私設応援団・これを読め!『金の羽根の指輪』(執筆者・上條ひろみ)
いよいよ夏本番ですね。バカンスでリゾートに行く方も多いことでしょう。リゾートといえば南の島。南の島といえばハワイ! と思うのはひと昔まえの話なのかもしれませんが、今回ご紹介するジャニータ・シェリダンのジャニス&リリー・シリーズ第三弾『金の羽根の指輪』の舞台はひと昔よりもっとまえ、一九五〇年前後のハワイです。ハワイがアメリカの五十番目の州となったのは一九五九年ですから、このころは準州だったんですね。本土からハワイに行くのも船旅でという、今からすれば不便だけど、考えてみれば本物のバカンスが楽しめそうな、のんびりした優雅な時代です。
主人公のジャニス・キャメロンはハワイ、オアフ島出身の二十七歳。失恋を機に小説を書きはじめ、その南の島を舞台にした情熱的な恋愛小説の出版が決まって、まとまった額のお金が手にはいったので、心機一転ニューヨークに移住します。しかしニューヨークは物価が高く、ルームメイトを募集したところ、中国系の若い女性リリー・ウーが応募してきて、ワシントンスクエアの屋敷を改造したアパートメントでルームシェアをすることに。実はリリーは、ジャニスがホノルルで学生寮の事務員をしていたとき、その寮に入居していた学生でした。ふたりが入居したアパートメントの住人は個性的なアーティストぞろいで、刺激的な共同生活を楽しんでいたジャニスたちでしたが、やがて不可解な事件が連続して起こり……というのがシリーズ一作目の『翡翠の家』。
二作目の『珊瑚の涙』では、ジャニスの小説がなんと映画化されることになり、ジャニスはロケハンのためにリリーとともにハワイに凱旋します。オアフ島を舞台に、ミステリアスな古代ハワイ文化をからめながら展開され、リゾート気分を満喫できる物語です。
そして三作目の『金の羽根の指輪』の舞台はマウイ島。ホノルル滞在中のジャニスは、昔の知り合いで今はマウイ島の牧場主であるドン・ファーナムが行方不明らしいという話を耳にします。しかも結婚したばかりの彼の妻レスリーがサンフランシスコからホノルルに降り立ち、マウイに向かっているけれど、どうも様子がおかしいらしい。さらにドンの牧場で働くハワイ人青年エオレから、「なにかよからぬことが企てられている、今に恐ろしいことが起きる」との連絡を受け、ジャニスはレスリーを追ってマウイのアロヒラニ牧場に向かいます。
牧場に着くと、厩舎で待っているはずのエオレは、種馬に踏まれて瀕死の状態。しかもあるじのいない牧場にはドンのいとこだという男とその妻、さらに見知らぬ男が居座っていて、牧場主夫人のレスリーをよそ者扱いします。ドンは船で出かけて事故にあい、行方不明で、死んだことを裏付ける証拠もあるから、牧場は自分たちのものだというのです。レスリーはそれを聞いて失神。ジャニスはかよわい友人を助けるため、牧場をめぐる「よからぬこと」の真相をつきとめようとします。父親がハワイ文化研究家だったため、白人(ハオレ)なのにハワイ語を自在に操れるジャニスは、ハワイ人のメイドや牧童から情報を仕入れ、戦略家のリリーの力を借りながら、意外な事実を明らかにしていきます。
乗馬や決死の水泳シーンなど、今回ジャニスはかなりアクティブに活躍。ウクレレ演奏も披露していて、けっこう多芸なんですよ、この人。天真爛漫なジャニスと謎めいたリリーの対比もこのシリーズの魅力のひとつで、ブロンドで陽気で健康的な、いかにもアメリカ人らしいジャニスはお人よしでちょっとドジ。ジャニスの一人称で書かれているのではっきりとはわかりませんが、どうやら外見もかなりかわいいタイプのようです。たとえて言うならゴールデン・レトリーバー? 対するリリーは小柄でほっそりした東洋的美人で、知恵が働き抜け目がなく、ちょっとシャム猫のようなイメージ。リリーのほうが二歳下ですが、一作目でジャニスの命を救ったので、「中国の教えによると、命を助けた人のことは、一生ずっと面倒をみなければならない」とうことで、ふたりは姉妹の絆を結んでいます。心やさしいちょっと抜けてるキュートな姉と、したたかでしっかり者のミステリアスな妹。なかなかいいコンビだと思いませんか? これまでは男にだまされやすくて考えなしに行動するジャニスにいらいらさせられるところもありましたが、今回のジャニスは懸命にレスリーを支え、勇敢に悪に挑む、かなりたのもしい存在に成長しています。
そして驚くのはこのシリーズが六十年もまえに書かれていること。翻訳のすばらしさのせいもあると思いますが、いま読んでもまったく古さを感じさせないというのはすごいと思います。ハワイの美しい海や自然、フラやウクレレといった伝統文化、人びとのおおらかさとアロハ・スピリットは今も変わらず受け継がれているので、そう感じられるのかもしれませんね。日系人のメイドが着物姿だったりするので、あっそうか、六十年まえなんだと気づいて、ちょっと不思議な気分になります。
しかしジャニスって、作家なのに全然執筆してないんですよね。問題の恋愛小説は三年かけて書いたというのですからおそらくは大作で、すぐに出版社がつき、しかもまだ出版もしてないのに(三作目でもまだジャニスはゲラを修正中)、ハリウッドで映画化されるわけですから、『風と共に去りぬ』クラスの超大作なのではないかという気もするのですが……ちがうかな? ハリウッドの映画会社から定期的に小切手が送られてきていて、お金にはもう困っていないようだし、今は長いバカンス中というところなのかも。どんな小説なのか知りたいけど、「南の島を舞台にした情熱的な恋愛小説」ってことしかわからないんですよね。四作目で明らかになるのでしょうか。
その四作目はシリーズ最終作で、「終戦後の秀作ミステリの一つに数えられる」「シリーズの最後を飾るにふさわしい作品」(訳者あとがきより)だそう。でも翻訳刊行されるかどうかは大人の事情により、ぶっちゃけ既刊の三作の売り上げにかかっているみたいなので、ハワイでバカンス予定の人も、そうでない人も、ぜひともこのシリーズを購入して読んでください。だって四作目絶対読みたいもん!
上條ひろみ
- 作者: ジャニータ・シェリダン,高橋まり子
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【横から口出しお許しを!】
以下はtwitterの転載です。本書を応援する一人として、私からも口添えさせてください。杉江松恋がジャニータ・シェリダンを素晴らしいと思う理由、です。
(その1)
若い女性の主人公が、一人で陰謀に立ち向かい、暴力に拠らず知力で克服する物語であること。立ち向かう敵は、デベロッパーや歴史修正主義者など、いかにもな敵ばかりである。
(その2)
主人公が危機に陥ると、中国出身の友人が手を差し延べてくる。この二人の関係がよいときのスペンサーとホークのようであり、オールドファンならフランク・グルーバーのジョニー&サムのコンビを思い出すところ。べたべたしない関係がまたよし。
(その3)
主人公は白人だが、ハワイ先住民族の精神を持つ人類学者の父親に育てられた。したがって、白人優位主義者に対する怒りと、先住民族の文化に対する畏怖の念を常に胸に抱いている。こうした独自性があるゆえに、毎回新鮮な視点で小説を楽しむことができる。
(その4)
もちろん可愛らしい外見はそのまま。若い女性が冒険する物語だから、素直に楽しむことができる。ハニー・ウェストのようなシリーズの雰囲気もあり、軽快な読み味。
以上であります。抜群におもしろいので、ぜひシリーズで読んでください! 杉江松恋も第四作の翻訳を心待ちにしております。