武田ランダムハウスジャパン7月の新刊

 
休日には向かないクラブ・ケーキ〈お料理名人の事件簿4〉/Killer Crab Cakes
リヴィア・J・ウォッシュバーン(Livia J.Washburn)著/赤尾秀子訳
RHブックス・プラス/定価:840円/発行年月日:2010/07/10
ISBN:9784270103562
 
平和そのものに見えた、海辺の美しいB&B
まさかあんなに美しいものが、悲劇の引き金になるなんて!?
 
海辺にある朝食つき民宿の留守番を任されたフィリス。のんびりと休暇気分で、その朝も美しい景色に一杯のコーヒー、そして釣りを楽しもうとしていた。それなのに桟橋で宿泊客の遺体を発見してしまい、お気楽な留守番は一転! 死因が朝食のクラブ・ケーキだと判り、宿泊客が次々とキャンセルする事態に。
なんとか混乱を収めようとするも、不愉快な遺族が押し掛けてきたり、料理人に容疑が掛かったり……。B&Bを守るため、フィリスは捜査に乗り出す!

休日には向かないクラブ・ケーキ (お料理名人の事件簿4) (RHブックス・プラス)

休日には向かないクラブ・ケーキ (お料理名人の事件簿4) (RHブックス・プラス)

 
 
黒竜江【こくりゅうこう】から来た警部/Bad Traffic
サイモン・ルイス(Simon Lewis)著/堀川志野舞訳
RHブックス・プラス/定価:950円/発行年月日:2010/07/10
ISBN:9784270103579
 
「トラブルに巻き込まれた娘を捜しに中国から来ました。英語が話せません!」
意固地で、横暴で、野暮で、タフな新ヒーロー、元紅衛兵の警官登場!
 
「パパ、助けて」突然、留学先からかかってきた一人娘ウェイウェイの電話。ジエン警部は矢も盾もたまらず、英語がまったくできないことも忘れて英国に単身乗り込んだ。言葉の壁にもカルチャーギャップにもめげず、ジエンは持ち前の強引さで中国系移民社会の人々を巻き込んで消えた娘の行方を追う。だが、ようやく見つけた娘の携帯電話には思いがけない残酷な動画が……! タイムズ・オンライン選出・年間優秀犯罪小説!
黒竜江から来た警部 (RHブックス・プラス)

黒竜江から来た警部 (RHブックス・プラス)

熊谷千寿のイチ押し本

 
ゴーストライター』/The Ghost
ロバート・ハリス著/熊谷千寿訳
講談社文庫/定価:920円/発行年月日:2009/09/15
ISBN:9784062764438

ゴーストライター (講談社文庫)

ゴーストライター (講談社文庫)

 
数えたわけではないが、イギリス人作家のほうが入念なリサーチをしているような印象を受ける。ぼくはそれほど細かいほうではないので、訳していて感心することも多い。ロバート・ハリスゴーストライターを訳していたときには、何度も感心した。リサーチで得たちょっとした情報を、あるいはもとから持っていた情報なのかもしれないが、そういう小さなネタをさりげなくストーリーに組み込んでいるのだ。
 
たとえば、こんな場面――英首相アダム・ラングのゴーストライターとしてラングの自叙伝を書いていた前任者が急死したのを受けて、急遽、作業を引き継いだ「私」は、アメリカのマサチューセッツ州のマーサズ・ヴィニヤードにある出版社社長の豪邸に、首相その人とこもって執筆活動をすることになる。マーサズ・ヴィニヤードに到着して、出迎えた年配のタクシー運転手に車中で何度か話しかけるものの、バックミラー越しにじっとこちらを見つめるだけで、ひとことも返事がない。しばらくして、この運転手は耳が聞こえないのではないかと思い当たる。
 
ここから、「私」はラングの過去を探るうちに前任者の死に不審な点を見つけ、思わぬ展開に飲み込まれていくのだが、作者はなぜここで耳が聞こえない運転手を登場させたのか? ぼくは疑問に思った。この運転手はこの場面にしか登場しないのだから、耳が聞こえない運転手でなくてもいいのじゃないか? しかし、生来、素直な性格なので、そういうものかと思い直し、あまり考えずに先へ進んだ。あとになって、そのあたりの地名を調べるためにウィキペディアに当たっていたとき、こんな記述を発見した。
 
「マーサズ・ヴィニヤード島は早くから聴覚障害者(聾者)の社会の一つとして知られた。その結果マーサズ・ヴィニヤード・サインランゲージと呼ばれる特殊な手話が発達した」――ウィキペディア(執筆者に感謝!)
 
こういう小さなリアリティーの積み重ねがあるからこそ、ストーリーの説得力が増し、スケールが大きいというか奇想天外でも、あるいはひょっとしてそんなこともあったりするのかもしれないと読者に思わせるのだろう。
 
もうひとつ、語り口もそこはかとなく興味深い。本書のストーリーは、ゴーストライターである「私」の回想という形で進んでいくが、「私」の名は最後まで明かされない。おそらく、この「私」が本書の主人公なのだろう。しかし、「私」が回想するのは、もちろん、自叙伝の執筆を手伝う英首相アダム・ラングにまつわることだから、真の主人公はラングであり、「私」は単なるナレーターであるともいえる。ゴーストライターが他人の自伝を書いても、作者になれないのと同じように。
 
このように、ストーリーに枠組み(フレームワーク)をはめる手法は十八世紀ごろのアメリカ小説でもよく見られると、大昔に教わった記憶がある。“オールドイングランド”出身の作者が、ニューイングランドを舞台にした小説でそんな手法を用いたのは、単なる偶然なのだろうか? 『ファーザーランド』、『暗号機エニグマへの挑戦』、『アルハンゲリスクの亡霊』、『ポンペイの四日間』といった歴史小説を著してきた作者が、数百年前のアメリカ文学の巨匠たちに捧げたオマージュであるような気がしてならない。
 
なお、本書はロマン・ポランスキー監督、ユアン・マクレガー主演で映画化もされており、第六十回ベルリン国際映画祭銀熊賞を勝ち取っている。作者は脚本を担当している。日本での公開を楽しみにしていたが、いまだ公開されていない。
ファーザーランド (文春文庫)

ファーザーランド (文春文庫)

暗号機エニグマへの挑戦 (新潮文庫)

暗号機エニグマへの挑戦 (新潮文庫)

アルハンゲリスクの亡霊〈上〉 (新潮文庫)

アルハンゲリスクの亡霊〈上〉 (新潮文庫)

アルハンゲリスクの亡霊〈下〉 (新潮文庫)

アルハンゲリスクの亡霊〈下〉 (新潮文庫)

ポンペイの四日間 (ハヤカワNV)

ポンペイの四日間 (ハヤカワNV)

●映画 The Ghost Writer 公式サイト(英語)
●映画 The Ghost Writer IMDb ページ(英語)