第四の刺客:カレン・マキナニー(その2)

 シリーズ第一作の『注文の多い宿泊客』では筆者の中では主人公の行動についての違和感が大きかったためにそこを中心に書いたけれど、私自身がコージー・ミステリのよき読者ではないので内心ビクビクです。本当は何か意味があってわざと主人公のことをエキセントリックな人物として描いているんではなかろうか、などと多分的はずれであろうことと考えてしまうわけです。逆に言えばそれほどの違和感だったわけですが。
 それでは気をとりなおして〈朝食のおいしいB&B〉シリーズ第二作『料理人は夜歩く』にいってみましょう。


料理人は夜歩く (朝食のおいしいB&B 2) (ランダムハウス講談社文庫)

料理人は夜歩く (朝食のおいしいB&B 2) (ランダムハウス講談社文庫)

【あらすじ】
 B&B〈グレー・ホイール・イン〉の主人、ナタリーは夜中に屋根裏から聞こえてくる謎の足音に悩まされていた。もしかしてこれがインに憑いているという噂の幽霊なのか? そんな中、ナタリーに次々と厄介事が。島では新たなリゾート開発の話が挙がっているが、今回もナタリーは島の開発に疑問を持っている。だが親友シャーリーンの交際相手、マクラーフリン牧師が開発推進派だったことからナタリーは彼女と仲違い。おまけに数少ない宿泊客の中に元婚約者のベンジャミンがいたとあっては! 情熱的にやり直しを持ちかけるベンジャミンと今の恋人ジョンの間で揺れるナタリーだったが、そんなときインの洗濯係ポリーの自殺死体を見つけてしまい……。


 今回のテーマは愛情のもつれによって虐げられた女性。インに憑いている幽霊というのは、まだインが新しい家だったころ(1850年代)に家の主人と不倫した挙句、主人に殺された料理人の女性なのである。そしてこのテーマが現代の事件にも影を落とす、というお話なのだ。
 主人公に対する違和感も前作に比べれば多少改善されており、島の歴史と自然を背景に作者のページターナーぶりを味わえる作品に仕上がっている。宿の朝食として料理する描写はあまり強調されることなく自然に挿入されているので、そういった描写や料理のうんちくは小説の流れを寸断して鼻につくので好きじゃないという人も楽しめるはずだ。舞台が孤島だけに食料不足のときの簡単なレシピで特徴を出したところもグッド。


 それにしてもコージー・ミステリーのあらすじを書こうとすると長くなってしまう。これは筆者に短くまとめる技量が不足しているからというのが大部分なのだが、一冊の本の中で扱われているトピックが多いからということもある。普通のミステリであれば起こった事件のことを中心に書くのだが、コージー・ミステリではミステリ、ロマンス、コージー要素(今回で言えば料理)が均等に配置されているのでひと通り触れておこうと思うとどうしても長くなってしまうのである。
 そういう意味ではコージー・ミステリの作者は(読者はというべきか)結構な欲張りなのかもしれない。『料理人は夜歩く』ではコージー・ミステリにつきものの三要素だけでも結構なページ数を使うと思うのだが、それに加えて主人公に降りかかる様々な災難が加わっている。幽霊話、島の開発、元婚約者との騒動、親友との仲違い、水浸しになったインの保険金はおりず、またも主人公が殺人事件の容疑者となってしまう等々。J・B・スタンリーの〈ダイエット・クラブ〉シリーズのダイエット要素などを見るとわかりやすいのだが、差別化のために毎回何かしら目新しいプラスアルファの要素を入れてくることも欲張りの証だ。「毎回よく考えるなぁ」という、コミック少年誌の新連載なんかに感じるものと似たものを感じる。
 そしてこういった欲張りな要素は下手すれば詰め込みすぎになりかねないところだが、本作はどうしてどうして。幽霊話を調べるていく過程と現代の殺人事件の調査がコントラストをなしていい具合にハマっている。ちょっと浮き気味なロマンス要素も愛情のもつれで傷ついた女性というテーマを考えると関連しているように思えるから不思議である(元婚約者のベンジャミンは主人公との婚約中に二股をかけていた太い野郎なのだ。それでもなおベンジャミンに惹かれてしまう主人公というのがロマンス部分のお楽しみどころ)。


 ところでこの主人公、前作でもなかなか酷い目にあっていたが、今回も殴られて気絶する(しかも二回も)。ハードボイルドの揶揄に「主人公が必ず殴られて昏倒する」というものを聞いたことがあるが、まさにそんな感じ。テーマもシリアスだし、背景には島の暗い歴史、新旧の住人の反目や島の漁場争いなどもあって全体的にハードだ。作者はコージー・ミステリの要素を抑えながら、むしろハードな物語を展開することでエンターテイメントたらんと書いたのかもしれない。コージー・ミステリというとなんとなくホンワカしたイメージだったのだけれど、こういうコージー・ミステリもあるんだなあ。まだまだコージー・ミステリも奥が深い。

コージーについて今回まででわかったこと

  1. コージー・ミステリの三本柱はミステリ、ロマンス、コージー要素。
  2. コージー・ミステリってすごく欲張り?
  3. 主人公が殴られて気絶してもコージー


そして次回でわかること。
それはまだ……混沌の中。
それがコージー・ミステリー! ……なのか?

小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*1

 面白いし楽しめたのだけれど、本文中には書かなかったマイナス点がいくつか。
 ひとつは描写不足。例えば捜査の途中で主人公ナタリーはさも当然のように客の部屋を漁るのだが、これは盗み見はよくないことだという倫理観を持つ読者にとってみれば感情移入を阻害される箇所である。「いけないことだとはわかりつつ、好奇心にかられて」ブリーフケースを開けた、というような葛藤の描写を差し込んでおけば回避できたはずだ。もしくはナタリーを普段から手癖の悪い人物として描いておくとか。このあたりは前作と同様ですね。話は面白いのでこういった箇所で減点されるのは非常にもったいない。
 もうひとつは謎解きの部分で、ミスリードと真相に全く関連性がないところで少し減点。必ずしも謎解きが大事というわけじゃないが、話を謎解きの部分で引っ張ったのだからもう少し頑張ってほしかった。テーマとしては関連しているだけに惜しい。
 あとは先ほどの描写不足にも通じるが、キャラクターの薄さも気になるところ。シリーズを追うということは主人公やその周辺の人物の動向を追うことでもある。なのでキャラクターの弱さでの減点は結構大きいと思うのだ。
 というわけで今回は心苦しいがなしで。

コージー番長・杉江松恋より一言。

 本文を読んでよしよし、と思ったら最後でかっくんときた。なしなのかよ! まあ、それもだんだんコージー鑑定眼が肥えてきたからだと考えよう。本文中で触れられていなくて私が本書の美点だと考えるのは、主人公ナタリーがインを切り盛りしていく、お仕事の部分がちゃんと書かれていることだ。一人で宿を経営していくのって、やはり大変だと思うのである。そういう「お仕事小説」の面もコージーの一つの要素なんじゃないかな。ということで2回連続して「なし」がきてしまったので、このシリーズはおしまい。次いこう、次。どうも、ミステリー部分に不満があるようなので、あれ行こうじゃないか。次の課題作はアンナ・マクリーン『ルイザと女相続人の謎』(創元推理文庫)だ。


小財満
ミステリ研究家
1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。

*1:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。