶桑社海外文庫の前作『路上の事件』の表示を見ると、こうなっています。


  CASES
  by Joe Gores
  Copyright (c) 1999 by Joe Gores 【(c)は、丸C(著作権)マーク】
  Published in agreement with the author,
  c/o Baror International, Inc., Armonk, New York, U.S.A.
  through Tuttle-Mori Agency, Inc., Tokyo


 4行め以下がちがっていますね。翻訳権は著者の同意によるものだが、それはバロア・インターナショナル(これは、著者のエージェントです)が代行した、といった意味です。最終行が日本のエージェントの記述なのはおなじです。
 こちらを見ると、日本の窓口であるタトル・モリ エイジェンシーをつうじて、バロア・インターナショナルに連絡しよう、ということになります。まあ、出版社よりは著者エージェントにコンタクトしたほうが早いでしょうね。


 では、著者に邦訳がないときは、どうすればいいでしょう。
『硝子の暗殺者』のように、出版社が翻訳権を扱っている場合も多いので、本国での初版の出版社に連絡します。その出版社と取り引きがある日本のエージェントに連絡するのですが、海外の出版社は、日本国内での取り引き先のエージェントを指定している場合もあれば、オープンの場合もありますので、注意が必要です。
 ともかく、困ったら、日本のエージェントに相談するのがいちばん。海外の著者と権利者のデータを持っていますから、頼りになります。


 それでも、たまに権利元がわからないことがあります。
 契約社会であるがゆえに、条件が重なると、翻訳権をだれがハンドルできるか、わからなくなったりするのですね(日本では、原著者が許諾すればたいがいうまくいくのですが、契約書にしばられる海外だと、著者の一存では決められなかったりします)。契約期間が終了していたり、著者が亡くなっていたり、本が絶版になってひさしかったりすると、権利のゆくえがはっきりしないことも。
 だいたいは、エージェントや、最後には著者の弁護士などが結論を出してくれるのですが、音信がなくて、そのまま迷宮入りする事態もあります。
 もちろん、著名な作家だと、そんなことにはならないですけどね。


扶桑社T

扶桑社ミステリーというB級文庫のなかで、SFホラーやノワール発掘といった、さらにB級路線を担当。その陰で編集した翻訳セルフヘルプで、ミステリーの数百倍の稼ぎをあげてしまう。現在は編集の現場を離れ、余裕ができた時間で扶桑社ミステリー・ブログを更新中。ツイッターアカウントは@TomitaKentaro


●扶桑社ミステリー通信

http://www.fusosha.co.jp/mysteryblog/

 

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