第十二回:『電話魔』

 87分署攻略作戦第十二回は『電話魔』です。87分署の宿敵と後に呼ばれると話には聞く「デフマン」の初登場作品となります。果たしてどんな奴なのか。そして、彼が今回目論む犯罪計画とは? その辺りを織り込みつつ、あらすじを紹介してみたいと思います。

 体格は中肉中背、ごく普通の顔立ちで、ただ一点耳が悪いため補聴器を付けているというのが目につく男「デフマン」。彼とその手先は、アイソラ中の様々な店舗に電話をかけ続けていた。「四月三十日までに店を引きはらえ。さもないと貴様を殺す」。果たして本気か悪戯か、相談を受けた87分署の刑事たちにも判断がつかないまま、運命の日は刻一刻と近づいて行く。

電話魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-13)

電話魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-13)

 「耳が悪いんでもう一度」と聞き返すのが口癖である「デフマン」が一体何を目論んでいるのか、というのがポイントです。様々な捜査と、犯罪の進行が交互に描かれるため、読者は87分署の刑事たちより早い段階から、その計画の断片を目にしていきます。しかし、これらがどういう風に繋がるのかが分からない。見せつつ見せないことで読者のフラストレーションを高めることに成功しています。


 今回87分署の刑事たちにはこれっぽっちもいいところがありません。敢えて言うならクリング君かな。悪戯電話についての報告書を見て、彼が今読んでいる某短編小説との共通点を指摘しています。これによって、警察の捜査に一つの方針が立った訳ですから。しかし、「デフマン」の計略はこの程度ではとても揺らぎません。


 『電話魔』は「デフマン」が手下とポーカーをやっているシーンから始まりますが、ここで彼は、この世のすべては計算に基づいているんだと嘯いています。「デフマン」は入念な調査によって、警察という組織に可能な行動の限界を探り出して、その外側を進んでいきます。頭の切れる刑事が計略の一部を見破り、対策を練り始めるところまで彼の計算のうちなのです。クリングはまんまと「謎を解かされていた」という訳。


 「デフマン」が紡ぎ出すのはアイソラという街そのもの、そして近隣の警察官のすべてを巻き込む恐るべき計画。物語はその一点に向かって収斂していきます。え、87分署の刑事たち? 先にも書きましたが、今回はまったくといっていいほど出番がありません。キャレラは殺人事件の捜査をしていますし、悪戯電話はマイヤーが対応しているのですが、どうやっても「デフマン」の掌から出ることが出来ません。


 「デフマン」の計画がその全貌を見せた瞬間、そのとんでもないスケールのでかさに、全読者驚嘆間違いなし。いやむしろ、その一瞬を見せるためだけにこの小説が書かれたと言ってもおかしくないでしょう。もちろん詳しくは自ら確認していただくほかない形ですが、こんなことを考えていたとは……と、もはや呆れるほかありません。簡単に比較できるものではありませんが、ジェフリー・ディーヴァーマイケル・スレイド(特に『メフィストの牢獄』は、87分署と「デフマン」の関係からインスパイアされたとか)のような現代の作家のどんでん返し連発にも比肩する爆弾が埋め込まれた作品です。


 今回の事件では、ほんの小さな偶然の綾が運命を分け、「デフマン」と87分署の戦いは痛み分けに終わります。しかし、現状の警察組織では太刀打ちできない相手であったのも事実。今後また彼に出番が回ってきた時、いかなる手段でアイソラの街に襲いかかるのか。「帰ってきた『デフマン』」に早くも期待で胸が高鳴ります。興味の焦点が激しく後半に寄った非常に極端な作品ですが、最後にもたらされる一撃の重さではこれまでの87分署シリーズの中でも随一であると思います。かなり楽しめました。



]
 三門優祐
えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。