私設応援団・これを読め!『黒猫ルーイ、名探偵になる』(執筆者・上條ひろみ)

『黒猫ルーイ、名探偵になる』
キャロル・ネルソン・ダグラス/甲斐理恵子訳
ランダムハウス講談社文庫

黒猫ルーイ、名探偵になる (ランダムハウス講談社文庫)

黒猫ルーイ、名探偵になる (ランダムハウス講談社文庫)


 どちらかといえば犬派のわたしだが、猫が出てくる作品を訳す機会が多いので、ペットショップや道端で猫を見かけると、ついついじっと観察してしまう。今ではすっかり猫もいけるクチだ。すり寄ってくる猫もいれば、「にゃー」と捨てゼリフを残して去っていく猫もいる。ゆっくりと歩きながら、ときおりぴたりと止まり、おもむろにまえ肢をなめたかと思うとぴゅーと消える。ミステリアスだ。いったい何を考えているのか。やっぱり猫にはミステリがよく似合う。とくに黒猫は、いつも何かをたくらんでいそうで、なんかかっこいい。


 猫といえばコージー・ミステリ。猫ミステリはたくさんあるが、『黒猫ルーイ、名探偵になる』は本邦初紹介のシリーズだ。
 ラスベガスのギャンブラーならぬランブラー(散歩家)、黒猫のミッドナイト・ルーイ(名前もかっこいい!)は、米国書店協会のブックフェアが開催されるコンベンションセンターで死体を発見する。死んでいたのはペニロイヤル出版の社長、チェスター・ロイヤルで、その胸には「STET」の文字が。これは編集者が原稿に印をつけるために使う省略記号、日本語で言う「イキ(let it stand)」である。女性広報のテンプル・バーは、ルーイを行方不明になったブックフェアのマスコット猫とかんちがいし、つかまえようと悪戦苦闘するうちに、めでたく死体の第二発見者となる。
 行きがかり上、ルーイは小柄でキュートな若い女性テンプルと同居することになるのだが、自分が彼女の面倒をみている、というか、彼女に面倒をみさせてやっている、という上から目線がいい(人間の男性だったらムカツクが、猫だから許される)。ルーイが一人称で語る章がたびたび出てくるので、彼の心理や行動の謎もよくわかる。殺人事件の犯人捜しをするテンプルを助けちゃうのも、彼女をほっとけないから(もちろん、飼い主だからではなく、「ボクの女」だから)。ルーイが危険を顧みず、単身悪の巣窟(動物収容センター)に乗りこむところなんかもうかっこよすぎ。絶体絶命のピンチに陥っても、あくまでもクール。ほんとは体重八キロのデブ猫なのに、それをみじんも感じさせないフットワークの軽さ。テンプルに手がかりを伝えるテクニックの高度さにも舌を巻く。猫がときどき新聞を引っかいてずたずたにするのはもしかすると……と夢は広がる。
 ルーイが聞きこみをする仲間の猫たちもおもしろい。件のマスコット猫なんか、スコティッシュフォールドスコットランド産の耳が折れ曲がった猫。顔がまんまるに見えてかあいい)なので、スコットランド訛りでしゃべるのだ。ほかの猫たちは何を言っているのかわからないらしい。


 なんだか猫の話ばかりになってしまったが、もちろん殺人事件の謎解きや、ユニークな(人間の)登場人物たちのやりとりや、出版業界の内幕なども楽しめるのでご安心を。ほのかな(人間同士の)ロマンスもあり、不器用なヒロインに感情移入しつつ、名探偵ルーイの活躍を楽しめる。猫好きはもちろん、ユーモアミステリ好きにもお勧めしたいミステリだ。


 上條ひろみ