第17回大阪読書会レポート(執筆者・飯干京子)

 
 あかんやん、ヤバいやん、サボってるうちに2016年が終わってしまうやーん!
 ということで、たいへん遅くなりましたが、去る8月26日に開催しました大阪読書会の報告をさせてくださいませ。


虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)

虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ)


 何があかんって、そりゃ筆者の怠慢があかんのよという話は置いといて(こら)、課題書『虚構の男』にとって2016年というのはとても大切なキーワード、レポートするならそこをハズしたらあかんのでした。カバー袖の紹介文はこちら。

「時は1966年、イングランドの閑静な小村で小説家アラン・フレイザーが50年後(2016年!)を舞台にしたSF小説の執筆にいそしんでいるところから物語は始まる。気さくな隣人、人懐っこい村の人々はみな彼の友達だ。やがて一人の女と出会い、アランの人生は次第に混沌と謎の渦巻く虚構の世界に入り込んでいく――」


 そう、この作品、今から遡ること50年前に、50年後の今をモチーフに使って書かれたものでありまして、書いたのはL・P・デイヴィスという、ちと人をくったような顔つきの煙草屋のおっさん。もとい、作家さん。1914年の英国に生まれ、マンチェスター大学卒業後に検眼士の資格をとり、薬局を営み、医療要員として従軍し、一度は画家を目指し、そののち郵便局長となり、眼鏡屋をはじめ、煙草屋もはじめ、やがて小説を書きだしたところで「煙草屋と作家業って、もしかしてベストマッチ?」と気がついて、以後その二つを生業とすることに。店のカウンターに置いたタイプライターから数多くの娯楽作品を世に送りだしましたが、ジャンルに縛られない自由すぎる作風が裏目に出たのか、いつしか忘れられた存在となってしまったようです。煙草の棚を背にした著者写真が実にいい味をだしていて、世が現代ならばTwitterFacebookプロフィール画像としてはもとより、あの1時間1000円「おっさんレンタル」に掲載しても一躍売れっ子おっさんとして名を馳せたにちがいなく、1988年に他界しておられることが惜しまれます。


 そのデイヴィスの初期の長編が、時を経て国書刊行会の新海外文学シリーズ《ドーキー・アーカイヴ》第1弾として刊行されたわけですが、普段の大阪読書会とはまったく毛色の違う選書にもかかわらず、常連さんから初参加の方まで大勢集まってくださいました。シンジケート事務局からは、話題の女子ノワール『ガール・セヴン』訳者の高山真由美さんも参戦してくださり、いつも以上に華やかムードで読書会スタートです。あらかじめ各席に配布された世話人U作成の資料では、1966年の日本の様子や当時の未来観をご紹介。ビートルズが来日して、ソ連無人の月面軟着陸に成功し、星新一『エヌ氏の遊園地』を書き、テレビで「サンダーバード」が放送されて……。その頃まだこの世に存在の影すら無かった方から、とっくに恋のふたつやみっつは経験済みでしたわよ〜な方まで、いつもながらバラエティ豊かな参加メンバーのあいだで多種多様なコメントが飛び交いました。


 帯に『ストーリー紹介厳禁の……』とあるだけに明かせない内容も多いのですが、ギリギリOKかと思われるあたりを抜き出してみますと、「トンデモ本かと思ったら、意外にもオーソドックスな筆致で細部がしっかりしてる」「登場人物が少なくて読みやすい。なんて小さな村なんだ!」「この人数でまとめあげた設定の勝利か」など、職人技の光る構成については概ね高評価。作中の未来(つまりわれわれの今)についても、当時を知る参加者から「あの時代にこんなことが予測できるヒントはそうそう無かったはず」と著者の鋭い先見性を称える声があがりました。女性や女性のファッションに関する記述に興味をひかれた人も多く、「え、現代に見にきたの?」と思わせるような予言めいた描写も発見。そして、参加者の好き嫌いがどどーんと分かれたのはこの作品のキモの部分、こちらの予想をアサッテ方向へアサッテ方向へと次々に裏切っていく展開の行き着く先でしたが、ここは読んでのお楽しみとしか申せません。ほかにも、現在はもう見る手立てのない映画化作品について記憶から語ってくださる方あり、児童書として邦訳のある他作品と読み比べて作風の背景を探ってくださる方ありと、独りで読んでいてはたどりつけないところへと視点を導いてもらえるのは、やはり読書会ならではですね。


 訳者の矢口誠さんと国書刊行会の編集Tさんからは、事前に「ネタバレ厳禁じゃなかったら言いたかったこと」というお題でメッセージを頂戴していました。参加者特典として配布させていただきましたが、秘すのがもったいない面白さ、矢口さんの追記部分だけでもこちらでチラ見せを。

《追記》ちなみに、本書の邦題に関しては、編集担当のタルちゃんが「……『その男、虚構につき』を提案したら、訳者に呆れて却下されました(笑)」と書いているが、これは誤解である。私は決して呆れてなどいない。ただ、あまりにありえない提案だったので、一瞬気が遠くなっただけだ。


 それともうひとつ、本書は刊行前、原題を直訳した『人工人間』という仮タイトルで呼ばれていた。刊行後に思いついたのだが、邦題はここから一歩先に進んで『人工人』(じんこうじん)にすればよかったのではないか? 上から読んでも人工人、下から読んでも人工人――なんか山本陽子チックですごく話題になった気がする。しかもこの人工人、横組みにするとなんか絵文字っぽい。それが女子高生のあいだで話題になって、すごく意外なことがあったときなど、「エッ、それマジ?(人工人;)」などと使われるようになっていれば、いまごろは『人工人』もガンガン売れて2LDKが……(←くどい)


 訳者さまが本の爆売れによってお家を購入されたという情報はいまだ伝わってきていませんが、絵文字は読書会でも流行の兆しがあったとかなかったとか(今回は一部大喜利形式で進行)。



 課題本には《ドーキー・アーカイヴ》小冊子がもれなくついていて、付録とは思えないその装丁の美しさも話題になりました。シリーズの責任編集、若島正さんと横山茂雄さんの偏狂な愛に満ちたラインナップ紹介は、まさに異色というか「そんなのどっから見つけてきたんだ?」的な作品のオンパレード。京都や大阪で開催された同シリーズ立ち上げイベントを見にいった方からの情報によりますと、今回のシリーズ全10巻が首尾よく売れたら、次にまだ50冊もの妖しいリストが控えているのだとか(驚)&(ちょっと呆)
 ※シリーズは現在、第3弾として、イヤミス短編「くじ」があまりにも有名なシャーリイ・ジャクスンによる“元祖”多重人格もの『鳥の巣』まで刊行されています。



 終盤は好きな登場人物のアンケートをとってみたり(写真は参加者のお1人でイラストレーターのYさんによる隣人リー・クレイグ。掲載ご承諾多謝)、今から50年後の2066年をみんなで予測してみたり(リアルマネーはなくなる? 紙の本の行方は?)、いつものまったり進行でした。課題書と絡んで名前が挙がったのはブレイク・クラウチパインズ・シリーズやM・R・ケアリー『パンドラの少女』、セサル・アイラ『文学会議』、D・R・クーンツ『雷鳴の館』などのほか、映像作品が多数。本会終了後は近くのお店で夜が更けるまで食事とお喋りを楽しみました。世話人としては、初参加の方から、「緊張して参加したけど、女子会みたいで楽しい!」と言っていただいたのが嬉しかったです。ちなみに男性は3名もおられたのですが(笑)


 次回大阪読書会は2月中旬を予定しています。近くの方も遠くの方も、ぜひお気軽に遊びにいらしてください。

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