第5回名古屋読書会レポート・前編(執筆者・大矢博子)

証言で綴るミステリー・キッチン顛末記


 ミステリー・キッチン。それは翻訳ミステリーに出てくる馴染みのない食べ物を実際に作って食べちゃおうという試み。今回は料理研究家にして料理探偵の貝谷郁子先生をお招きし、ジル・チャーチル『ゴミと罰』で主人公ジェーンが作るスパニッシュ・オムレツのレシピを習います。


 スパニッシュ・オムレツと言えば『初秋』でスペンサーが裸の人妻を撥ね付けたあとにポテトとオニオンで作ったり、『証拠死体』でスカーペッタが玉葱とピーマン入りのを作ったけど呼び出しがかかって食べられなかったり、『障害』でヒラリーがピーマン玉葱ジャガイモに卵4個で汁気たっぷりのを作ったり、サマータイム・ブルースでヴィクが「フリッタータ」と呼んだりする、翻訳ミステリではとっても馴染み深いメニュー。
 名古屋読書会幹事団の中から選りすぐりの料理上手を班長に任命し、いざスタートです!


幹事I嬢の証言:
ホントはね、私は名古屋読書会では会計担当なの。それがなんで料理班のリーダーになったかっつーと、ただ単に大矢さんが料理嫌いだからってだけなのよ。自分で企画しといて「でもあたし料理ダメだから、任せるね〜」って世話人としてどうなの? ホントに頼りにならな……えっ、フライパンが足りない? それあたしが準備する係だっけ? きゃーっ!


幹事S嬢の証言:
私だって普段は受付担当なのに食材調達任されちゃったんですよ。でも憧れの貝谷先生に直接ご指導いただけるんだから、ありがたい話じゃないですか。日本のオムレツとは違って具沢山で、ピーマンだけでも赤と緑と……きゃあっ、緑ピーマン買うの忘れたあああ! ちょっとスーパーまでもう一回行って来る!


貝谷郁子先生の心の声:
(よかった、これだけドジなスタッフばっかりなら、私の出したレシピが実は別の小説のオムレツで、読書会前夜に大慌てでレジュメ担当者に差し替えてもらったことが目立たないわ……!)


 助っ人C嬢にも手伝ってもらって事前に材料を切り仕込みを終え、いよいよ料理教室開催。『ゴミと罰』でジェーンが作ったオムレツは息子から「ゲロみたい」と非難されるが、それはおそらく料理中にこういう手間を惜しんだからであると教わったり、サイドディッシュのポテトサラダは作った人物のキャラクタに合わせて味付けを推理したりという、まさに読書会企画ならではの話が貝谷先生から飛び出します。


 手順そのものも驚きの連続。具材を炒めるコツにベーコンの種類による違い、特にオムレツをひっくり返すワザなど、参加者はまるでシルク・ド・ソレイユを見るかのような気持ちで興奮し、成功の瞬間は拍手が起こったとか。

 しかし、皆の興味をひくものは他にもあった。それは見慣れぬ食材。以下、参加者からの証言により構成します。


「へえ、ポテサラに入ってる、これがアンチョビかあ!」「…それはブラックオリーブ」「ねえ、この茶色っぽい液体は何だろう」「メープルシロップぽくない?」「えー、でもオムレツやポテサラにシロップなんか使う?」「そこがやっぱりプロの技なのよ」「シロノワールにだってシロップかけるし」「名古屋だからシロノワール的レシピを教えてくださるんでは!」「なるほど」「なるほど」「なるほど」「(その液体を手にして)ではここでワインビネガーを入れます」「…」「…」「…」


 そして何より参加者が目を奪われたのが、ポテサラに使われた舶来のマヨネーズ!

「ちょ、何これ」「味がぜんぜん違う!」「酸味がないよね?」「さっぱりしてる」「さわやか」「こんなマヨネーズがあるんだ」「いや、ちょっとみんな群がり過ぎ」「写真撮り過ぎ」「メモ取り過ぎ」「あんたら鑑識か」「ここは事件現場か」「臨場か」「このマヨネーズは、グラフトンのキンジー・ミルホーン・シリーズで、料理が好きじゃないキンジーが唯一自分で作る卵サンドに添えるやつですよ」「へえ、そうなんですか!(キンジーって何?)」「なるほどねえ(グラフトンって誰?)」「卵サンド、いいよね(読んだことないけど)」


 そして出来上がったスパニッシュ・オムレツがこれだ!

 もうゲロみたいだなんて言わせない! レシピとコツは参加者だけの特権なのでここでは内緒。ギムレット班ですらレシピはもらえなかったんだから。


 ポテサラに混じる黒いものはオリーブですアンチョビではありません。そして背後の小さな丸い透明プラ容器に入ってるのはワインビネガーですシロップではありません。


 全参加者分を盛りつけし、会場へ向かいます。その頃会場では、ギムレット班がへべれけになっていることなど知らずに……。(中編へ続く)


中編ここ
後編ここ




大矢博子(おおや ひろこ)。書評家。著書にドラゴンズ&リハビリエッセイ『脳天気にもホドがある。』東洋経済新報社)、共著で『よりぬき読書相談室シリーズ(本の雑誌社)などがある。大分県出身、名古屋市在住。現在CBCラジオで本の紹介コーナーに出演中。ツイッターアカウントは @ohyeah1101

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