第9回神戸読書会レポート(執筆者・末原睦美)
第9回神戸読書会を9月4日(日)に開催いたしました。ちょうど大きな台風の日本上陸が続いた時期で、開催の数日前にも「どうも読書会当日あたりに、台風が近畿地方に最接近するらしい」というニュースが流れたため、台風の進路と速度を気にしながら開催準備を進めることになりました。この地味な緊張感を味わうのは第1回『解錠師』読書会以来です。台風の直接の影響はないまでも、豪雨の中の読書会を覚悟したところ、当日はいっそ雨が降ったほうが楽なんじゃないかと思うばかりの快晴と湿気のなかの開催となりました。
- 作者: マーク・ハッドン,,服部一成,小尾芙佐
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/04/07
- メディア: 文庫
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今回の課題書はマーク・ハッドン著『夜中に犬に起こった奇妙な事件』(ハヤカワepi文庫)。発達障害のために人とのコミュニケーションがうまく取れない15歳の少年・クリストファーが衝撃的な「事件」の第一発見者となってしまったことをきっかけに、好きなミステリー小説を書くことを決め、探偵になって事件の真相を探るうちに出会う事実と冒険、成長を描いたヤングアダルト(YA)小説です。執筆者があまりYA小説との接点を持たずにここまで生きてきてしまったため、課題書に選んだのは少々チャレンジだったのですが、結果的にほぼ満席となりました。二次会会場のビヤホールに釣られたのではないか、とは微塵ほども憶測してませんよ。
課題書を読んだ感想としてまず多く聞かれたのが、物語の前半に起こる「事件」の大きなインパクトです。YA小説だからといって起こる事件がマイルドなものかというと、そこはあっさり裏切られ、練達のミステリー小説読者が揃う読書会でも驚きの声が多く上がりました。
「事件はひどいし、凶器もなんともすごい」
「しかも事件にまつわる人間関係が狭くて濃くて、かなり驚いた」
「『犬』とタイトルにつく作品って、ほんと、ろくなことにならなくて(笑)」
「ウェリントンって、小型犬のトイプードルじゃないよね? スタンダードプードルは大型犬だから、結構大きいよ?」
「庭仕事の余裕なんかなさそうな家庭にも、ああいう道具はある?」
「イギリスって愛犬王国と聞くけど、この導入部の反響はどうだったんだろう」
「あの手紙は、送り主が宛先の人物に必ず届くと考えて書かれたものなんだろうか」
「『バスカヴィル家の犬』……」
クリストファーの目線で描かれるこの小説は、文章と図表の組み合わせによって、発達障害を持つ人がどのように世界をとらえ、意識しているのか(ただし、ほんの一例ではあるのですが)を視覚的にも理解できる構成をとっており、そのうえに事件の解明が重なることで、重層的に進行します。事件と主人公、あるいは犯人側の意識との重層的な構造をとるミステリー小説は珍しくないのですが、日常で接する機会が比較的少ない、障害を持った人の視点から描くということで、物語の複雑さが増します。また、YA小説の読者といえば、10代半ばの主人公が置かれた現状と葛藤、成長に共感しながら読む、比較的若い世代が世界的にみても多いのでしょうが、今回の参加者の年齢を平均するとだいたいクリストファーの親世代になるということもあり、クリストファーの置かれた状況と心情を理解し、成長を喜びつつ読みながらも、彼の両親の置かれた現状と葛藤に心を痛める感想が多く聞かれました。
「クリストファーのお父さんとお母さんの荒みようが理解できすぎて苦しい。自分が同じ立場にいたら、この小説に近いことが起こってしまうんじゃないかと思う」
「クリストファーの考えかたは絵の描きかたでいうと、対象そのものを描くというより、周りを細かく描いて、対象を白抜きで浮かび上がらせる感じ。本人も周囲も労力が何倍もかかる」
「クリストファー本人が日々の行動と反応を苦痛に思っていないから(不測の事態によるパニックは除いて)、ご両親はよけいにつらさを感じる気がする」
「お父さんのクリストファーへの対応は適切すぎるほどに適切すぎるけど、それでもやっぱりあんなふうに荒んでしまうのか」
「お母さんには正直、『もうちょっと何とか対応できれば』とは思ったけれど、それは軽々しく言えることではないし」
「特別学校でクリストファーを指導する、シボーン先生の存在が救い」
感想を述べあうなかで、発達障害を持つ人とその周りの人が抱える事情などを、接する機会のあるかたから幸いにもお聞きすることもできました。「苦しいけど、ノンフィクションを読むより理解しやすかった」という感想を持ったかたも多かったように感じます。それに、最初は課題書に沿って、発達障害を持つ人の世界の見え方についての発言だったのが次第に、障害の有無に関係なく、「伝え(られ)ること、伝え(られ)ないこと」へと議論が広がっていきました。
だからといって、そんなに堅苦しいお勉強モードはそう続かず、「お父さんのあのブリティッシュジョークは原文ではどうなんだろう。そもそも面白いのか」「パディントン駅の広告の場面の原文表記を見たい」と、原著をお持ちいただいたかたからお借りして、気になった部分の突き合わせをしたり、実際にロンドンのナショナル・シアターで上演された舞台を収録して映画館で上映する「ナショナル・シアター・ライヴ」で本作品を見たかたから、舞台の演出や印象をお聞きすることもできました。執筆者側でも毎回、作品の紹介と理解のためにと資料を少々用意するのですが、もちろんその資料が万能というわけでは決してなく、それをきっかけに参加者のみなさんの知識や経験をシェアできることも読書会の面白さです。
神戸読書会の2016年の開催日程は例年よりちょっと少なめに、今回で終了いたしますが、2回とも映画化あるいは舞台化で話題となった作品を取り上げたこともあってか、初めて参加されるかたを多くお迎えすることができました。来年もまた、多くのかたにお越しいただけるようせっせと企画してまいりますので、みなさまのお越しをお待ちしております。
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- 作者: コナン・ドイル,延原謙
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1954/05/12
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