荻窪ベルベットサン『HHhH』読書会レポート(執筆者・若林踏)



 8月24日に荻窪ベルベットサンで開かれた『HHhH』読書会、お陰様で盛況のうちに終えることができました。
 今回は主催である私、若林踏と、ゲストとしてお招きしたライターの倉本さおりさんを中心に進行。基本的にミステリプロパーの本読みである若林と、森鴎外からミラン・クンデラまで、幅広い近現代文学の素養で切り込んでいく倉本さんとの“読み”の違い、担当編集である東京創元社・井垣真理さんによる『HHhH』裏話など、非常に中身の濃い二時間強でした。初の企画でどうなることやら、と当日まで心臓が縮みあがっておりましたが、参加者の方々にご満足いただける内容だったようで、ほっと胸をなでおろしております。

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

 では、ここで当日の模様をちょっとだけご紹介しますね。


○「メタ」ノンフィクション小説
大野さん:読者のために書かれた小説、というより作者が自分自身のために書いた小説だと思いました。 
志村さん:これは「書くこと」について書かれた小説ですよね。大学の先生とか、
文学理論畑の人とかは特に興味深く読めるのではないでしょうか。
倉本さん:書評で取り上げた時にも書いたんですけど、これはノンフィクションノベルというより、メタノンフィクションノベルと言った方が相応しいのではないかなと思います。


○読み易い?読みづらい?
中畑さん:作者がいちいち顔を出して、なかなか話が先に進まないので、少し読みにくかったです。
若林:この小説に関しては、「かなり読みやすい」という評価を良く聞きますね。逆にはじめて「読みづらい」という意見を聞きました。
神島さん:「読みづらい」という意見もわかる。この作品で言及されているミラン・クンデラもそうなんだけど、読んでいる内に自分の内面の問題意識と化学反応を起こして、「あっ、この部分は俺にもわかる!」ってところが見つけられて、それから読み進められるようになるのね。小説中に10、20くらい給水ポイントみたいなところがあって、それにひとつでも引っかかればいけるみたいな。


○「クンデラはもっと遠くまで行けたはず」って、どういう意味?
若林:7頁に「クンデラはもっと遠くまで行けたはずだ。」と書いてあるのですが、僕これちょっとよくわからなかったです。
青柳さん:私もその箇所、本当によくわからなくて「遠くってどこだろう?」と悩んでました。そもそも『笑いと忘却の書』とか『存在の耐えられない軽さ』とか、なんでクンデラを引き合いだしているのかも疑問でした。なんか雑な表現だなあ、と(笑)
倉本さん:多分、ビネはクンデラのことを敬愛しているんだと思うんですよね。『HHhH』の、短い章段を組んで走り抜けていく感じって、クンデラの小説と似てる。歴史という言葉を〈歴史〉って表記している点も同じ。この一文は、クンデラ自身が歴史や事実をこんなふうに語り直してしまうことに対して全くわだかまりを感じていないわけじゃないんだよ、っていう、尊敬する作家への擁護の意味があるんじゃないかと私は思います。クンデラの、描写に対する倫理観について言いたかったのではないかと。


○「ナチを描く」ということ
村田さん:小説を書くということを主眼にした小説ならば、別にナチスを題材にしなくても、他の歴史上の出来事でも良かったんじゃないでしょうか?
若林:私は、むしろこれは「ナチスを描くと言うこと」にこだわった小説ではないかと考えていますよ。ハイドリヒ暗殺を描いた本に『HHhH』でも名前が挙がっているアラン・バージェスの『暁の七人』というものがあります。映画化もされたので知っている方もいるかと思いますが、これはもうストレートなナチもの冒険小説になってます。『HHhH』と同じくハイドリヒの人となりにも触れているんだけど、『暁の七人』ではもうひたすら悪の権化のように書かれていて、要するにわかりやすいヒールになってしまっている。『HHhH』ってもしかしたら、ナチスを単純に悪役として描く冒険小説への異議みたいな意図も込められているんじゃないんでしょうか。
倉本さん:私はちょっと違う理由で、ナチを描く必要があったと思っています。描写を通じて正義を為すとはどういうことなのか、ということを示すために、わざとナチという倫理的な問題を取り上げたのではないか。


この他にも
レジスタンスからは報復のことを考えると暗殺計画は無茶だ!と止められたのに、あえてイギリス政府がGOサインを出したという史実に触れられていないのは何故か。
・ハイドリヒを扱った小説としてフィリップ・K・ディック『高い城の男』を参考に読んでみてはどうか。
と、純文学、ミステリ、SF、歴史薀蓄その他もろもろが四方八方に飛び交う、とても刺激的な読書会になりました。


 荻窪ベルベットサンでは杉江松恋氏によるスーパーフラット読書会をはじめ、文藝系のイベントを多数開催しています。翻訳ミステリー大賞シンジケート読者の皆様もぜひ予定を細目にチェックして、荻窪ベルベットサンへ足をお運びください。


若林 踏わかばやし ふみ)


 ミステリ書評家、刑事ドラマ愛好家。『ミステリマガジン』海外書評担当。現在、月イチで新宿ビリビリ酒場にて「最速!海外ミステリ先読みスニークプレビュー」を開催。 ツイッターアカウントは @sanaguti


倉本さおり(くらもと さおり)

ライター。書評、エンタメ系のインタビュー、コラムなど。 週刊金曜日書評委員。 本の雑誌で「文庫解説三丁目」連載中。
ツイッターアカウント@kuramotosaori

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

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笑いと忘却の書

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存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)

存在の耐えられない軽さ (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-3)

暁の七人―ハイドリッヒの暗殺 (1976年) (ハヤカワ・ノンフィクション)

暁の七人―ハイドリッヒの暗殺 (1976年) (ハヤカワ・ノンフィクション)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)

高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)