書評七福神の3月度ベスト発表！ - 翻訳ミステリー大賞シンジケート

　
書評七福神とは翻訳ミステリが好きでたまらない書評家七人のことなんである。

　このたびの東日本大震災で被害に遭われた方に心よりお見舞い申し上げます。予断を許さない事態が続きますが、せめて読書の時間だけは充実していたいものです。今月も七福神のお薦めをお届けします。　
（ルール）

この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった／胸に迫った／爆笑した／虚をつかれた／この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
挙げた作品の重複は気にしない。
挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
掲載は原稿の到着順。

川出正樹
『いたって明解な殺人』グラント・ジャーキンス／二宮磬訳
新潮文庫
 　うーーん、ぞくぞくする。緊迫した愛憎サスペンスが、一転リーガルスリラーへ、そして法廷ミステリへと三段跳びで変化するたびに意外な展開が。作者自身語るように、”肩入れしたくなる”人物が一人も登場しない、黒く深く歪んだ愛と欲が全編を覆うツイストの利いたサスペンス・ノワール。久々に黒い愉悦に浸ってしまったよ。

千街晶之
『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン／青木千鶴訳
ハヤカワ・ミステリ

　連続殺人鬼から告白本の執筆を依頼された何でも屋小説家が、思いもよらぬ事態に巻き込まれてゆく……。意表を衝く展開、読者をニヤリとさせる才気煥発なレトリック、そしてジャンル小説へのこよない愛情と造詣。タイトルは『二流小説家』だけれども、デイヴィッド・ゴードンという作者、このデビュー作の時点で既に一流だ。

北上次郎
『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン／青木千鶴訳
ハヤカワ・ミステリ

　深く物事を考えない主人公の性格も、女子高生のキャラも、そして群を抜く構成も、すべてがいい。今年度ベスト３級の傑作だ。

杉江松恋
『はいつくばって慈悲を乞え』ロジャー・スミス／長野きよみ訳
ハヤカワ・ミステリ文庫

　ジェイムズ・マクルーアの大ファンになって以来、南アフリカ・ミステリーには非常に親近感を覚えているのだが、その南ア愛が間違っていないと証明してくれる快作が出た。子供以外の登場人物が悪い人ばかりで、完全に向こうの世界へと突き抜けてしまっている。特に凄いのが監獄の王というべき男・パイパーだ。この男、刑務所の中で自分の「妻」にした相手を追って、脱獄してしまうのだ。目的は「妻」を連れ帰って、監獄の中で一緒に暮らすこと。純愛だ！　でも迷惑だよ、おまえ！

村上貴史
『シリンダー世界１１１』アダム＝トロイ・カストロ／小野田和子訳
ハヤカワ文庫ＳＦ

〈ＡＩソース〉なるソフトウェア知性集合体が深宇宙に造った長さ一〇万キロ直径千キロの巨大建造物で発生した怪事件を扱ったＳＦミステリだ。捜査官が“最重要容疑者を犯人にしてはならない”という政治的制約の下で事件を解決するよう要請される点や、舞台の構造を心理的盲点として活用した謎解きなど、ミステリ読者が愉しめるアイディアが盛り込まれている。ヒロインである捜査官の心の傷の解決も設定を活かしていて好感が持てた。

霜月蒼
『夜の真義を』マイケル・コックス／越前敏弥訳
文藝春秋
『はいつくばって慈悲を乞え』ロジャー・スミス／長野きよみ訳
ハヤカワ・ミステリ文庫

　反則の２作推し。他にも『二流小説家』とか『13時間前の未来』とか、アメコミだけどガチなノワール『ジョーカー』とか、快作が多すぎた。残った上記２作はいずれも年間ベスト級。ダークに開幕しカラフルな野望の物語を経たのちに文体がデスペレートな加速をみせるゴシック・ノワールたる前者。硝煙と血煙をケツから噴き上げながら突進するＨＡＴＥ１００％のブルータル・ノワールたる後者。これらを同一地平で比較しろなんてのは無茶な話です。Breathtaking な読書体験を完全保証するので、どうか諒とされたい。

吉野仁
『二流小説家』デイヴィッド・ゴードン／青木千鶴訳
ハヤカワ・ミステリ

　あらゆる大衆小説、それもＢ級と呼ばれるジャンル小説のファンであれば、この作品を決して読みのがしてはならない。単に業界裏話や小説内小説だけにとどまらず、いたるところまで遊びと企みに満ちた一作なのだ。世界中できょうも書きまくる二流小説家バンザイ！

　ハヤカワ・ミステリの新時代作家シリーズは、何かをやってくれそうという期待感が高まる好企画ですね。『二流小説家』強し！　さて、来月はどんな作品が上がってきますでしょうか。お楽しみに。（杉）
　