第2回『通り魔』

 87分署シリーズ第2作『通り魔』です。前作『警官嫌い』で活躍したスティーヴ・キャレラはここには書けないある事情でアイソラの街を離れており、最終章で少しだけ顔を出す程度。メインキャラ(?)不在の87分署で果たして誰が主役を張るのか、気になるところです。それを確認する前に、まずはあらすじを紹介したいと思います。

通り魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-2)

通り魔 (ハヤカワ・ミステリ文庫 13-2)

 87分署の管区内で路上強盗事件が続発。女性ばかりを狙う犯人は、金銭を奪った後、必ずこう言って去っていくという――「クリフォードはお礼を申し上げます、マダム」と。三級刑事で柔道の達人のハル・ウィリスを筆頭に87分署の刑事たちは事件を追う。その頃、怪我が治ったばかりのバート・クリングは友人から受けた奇妙な依頼に頭をひねっていた。


 さて、前作は連続刑事殺人事件でしたが、今回は連続路上強盗事件です。「犯罪者が事件を繰り返す中で、証拠が揃って逮捕に向かって前進していく」という警察捜査のリアリティーは理解できるのですが、あまりに「連続〜」が続くと、私も他の読者も飽きてしまいます。
 ところがさすがはマクベイン。飽きっぽい読者への配慮も忘れていません。キャレラに焦点を当ててはいてもあくまでもチームプレー優先。いかにも警察小説という雰囲気を感じさせた第1作とは異なり、この作品では、捜査の中心から外れた若手警官のバート・クリング個人の行動に焦点が当てられています。クリングが受けた依頼、そしてそれがどのように本筋と絡んでいくかは、みなさんの興を殺がないために書かないことにします。
 クリングはまだパトロール警官なので、犯罪の捜査に関しては素人同然です。その彼がともかく街を歩き回って様々な人にインタビューを敢行し、時に脅されながらも情報を集めていくパートは、完全に私立探偵小説です。彼の、ある種身勝手な捜査活動に対して警察当局から圧力がかかってくる流れなどは、何となくマイクル・コナリーのハリー・ボッシュシリーズを連想しました。
 その捜査の中で登場するのが、後にクリングのパートナーとなるクレア・タウンゼントです。彼女は、最初はこの交際に消極的なのですが、クリングの猛烈アピールの前に陥落。二人でデートに行ったりしています。おいおい捜査はどうしたんだよ。
 87分署側では捜査は遅々として進行せず。最終的には「クリフォード」に対して囮の女性刑事アイリーン・バークを差し向け、襲わせて逆に捕まえるという非常にリスクの高い作戦に打って出ます。そういえば、『警官嫌い』には女性刑事は登場しなかったので、何気に初登場ですね。美しく、下手な男より遥かに強い彼女も今後活躍するのでしょうか。いまいち活躍しなかったハル・ウィリスともども期待したいところです。
 クリングと87分署、それぞれの捜査が結び付いた時に浮かび上がるのは、秋のアイソラに隠された真実です。これが結構意外なもので、純朴な読者である私などはなかなかに驚かされました。単純ではありますが、発端から全体の構成までよく考えられています。第1作よりもなお一層面白い、優れた作品です。


 ちなみに、本作の原題は”The Mugger”となっています。この単語には「(背後から首を絞めて脅かす)路上強盗」と、「大げさな表情をする役者」という二つの意味があり、女性を次々に襲う、なんとも滑稽で仰々しい「クリフォード」という通り魔の性質を巧みに表現していると考えられます。

 三門優祐

 三門優祐
えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。

第1回『警官嫌い』

 はじめまして。三門優祐と申します。性格のワルーイ、ねじれた小説が好きな陰険人間です。本の読み方は大変気まぐれな自由連想式で、手元にある本をふと思いついた時に読みます。新刊書を買って、灰汁抜きと称し数ヶ月放置してから読む非常に問題のある習性の持ち主です。
 乱読屋の私がマクベインを読んでこなかったのは、単純に量が多かったからです。気まぐれな癖に妙なところで完璧主義者なので、第一作から最新作まで順番に読むことを考えて、読む気力を奮い起こせずいました。あと、全体的に地味だったので。警察のコツコツとした捜査が嫌いとか、そういう訳ではなく、まさしく偏見なのですが。今回の企画をきっかけに、マクベインの非シリーズ作品にも手を延ばして行ければと考えています。
 
 さて、自己紹介はこのくらいにして、早速紹介に入りたいと思います。まずはあらすじをお読みください。

警官嫌い (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 13‐1))

警官嫌い (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 13‐1))

 アイソラの街は、うだるような熱帯夜にすっぽり包み込まれていた。マイク・リアダン刑事はその出勤の途上、.45口径の銃弾に頭を撃ち抜かれ殺されてしまう。87分署の同僚たちは敵討ちにと発奮し、証拠品を集め、容疑者を挙げていくが、一向に成果が上がらない。そんな中、再び一人の刑事が.45口径の銃弾に倒れた。犯人は87分署の刑事を狙っているのだろうか? とすればその動機は? そして犯人の正体は?

 シリーズ第一作目にして、不穏な空気が漂う作品です。87分署に所属している刑事たちが、謎の「警官嫌い」によって理由も分からぬまま、一人また一人と命を奪われていくに連れて、必然、捜査には犯人への憎悪や、敵を討ってやりたいという気持ちが強く反映されることになります。警官が警官殺しを憎むこと……それは、警官の仲間意識の高さを考えれば当然のことだと思います。しかしマクベインは、その「当然」に、分署のリーダー的存在であるバーンズ警部に次のように言わせることで、一旦ブレーキをかけています。

「我々が警官殺しを許せんというのは、警官が法と秩序のシンボルだからなんだ。このシンボルがなくなったら、街は野獣の巷と化してしまう。街の野獣はもうたくさんだ。
(中略)その悪党をひっとらえてもらいたいというのは、リアダンが人間だったからだ――しかもおそろしくいい人間だったからなんだ。」(p.28-29)

 「秩序を乱す警官殺しは許せないが、しかしなにより、人間の命を奪ったことこそ最大の悪事」――これはバーンズ警部の、ひいては作者の倫理意識を表現するとともに、秩序を守る組織の一員である警察官もまた一人の人間だということを示していると考えられます。つまり、マクベインによる「警官=人間宣言」と言っていいでしょう。
 「警官殺し」の最初の犠牲者であるマイク・リアダンが生きていた時の描写は、わずか3ページしかありません。しかし、子どもの寝汗を見て、冷房機を買わねばならないと考え、仕事の支度にかかる時間を逐一計って安心しているこの男の人間臭さを、2000文字の中に集約し、「なんでこいつが殺されなくてはいけないんだ」と読者に一瞬でも思わせる……これこそ、マクベインの筆の力、実力だと思います。
このように、マクベインは刑事を一個の人間として書いていくことを宣言し、作品の中で見事に実践して見せました。この姿勢は、第二作、第三作でも変わらずに保たれています。シリーズを読み始めたばかりの私には、全体の姿は未だ見えていません。しかし、こういった点からいっても、この『警官嫌い』は、まさにシリーズ第一作にふさわしい作品だと思います。


 上で述べたような筆の冴えは、被害者のみならず、様々なキャラクターにまで及んでいます。本作では、主人公格の登場人物であるスティーヴ・キャレラにおいて、それは顕著です。初登場時、彼は熱帯夜なのに紺の背広と白いシャツ、グレーのネクタイで涼しげに登場し、殺人現場でも軽口を叩いて見せますが、その実、細やかで心優しいところも持ち合わせています。このことは特に、恋人で聾唖者であるテディ・フランクリンとの、多くの言葉を用いないコミュニケーションに現れてきます。
 思うに、キャレラという人物は、なんというかすごくいい奴なのですね。と言うよりもむしろ、87分署の連中やその周囲の人物は、癖はあってもみんないい奴なんです。その彼らが、この後どのような事件に巻き込まれ、人間関係が変わっていくのか。私は、この作品を読んだあと、続きが気になって仕方なくなってしまいました。


 謎解きミステリとして見ると、どこかで見たことがあるようなプロットだし、割れてみると犯人も意外性に欠けているなど、正直評価が辛くなってしまいます。しかし、登場人物の魅力がすべてのマイナス点を覆しています。なんだ、本格ミステリじゃないのかなどと引き返すことなかれ。訳文が古くて読みにくいのは難ですが、登場人物たちに感情移入出来れば、誰でも楽しく読むことのできる作品だと思います。オススメ!


(タイトルは編集長直々にいただきました)

 三門優祐
えり好みなしの気まぐれ読者。読みたい本を読みたい時に。