ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第1回(構成・杉江松恋)

 お待たせしました。2010年最初の「週末招待席」を今週から六回にわたってお送りしていきます。第二回のゲストは、先月末に刊行された『水魑の如き沈むもの』が大好評の三津田信三さん。ご存じのとおり、ホラーの雰囲気と本格ミステリーの謎解きを融合させた、新しい境地を拓きつつある作家さんです。その三津田さんが、筋金入りのミステリー読みだった時期があるとか。今回はさっそくその辺からお話をうかがってみました。

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)


――今回は企画にご協力をいただき、ありがとうございます。聞けば、正月気分返上で年末年始もお仕事をされていたとか。そんなときに本当に申し訳ありません。


三津田 いえいえ。翻訳ミステリー振興のためにお役に立てるなら、もう喜んでご協力をいたします。今の僕があるのも、根っ子に翻訳物が存在するからだと思うんです。今日はなんでも聞いてください。


――以前に雑談でお話をうかがった際、三津田さんがかなり紆余曲折を経たミステリー読みだということがわかって、私は非常におもしろかったんです。今日はその読者歴を中心にお伺いしたいのですが、まずは定番で子供のころ最初に読んだ翻訳ミステリーからお聞きしたいと思います。


三津田 僕が小学生のころ、はじめに読むミステリというと、江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」か、「ホームズ」か「ルパン」のジュヴナイルだったと思います。僕は「少年探偵団」ですが、そこから「ホームズ」や「ルパン」へは、なぜか進まなかった。


――そっちのメジャーなコースではなくて……。


三津田 はい。それじゃ最初に読んだ海外ミステリとは? と考えて思い出しました。学習研修社から出ていた「少年少女サスペンスシリーズ」です。これは「推理編」が10冊、「冒険編」が10冊あって、当時は純粋なミステリよりも冒険的なお話が好きだった僕に、ちょうど良かったのかもしれません。


――少年少女サスペンスシリーズですか! なかなか渋いところにきますね。フライシュマン、ルネ=ギヨなど、児童文学の高名な作家が書いたジュヴナイルの推理小説・冒険小説を集めた名シリーズです。ちなみに、冒険編の一冊ジェイムズ・マーシャルの『さばくのぼうけん旅行』は映画にもなったJ・V・マーシャル『美しき冒険旅行』(角川文庫)と同じ本ですね。最初に手にとった一冊がどれだったかは、記憶しておられますか?


三津田 うーん……、よく覚えていません。ただ、「少年探偵団シリーズ」や「ジュール・ベルヌ」のジュヴナイルもそうでしたが、子供ですから、やっぱりタイトルと表紙に惹かれるわけです。そう考えると、「推理編」には『ダン警部の24時間』、『メニエ騎士像のなぞ』、『海に消えた男』、『赤いUの秘密』、『地下室の少年探偵団』などが、「冒険編」には『山上にひるがえる旗』、『真昼のゆうれい』、『377号機関車の男』、『カイツブリ号の追跡』、『コーンウォールの聖杯』などがありましたので、最初に手に取ったのは『赤いUの秘密』かもしれませんね。本作と『メニエ騎士像のなぞ』が、一番印象に残っているタイトルなんです。


――『赤いUの秘密』の作者はヴィルヘルム・マッティーセン。ドイツの作家でしょうか。調べたところ、邦訳はないようですが民話集の著書があるようですね。『メニエ騎士像のなぞ』の作者はアンドレノートン。SF、ファンタジーの分野ではたいへんに有名な作家です。そのころ同級生とジュヴナイル・ミステリーについてお話とかはされていましたか?


三津田 いえ、友だちとミステリの話をした覚えは、ほとんどありません。友だちが一緒だと普通に遊んで、ひとりのときに読書をしていたからだと思います。


――『ダン警部の24時間』は、後に〈てのり文庫〉などでも復刊されましたが、それを見比べながら「やっぱ少年少女サスペンスシリーズの表紙の方がいいよねえ」とか。


三津田 そういう濃い話は友だちとはあまり(笑)。『ダン警部の24時間』は、確かダン警部の顔が大きく描かれていたような?


――その他に印象深い作品はありますか?


三津田 どの作品もお話はまったく覚えていませんが、『海に消えた男』で、男が海の上を歩く……という不可能状況の設定だけは、記憶に残っています。まぁトリックは子供心にも、おいおい……と思いましたが(笑)。


――ジョン・ガン。国会図書館のデータベースだと、一七六五年生まれで一八二四年没(?)となっていますね。これはすごく気になるので、私も図書館で借りて読んでみます。


三津田 あと『コーンウォールの聖杯』で、はじめてイギリスのコーンウォール地方のことを知ったのも、印象深いです。「コーンウォール」という響きに、僕は魅せられてしまって。


――スーザン・クーパーですね。〈闇の戦い〉シリーズが有名なファンタジー作家で、故・浅羽莢子さん訳で結構本が出ています。学研のそのシリーズ以外では、どのような本を読んでおられたのでしょうか?


三津田 ジュヴナイル版のディクスン・カー『どくろ城』やブレット・ハリディ『奇妙な殺人』など読んでいました。


――『どくろ城』は氷川朧訳で講談社〈少年少女探偵小説全集〉、白木茂訳で集英社〈ジュニア版世界の推理〉とありますが、どちらでしょうね。『奇妙な殺人』の書名は、私は覚えていませんでした。ハリディのジュヴナイルは、完璧な書誌がないようです。


三津田 うーん、どっちでしょう? 『奇妙な殺人』は、マイケル・シェーン物の第一作『死の配当』だったと思います。はじめて読んだハードボイルドですね。確か表紙にネグリジェを着たお姉さんの絵があって、「なんか違うぞ?」と感じたことを、よく覚えています(笑)。解説は中島河太郎さん(?)で、謎解きミステリの名探偵はもっぱら頭を使うが、ハードボイルドの探偵は自らが事件の渦中に飛び込んで行動する、みたいな説明があったはずです。


――表紙にネグリジェというのが、あまりジュヴナイルらしくないですね(笑)。


三津田 そうそう、ジェームズ・ヒルトンの『学校殺人事件』が新刊として出て、読みたかったけど図書室には入らず、ちょっと買うまでは……という思い出もあります。結局、中学生のときだったかな、大人版『学校の殺人』を読みました。小学生のときは、謎に魅了されて、謎解きにわくわくするというミステリ的な読み方よりは、スリルやサスペンス、冒険的な面白さを楽しんでいたような気がします。


――その三津田さんが、どの辺で謎解きのおもしろさに目覚めたのか、冒険小説への関心はその後どうなっていったのか、という点をお聞きすると、次の質問につながってくるでしょうか。次回は、初めて読んだ大人向けミステリーが何だったかを、お聞きしたいと思います。


(つづく)

死の配当 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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