第三の刺客:クレオ・コイル(その2)
いまいちというかまだまだというか、コージー・ミステリというジャンルのことがよくわからず日々頭を悩ませていますが、とりあえず今日は前回に引き続きクレオ・コイルの〈コクと深みの名推理シリーズ〉のお話。
前回のラストでコージー番長が「ローレンス・ブロックの作品が好きな人は〜」と言っていましたが、なんとなく分からなくはないです。マット・スカダーよりは泥棒バーニーかなあ。それでも二作目『事件の後はカプチーノ 』なんかはスカダーものの『冬を怖れた女』を連想するような無常感を余韻に持つ作品であります。三作目の『秋のカフェ・ラテ事件』も同様で華やかなファッション界の裏側を覗いてみたらすごい嫌なものが出てきたぞ、というお話。ただし四作目の『危ない夏のコーヒー・カクテル』は邦題通り「ひと夏の恋」がテーマの、クレアとマダムの探偵ごっこという感じで趣が違います。ローレンス・ブロックが好きなあなたにはお薦めしません。
はい、それではお待たせしました。今回の課題作は五作目『秘密の多いコーヒー豆』です。
秘密の多いコーヒー豆 (コクと深みの名推理 5) (ランダムハウス講談社文庫)
- 作者: クレオコイル,小川敏子
- 出版社/メーカー: 武田ランダムハウスジャパン
- 発売日: 2008/11/10
- メディア: 文庫
- 購入: 1人 クリック: 6回
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「ディカフェ」、それはカフェインレス・コーヒーのこと。ただし今回のディカフェは――元夫で現在はビジネス・パートナーのマテオが見つけてきたディカフェは、カフェイン除去の過程を通さず、コーヒーの品種改良のみでディカフェを実現したという画期的なものだった。クレアたちは自分たちのコーヒーハウス〈ビレッジブレンド〉でこのディカフェの試飲会を行っていたが、この豆の発明者でマテオの旧友・リックがいつまで経っても現れない。それもそのはず、当のリックは何者かに襲われ〈ビレッジブレンド〉の裏通りで倒れていたのだ。店にリックを運び込んだはいいものの、なぜかマテオとリックは辻強盗の仕業だと言い張り警察に通報したがらない。だが強盗の手口から計画的な犯行だと感じたクレアはリックの身を守るため捜査に乗り出した。
最初に前回の原稿に訂正を。前回、ロマンスの部分で「今まで読んできたコージー・ミステリの主人公としてはとても現実的なほうだろうと思う」と書いたけれども、別にそんなことはなかったですね……。彼女はサクッと恋に落ちちゃうタイプで(五作目までしか読んではいませんが)ひとつの作品で必ず一人とは何かあります。私が「コージーの主人公にしては現実的」かな、と思ったのは惚れた相手が既婚者だったので自分にセーブをかけ、「まぁ世の中なんてそんなもんよね」と黄昏ている部分を読んで勘違いしたようです。「ロマンスは無しか……この主人公とは仲良くやっていけそうだなあ」などと脳天気なことを思っていた過去の自分を優しく殴ってあげたいですね。まあでも誤読もありますよ、人間だもの。
さて、今まで読んできたシリーズが郊外住宅地(主婦探偵ジェーン)、南部のスモールタウン(ダイエットクラブ)ときて、今回はマンハッタンのお話なのでやっぱり目新しいのは実業界の裏側の密輸や詐欺、さらには国際問題にまで事件が発展することでしょうか。もちろん全てコーヒー絡みの事件なのですが。
ディカフェの特許問題やマテオのビレッジブレンド・チェーン店の不振などなど殺人以外の不穏なファクターも満載で明らかに今まで読んできたコージー・ミステリとは異なる印象を受けます。それでも都市ならではの、というか実業界の要素を放りこんでも「ああやっぱりこういうところコージーだなー」と感じるのはクレアとマダムの素人探偵っぷり。
クレアがマテオやクィン警部から「ナンシー・ドルーごっこはいい加減にしろ」と怒られるのはコージーのお約束として、本作では素人なりにカーチェイス(?)まで披露してくれます。
ということを考えていくとコージーの本質って「素人探偵もの」に尽きることなんじゃあないかなぁと素人考えをするわけですがいかが?
ところで本作は事実上の第一部と第二部に分かれています。
第一部はリックが襲われた背景をクレアが捜査するパート。
第二部は様々な人々を招いて行われるディカフェのお披露目パーティとその後。
この第二部が始める前に、第二部の最後に起こる衝撃的な事件が提示してあり、このパートは娘のジョイがとんでもない恋人を連れてくる、実業界の面々が騒ぎを起こす、リックをめぐる人間関係が顕になる、等々幾重にも重なった人間模様を提示しながらも、ある種タイムリミットサスペンスの味わいもあります。
実はこういった倒叙的な描写で読者の興味を惹くテクニックは本作だけでなく、一作目から頻繁に使われていました(例えば二作目は「天才」という一人称でサイコ・サスペンスの描写が挟まるなど)。特に目新しいテクニックではないですが、作者のサービス精神が垣間見られる箇所として挙げておきます。
今回はロマンスはあんまりないのでパス! というわけで前回インタビュー小説として読めると書いたように、このシリーズは何気ない人間模様を描くシーンが非常に上手いわけですが、そのあたりで気になったところを拾って終わりにしましょう。
クレアの捜査の過程で、画期的なディカフェ豆の発明者・リックの協力者でクレアやマテオの旧知であるエリーという女性が出てきます。現在は植物園でキュレーターをやっているのですが、彼女とクレアが会話していく中で彼女とクレアの人生の対比が明らかになっていきます。
子供が出来たときに若くして結婚し、現在は独り身で「(エリーにとってはバリスタという)つまらない仕事」に就いているクレアと、相手の裏切りを恐れて結婚せずに自分の仕事を見つけたエリー。現在でもその選択を悔いているように見える後者に比べ、他人から見れば決してすごく幸福とは言えない人生を送りながらもその人生を受け入れ、それこそ前述の初期スカダーものにも通ずるような無常感を、仲間たちとカフェインの助けを得ながら前向きに乗り越えていくクレアを主人公としている。そのことが、このシリーズの基調となる爽やかさや清々しさを生み、長く続いていくシリーズとなっているひとつの要因ではないかな、と遠い目をしながら今回は終わり。
コージーについて今回まででわかったこと
- コージーの本質は素人探偵ものであること(と勝手に小財満が思ったこと)。
- 都会であってもコージーは成立すること。
- コーヒーノキは木ではなく灌木であること。
- というようにコージーではうんちくが語られることが多いみたいです。
そして次回でわかること。
それはまだ……混沌の中。
それがコージー・ミステリー! ……なのか?
小財満判定:今回の課題作はあり? なし?*1
あり。楽しませていただきました。
コージー番長・杉江松恋より一言。
主人公・クレアと前夫マテオをめぐる人間模様は、シリーズ第七作の『エスプレッソと不機嫌な花嫁』で一段落します。この作品は、いわゆるコージーの作品としては異例の厚みがあり、シリーズの第一部完結編とでもいうべき傑作です。ぜひここまで読み進めていただき、クレオ・コイルの洒落た味を満喫してください。クレアと成人した一人娘ジョイとの関係などにも、都市生活者ならではの悩みが見える箇所があり、とてもこなれた都会小説だと思います。私自身、これは好きなシリーズなのです。
さて小財満よ。都会の雰囲気を満喫したところで、次はカントリーライフに触れてみようではないか。カレン・マキナニー『注文の多い宿泊客』が次の課題作だ。孤島ミステリーだよ。
小財満
ミステリ研究家
1984年生まれ。ジェイムズ・エルロイの洗礼を受けて海外ミステリーに目覚めるも、現在はただのひきこもり系酔っ払いなミステリ読み。酒癖と本の雪崩には気をつけたい。
過去の「俺、このコージー連載が終わったら彼女に告白するんだ……」はこちら。
事件の後はカプチーノ (コクと深みの名推理 2) (ランダムハウス講談社文庫)
- 作者: クレオ・コイル,小川敏子
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秋のカフェ・ラテ事件 (コクと深みの名推理 3) (ランダムハウス講談社文庫)
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- 作者: クレオコイル,小川敏子
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エスプレッソと不機嫌な花嫁 (コクと深みの名推理 7) (ランダムハウス講談社文庫)
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- 作者: ローレンスブロック,田口俊樹
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- 作者: カレンマキナニー,上條ひろみ
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*1:この判定でシリーズを続けて読むか否かが決まるらしいですよ。その詳しい法則は小財満も知りません。