ミステリタリー翻訳者のがらくた箱(その2)(執筆者・村上和久)
東日本大地震ではイスラエル国防軍の医療チームがいちはやく被災地入りして援助活動をおこなったことは報道でご存じの方もおられるだろう。
その活動をつたえる写真を見ていて、チームの何人かがパラシュート部隊員の赤いベレーらしきものをショルダー・ストラップにはさんでいるのに気づいた。よく見てみると、茶革の編み上げのブーツに、左腿のカーゴポケット下に小ポケットが追加されたズボンという、パラシュート部隊員独特のスタイルをしている。部隊付きの軍医なのか、警備要員なのかはわからないが、興味深い発見だった。
ところで、軍用のベレーのかぶりかたに、フランス式とイギリス式があるのをご存じだろうか? 世界ではじめてベレーを軍装に取り入れたのはフランスの山岳猟兵で、バスク地方につたわる濃紺のベレーを採用した。帽章が右側にくるようにかぶり、左側にかたむける(pull left)のがフランス式だ。
つづいて採用したのがイギリスで、戦車隊用に黒いベレーを採用した。狭い戦車内の作業に向いているうえに、黒は汚れが目立たないからだ。このとき同隊はいくつかの有名女子校に比較検討のため制服のベレーを一つ貸してくれないかと手紙を書き、陸軍省からお叱りを受けたとか。イギリス式は帽章が左目の上にくるようにかぶり、右側にかたむける(pull right)。フランス式とイギリス式がちがうのは、なにも長年両国が犬猿の仲だったからではなく、イギリス軍の場合、帽章を左側につけるのが一般的だからだろう。
第二次世界大戦中、イギリス軍は空挺部隊やコマンドー部隊などエリート部隊を創設し、臙脂色やグリーンのベレーを取り入れた。以後、ベレーはエリート部隊のシンボルとして世界中の軍隊に広まっていく。その際に、イスラエルなどイギリスの旧植民地や影響を受けた国ではイギリス式のかぶりかた、アフリカ諸国などフランスの旧植民地や軍事顧問を受け入れている国はフランス式のかぶりかたを採用した。だからベレーを見るとその国がどこの影響を受けたのかがわかる。
ちなみに、第二次世界大戦中、イギリスのSAS旅団に所属したフランス人SAS隊員はもちろんあくまでフランス式にベレーをかぶりつづけている。ただ、海軍歩兵コマンドー部隊はグリーンのベレーをイギリス式にかぶっていた(映画〈史上最大の作戦〉のクリスチャン・マルカン率いるコマンドーもそれ)。同部隊はいまもその伝統を受け継ぎ、フランス軍で唯一、イギリス式にベレーをかぶる部隊である。
(写真も筆者)
◇村上和久(むらかみ かずひさ)1962年生まれ。ミステリ&ミリタリー両分野で翻訳に従事するかたわら、北島護名義で軍装関係の翻訳も手がけ、現在「ミリタリー・クラシックス」誌で連載中。最近刊はフォーデン『乱気流』。 |
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