早川書房発のひとりごと(編集部・K)
映画、好きですか?
あらためて問いかける必要もないくらい、翻訳ミステリ好きはたいがい映画も好きなようですね。あなたも好きでしょ、映画?
この仕事を長くやってると(短くても、あるんだけど)、必然的にぶつかるのが映画関連本。伝統的に宣伝力が弱いわれわれ出版社にとって、ときには億単位の宣伝費を投入してくれる映画屋さんは、ぜひとも仲良くしたくなる存在です。だから、自社の本が映画化されると、タイアップを組み、映画のポスターと同じデザインの表紙を作り、映画の宣伝コピーを帯に刷りこみ、場合によっては原作のタイトルを映画と同じに変更したりして、勝負するわけです。実際、フツーの本より売れるしね(当社比)。
さくっと「映画関連本」と書いたけど、翻訳小説に関していえば、おおきく二つに分けられるのはご存じのとおり。
先に本がある「原作」と、先に映画がある「ノヴェライズ」。
この違い、いまさら解説するまでもないでしょう。本日は、この「ノヴェライズ」のお話です。
ここしばらく、私が手がけていたのが、『アデル ファラオと復活の秘薬』(6月10日発売)という本。「ニキータ」とか「レオン」とかのリュック・ベッソン監督の最新作で、フランスでのヒットを引っ提げて日本上陸する(公開は7月3日)映画のノヴェライズです。
じつはこの作品、フランスの人気コミック(あっちではBD、バンド・デシネと呼ばれます。詳しくは本書の解説参照。立読み不可)を原作にしているのです。
原作があるのにノヴェライズってちょっと変な感じがするけど、原作小説があるのにノヴェライズが出る例もあるこの世界では、まあアリかな。ちなみに原作のコミックは日本では刊行されていません。
原作小説があるのにノヴェライズもある例では、ちょっと前の007とかそうですね。「私を愛したスパイ」「ムーンレイカー」の2作は、イアン・フレミングの小説とは別にクリストファー・ウッドの書いたノヴェライズがあったりして……あ、もう「ちょっと前」どころじゃないか。007シリーズは、原作小説のシリーズを引き継いでいたジョン・ガードナーやレイモンド・ベンスンが映画のノヴェライズを書いたりもしてるけど、そのうちジェフリー・ディーヴァーが書いたりするのかな。
『アデル』の場合だと、原作のコミックを描いたタルディと、映画の脚本・監督をしたリュック・ベッソンが「原案」、実際に小説を書いたバンジャマン・ルグランが「著者」ってことになって、こんなふうに著者のクレジットがごちゃごちゃいっぱいあったりするのも、ノヴェライズっぽいですね。
『アデル』もそうだけど、もともと本国(この場合はフランス)でノヴェライズ版が出てる、あるいは出ることになってるものは、基本的にはそれを翻訳するので、普通の小説を翻訳出版するのと作業そのものはさほど変わらないです。
ただ、時間がすごく短くて、スケジュールがキツイだけ。
本国版のノヴェライズは、当たり前だが、本国での映画公開にあわせて刊行されるのです。で、向こうの出版社は、それに合わせて執筆・編集・校正をするんだろうが、こっちはそこに翻訳というステージが入るわけですよ。たいがいの場合、本国版の完成原稿が出来てからヨーイ・ドンで翻訳にとりかかることになるんですが、それがなかなか出来なかったりする。そこへ映画が「日米同時公開」でもされた日にゃあ、もう大変な騒ぎ。通常少なくとも3カ月くらいはかける長篇小説の翻訳作業に、「えーと1カ月でお願いします」とかいう例は、たくさんあります。
『アデル』もフランスの公開(4月14日)に合わせて本国でノヴェライズが刊行されたのが3月31日で、映画の日本公開は7月。そこへ、映画公開の1カ月前には刊行という営業サイドのオーダーが……ええ、そりゃもう修羅場ですよ。翻訳の岩澤雅利さん、浜辺貴絵さんのご両名をはじめ、本書に関わった皆さま、ご苦労さまでした。いえ、作業がキツかったのは、決して私のせいじゃないという言いわけのために、これを書いているわけじゃないんですよ……
通常の本以上に手間がかかるのは時間的な部分だけじゃないですね。
たとえば、装幀などの写真の使用やデザインなどに、いちいち映画屋さん(配給会社や本国の製作者)の許可が要り用だったり、キャラクターの名前や地名の表記、全体の雰囲気などは出来るだけ映画に合わせたいのに、なかなか映画そのものが見られなかったり(この点、今回は配給会社さんのご協力でスムーズでした。アスミックエースさん、ありがとうございます)、その他にもいろいろとノヴェライズならではの苦労が山盛りです。
ね、そうイージーな仕事じゃないでしょ。
まして、本国版がない日本オリジナルのノヴェライズだと、さらに大変。小社では『ウルフマン』とか昨年の『ランボー 最後の戦場』とか……まあ、その話はまたの機会に。
ただ、これだけは言っておきたい。
原作ものに比べるとノヴェライズは一段低く見られがちですが、決してそんなお手軽なものばかりではないんです。もちろん、映画のシナリオをそのまま書き写したようなイージーなものや、やたらと解説や蘊蓄をぶちこんで読みにくくしてしまったような下手クソなものもたくさんあるけれど、なかにはおおっと驚かせるようなもの、下手すると映画より面白いんじゃないかと思うものもあったりするんだから。そういうのが人知れず埋もれてしまうのは、もったいないよなぁ。もう有名な話かもしれないけど、あのアーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』だってもともとは映画のノヴェライズなんだし、このジャンルの名手でもあるマックス・アラン・コリンズの書くノヴェライズなんかはすごい「芸」が盛り込んであったりして面白いんですよ。
そのへんのお話は、また機会をあらためてすることにして、映画ともども、アデルちゃんの冒険をよろしく(最後は宣伝かよ!)
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