どん底・転落サスペンス ベスト5 その1(執筆者・吉野仁)

私が終わる場所 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 12-1)

私が終わる場所 (ハヤカワ・ミステリ文庫 ク 12-1)

    1. クリス・クノップ『私が終わる場所』熊谷千寿訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
    2. ジョン・バーナム・シュワルツ『帰らない日々』高瀬素子訳(ハヤカワ・ミステリ文庫/旧題『夜に沈む道』)
    3. ケント・ハリントン『死者の日』田村義進訳(扶桑社)
    4. デイヴィッド・グーディス狼は天使の匂い』真崎義博訳(ハヤカワ・ミステリ)
    5. ティーヴ・ヤーブロウ『酸素男』松下祥子訳(ハヤカワ文庫NV)


 アメリカにおけるサブプライム・ローン破綻に端を発し、リーマン・ブラザース倒産で拍車をかけた世界的な大不況は、いまだ出口の見えない状況だ。しかしながら、好景気のときでさえ、確実に安泰だといえる人生などない、のである。明日のことさえ、わからない。ちょっとしたつまづきで、あっさりすべてを失うかもしれない。
 というわけで、主人公が人生のどん底へと落ちていく、社会の最底辺で生きる、もしくは、最底辺で生きていかざるをえなくなる、というサスペンスを五つ選んでみた。
 ただし、傑作順というわけではなく、読みやすい、分かりやすい作品順に挙げていったつもり。じつは当初、ダグラス・ケネディ『仕事くれ。』(新潮文庫)を選ぼうと思っていたが、なんと現在ケネディ作品はすべて絶版状態。「復刊してくれ。」である。いや、読みやすさでいえば、出世作『ビッグ・ピクチャー』のほうがお薦めかもしれない。まずは探してお読みあれ。


 で、選びなおした第一位は、『私が終わる場所』。主人公サムは、かつて大企業の工学センターで働いていたエンジニア。だが、職を失い、母の生家である海辺の町で暮らしていた。妻と娘とは絶縁状態。酒におぼれ、無為な日々を生きる男。ところが隣人の老女の死体を発見したことから、運命は変わっていく……。基本的には、ある種のハードボイルドと呼ばれるスタイルを踏襲している小説であり、けっして単なる「どん底」のままで終わらないため、「救いのない物語は苦手」という人にも満足いただけるだろう。

(つづく)

どん底・転落サスペンス ベスト5 その2(執筆者・吉野仁)

(承前)

帰らない日々』は、映画化にあわせて文庫復刊された作品だ。ある大学教授が一家四人で出かけたとき、その帰りに息子がひき逃げされ、死んでしまう。運転していたのは、やはり息子を持つ弁護士の男。やがて被害者家族は崩壊し、教授の妻は自分の世界に閉じこもってしまった。一方の加害者となった弁護士も罪の意識にさいなまれるばかりで、事故を境にどんどんと破滅の道を歩んでいく。まさに奈落の底へと落ちていく二つの家族の悲劇と三者それぞれの心理を微細に描いている。こちらも最後にほのかな救いの光をみせることで、しみじみとした余韻を読み手に残す長編作である。


 残念ながらこれも絶版だが、文庫化希望という意味をあわせて『死者の日』を多くの人に薦めたい。運命の女と出会い転落していく男の物語、いわゆるファム・ファタルものの傑作である。主人公カルホーンは、宿命の女ばかりか、メキシコ、ドッグ・レース、麻薬、デング熱……と、あらゆる種類の熱病にとり憑かれてしまった男だ。ちなみに、近年のファム・ファタルを得意とする作家ではコリン・ハリソン(『アフター・バーン』『マンハッタン夜想曲』など)がお薦めなのだが、これまた絶版で哀しい。


狼は天使の匂い』は、兄殺しの罪で追われていた青年が、逃げ込んだ路地で殺人の現場に遭遇したことから、プロの犯罪者たちの強盗計画に加わることになった、という話。グーディス作品特有の絶望感が全編に漂っており、主人公のみじめでやりきれない感情がしんしんと伝わってくる。


 さて、以上の四作を読んで、どん底・転落サスペンスを気に入った方にぜひ読んで欲しいのが『酸素男』だ。アメリカ南部の風景とそこで働く人々の姿が臨場感たっぷりに描かれた作品。ネッドは、ナマズ養殖場で黒人労働者にまじって働き、池の酸素レベルを調べたり、水中に酸素を送ったりしている白人男性。しかし、黒人たちによる賃上げ要求のためのサボタージュ事件が起こったため、彼は、白人としての立場と低賃金労働者の立場との板挟みにあう……。派手なサスペンスや活劇はないものの、苦悩する主人公の運命から目を離せなくなる。ナマズ、酸素、仲間の黒人と手強い札ばかり。しかし、これまた絶版ではないか。ああ、スティーヴ・ヤーブロウという作家をもっと読んでみたい。

帰らない日々 (ハヤカワ文庫NV)

帰らない日々 (ハヤカワ文庫NV)

死者の日

死者の日

狼は天使の匂い (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

狼は天使の匂い (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

酸素男 (ハヤカワ文庫NV)

酸素男 (ハヤカワ文庫NV)

ヴィレッジブックス 10月の新刊

『キャロットケーキがだましている』/CARROT CAKE MURDERジョアン・フルーク(Joanne Fluke)/上條ひろみ・訳
定価903円(税込)/09年10月20日/ISBN: 978-4-86332-185-4


相変らずお菓子づくりや人付き合いに忙しいハンナ。今回は共同経営者のリサとその夫ハーブの親戚百人が集まる大パーティのお手伝いもあって、てんてこまい。あんまりかまってやれないせいか、愛猫モシェもまた様子が変だし……。それでも、リサたちにはうれしい驚きがあった。長いあいだ行方不明になっていたガス叔父が、ひょっこり帰ってきたのだ!
だが再会を喜ぶまもなく、ハンナはガスの死体を発見する羽目に。事件を解決するのは当然彼女の役目とばかり、人々はハンナの元へ次から次へとやってきて、意外な情報をもたらしてくれるのだけれど――。好評シリーズ、ついに10巻目!

キャロットケーキがだましている (ヴィレッジブックス)

キャロットケーキがだましている (ヴィレッジブックス)


『炎の古城をあとに』/LIE BY MOONLIGHT
アマンダ・クイック(Amanda Quick)/高田恵子・訳
定価882円(税込)/09年10月20日/ISBN:9784863321830


女教師のコンコーディアは、設立されたばかりの怪しげな寄宿学校から、生徒である4人の可憐な少女を連れ出すことにした。さまざまな状況証拠から、学校の真の目的が少女たちを高級娼婦に仕立て上げることだと確信したからだ。逃げる途中の彼女たちに救いの手を差し伸べたのは、アンブローズという名の私立探偵。彼の家に匿われているうちに、コンコーディアと彼はたがいに相手に魅了されていく。だが、学校を経営するロンドンの暗黒街の男が、少女たちを奪還すべく姦計を企てていた! 19世紀の英国を舞台に巨匠クイックが贈るヒストリカル・ロマンスの新たなベストセラー。

炎の古城をあとに (ヴィレッジブックス)

炎の古城をあとに (ヴィレッジブックス)


『ウィンストン家の伝説 黒き髪の誘惑者たち』/THE WINSTON BROTHERSローリ・フォスター(Lori Foster)/石原未奈子・訳
定価830円(税込)/09年10月20日/ISBN:9784863321847


バーを営むウィンストン兄弟は揃いも揃って黒髪のハンサム、独身生活を謳歌していた。今度開催するフォトコンテストで優勝すれば長男コールとデートできるとあって、店は女性客で賑わっている。彼に片想いしながらも毎晩店でココアを頼むだけ。そんな内気なソフィーは、奔放なふたごの妹になりすましコンテストに応募することを思いつくが……。次男チェイスはソフィーの親友アリソンの彼を求める心の声がなぜだか聞こえてきて……。さらに末っ子マックにも渋々受けた下着モデルの仕事である出会いが……。 “ウィンストン家の呪い”なる謎めいた運命が導く兄弟それぞれの恋模様。『流浪のヴィーナス』の主人公三男ゼーンも登場!

黒き髪の誘惑者たち ウィンストン家の伝説 (ヴィレッジブックス)

黒き髪の誘惑者たち ウィンストン家の伝説 (ヴィレッジブックス)


『迷える彼女のよくばりな選択』/THE MANNYホリー・ピーターソン(Holly Peterson)/松井里弥・訳
定価987円(税込)/09年10月20日/ISBN: 978-4-86332-186-1


ニューヨークの大手テレビ局で看板ニュース番組のプロデューサーとして手腕を奮うジェイミー。夫は上流階級出身で超一流のやり手弁護士、住まいはパーク街の高級マンション。一見華やかでなに不自由ない暮らしに見えるけれど、実際は甘やかされた金持ちの夫に振りまわされ、キャリアの雲行きも怪しく、最近人生に行き詰まりを感じている。そんなある日、彼女はセントラルパークで年下の魅力的な青年ピーターと出会う。正直で自由な彼の生き方に憧れるも“現実”はそう甘くない。だがある事件を機にジェイミーは否応なく選択を突きつけられることに……。迷えるすべての女性に贈る意欲作!

迷える彼女のよくばりな選択 (ヴィレッジブックス)

迷える彼女のよくばりな選択 (ヴィレッジブックス)

最新海外ミステリーニュース20091013(執筆者・木村二郎)

004/Stuart Kaminsky dies


 スチュアート・カミンスキーが2009年10月9日、ミズーリ州セント・ルイスで 死亡。1950年代に陸軍衛生兵としてフランスに駐留しているときに伝染した肝炎 の治療のため、肝臓移植を待っているあいだに亡くなった。トビー・ピーターズもの (1940年代のハリウッド探偵、主要作『ロビン・フッドに鉛の玉を』文春文庫) や、ポルフィーリ・ロストニコフもの(モスクワ市警の主任捜査官、エドガー賞受賞作『ツンドラの殺意』新潮文庫)、エイブ・リーバーマンもの(シカゴ市警の老刑 事、主要作『愚者たちの街』扶桑社文庫)、ルー・フォネスカもの(フロリダ州サラソタの召喚状送達人、主要作『消えた人妻』講談社文庫)、CSI:ニューヨークもの(『死の冬』角川文庫)のほか、多くの短編が紹介されている。



[死亡記事担当記者/木村二郎

ロビン・フッドに鉛の玉を (文春文庫)

ロビン・フッドに鉛の玉を (文春文庫)

ツンドラの殺意 (新潮文庫―ロストニコフ捜査官シリーズ)

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愚者たちの街―刑事エイブ・リーバーマン (扶桑社ミステリー)

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CSI:ニューヨーク  死の冬 (角川文庫)

CSI:ニューヨーク 死の冬 (角川文庫)