ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第6回(構成・杉江松恋)


 お届けしてきました三津田信三さんインタビューは今回で最終回となります。幼少のころからの「濃い」ミステリー体験に始まり、独自の本格理論を積み上げた読書歴や、ホラーという新ジャンルを発見した経緯など、触発されることの多いインタビューでした。三津田さんには改めて感謝を申し上げます。
 さて、最終回はやはりこの話題で締めくくりたいと思います。


 (承前)


――そろそろこのインタビューも終わりに近づきつつあります。最後に、最近読んでおもしろかった翻訳ミステリーを教えていただきたいと思います。いかがでしょうか。


三津田 まず昨年は、ドイツのヤングアダルト小説であるクリスティアン・ヴァルスツェック『人形遣いの謎』とギジェルモ・マルティネス『ルシアナ・Bの緩慢なる死』が面白かったです。どちらも純粋なミステリではありませんが、とても楽しめましたし、色々と考えさせられもしました。


――渋いところを挙げられましたね。ギジェルモ・マルティネスは私も読んでおもしろかった本の一つです。ラテン・アメリカ文化圏の作品はこのごろ当たりが多いかな。いわゆる本格ジャンルではいかがでしたか?


三津田 本格物ではパーシヴァル・ワイルド『検死審問ふたたび』、D・M・ディヴァイン『災厄の紳士』、ジム・ケリー水時計』が甲乙つけがたい出来でした。『検死審問ふたたび』は前作より良かったですね。ディヴァインもミステリとしては前年の『ウォリス家の殺人』のほうが優れているかもしれませが、『災厄の紳士』は前半から後半へと物語が一転するのが素晴らしい。『水時計』は現代本格の優秀作です。舞台設定と謎の提示(死体の発見)が魅力的でした。


――『水時計』は私が解説を書いたのですが、あの二番目に発見される死体がいいですね。大聖堂の、普段なら人が近づかなかったような屋根のところに白骨死体があるという。あれなどもまさしく、大聖堂でしか起きなかった事件の話です。


三津田 サスペンスでは、ほとんど話題になりませんでしたが、アンドリュー・パイパー『キリング・サークル』がお気に入りです。もっとも本作、出だしも中途もホラーっぽいのですが、そのままホラー小説として結末をつけていれば、ひょっとして傑作になったかも……と惜しまれる作品ではあります。ロバート・ゴダード『遠き面影』は、相変わらず読ませられました。ただミステリとしては、不満が残りましたけど。


――ゴダード、巧いんですけどね。読者が慣れてしまったということなのかもしれません。


三津田 ホラーではアンソロジー『ゴースト・ストーリー傑作選』とヤングアダルト『船乗りサッカレーの怖い話』が、とても楽しかったです。『船乗り〜』は『モンタギューおじさんの怖い話』の姉妹編でして、今年中に三作目が出るらしいので、もう待ち遠しくて。


――おお、クリス・プリーストーリー。デイヴィッド・ロバーツの挿絵がまたいいんですよね。


三津田 ここ数年で振り返りますと、古典を中心にした本格物の良作が多かったように思います。マイケル・ギルバート『大聖堂の殺人』、マイケル・イネス『霧と雪』、さっき話題に出たエルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』、セオドア・ロスコー『死の相続』、スーザン・ギルラス『蛇は嗤う』、ヘンリー・ウェイド『議会に死体』、ディクスン・カーヴードゥーの悪魔』、ノーマン・ベロウ『魔王の足跡』、オースティン・フリーマン『証拠は眠る』などなど。


――『霧と雪』は三津田さんがお好きな多重解決の話でもあります。


三津田 意外だったのは、『大聖堂の殺人』が無視された(?)ことです。古典ミステリの良いところと悪いところを持った作品ですが、少なくともグリン・ダニエル『ケンブリッジ大学の殺人』よりは評価されるべきだろうと(笑)。『ケンブリッジ〜』は結末の手前までは良いのですが、肝心の解決がアレでは……。


――幻の名作と呼ばれる作品には幻だったわけがあるな、と思いましたね。


三津田 『死の相続』は完全なB級ミステリですが、まぁ面白いのなんのって。カー『ヴードゥーの悪魔』よりもヴードゥー教のあつかいが上手く、S・A・ステーマンよりは遅れるもののアガサ・クリスティよりも早く例の設定を用い、二人の有名な日本作家が長篇で使用した二つのメイントリックに先例をつけているという豪華さですから、これは凄い。とはいえあくまでもB級ミステリなので、これから読まれる方は、そこのところを理解しておいて下さいね。


――同人誌「クラシック・ミステリのススメ」を作ったときには、ゾンビ小説ということでやたらと執筆者から人気があった作品です。まあB級ですが、よくぞ訳してくれた、と思いましたね。


三津田 『魔王の足跡』もB級ミステリですが、あの「悪魔の足跡」に挑戦したというだけで嬉しくなりました。フリーマンは地味ながら、本格度がずば抜けています。中学生のときは正直あまり面白いと思いませんでしたが、今はその味が分かって楽しめます。


――昔は「倒叙型探偵小説の元祖」みたいな教条主義的な紹介をされていましたから、その辺が逆に敬遠される元になっていたのかもしれません。しかし、よく読んでいらっしゃいますね。


三津田 現代の本格物でも、ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』やギルバート・アデア『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』、そしてポール・アルテなどが活躍しているのですが、いまひとつの印象です。久しぶりに感心したのが、『水時計』だったわけです。


――最近の本格物がいま一つである理由をどう受け止められていますか。


三津田 おそらく先人のミステリと比べて、特に目新しさが感じられないからでしょう。むしろ同じ土壌で書いている。その最たる例が、ポール・アルテだと思います。日本では評価がやたらと高いですが、僕はいつも首をかしげてしまって……。これなら日本の本格ミステリ作家のほうが、よほど優れた仕事をしているじゃないか、と思います。海外の本格は80年代前後が、もしかすると良かったのかもしれませんね。ウィリアム・L・デアンドリア『ホッグ連続殺人』とかジル・マゴーン『騙し絵の檻』とか。


――ジル・マゴーンはもっと訳してほしい作家ですね。デアンドリアもいくつか未訳が残っているはずです。


三津田 最後に、この数年でもっとも興奮した本として、アルベール・サンチェス・ピニョル『冷たい肌』を挙げておきます。これから手に取ろうという方は、一切の予備知識なしで読まれることをお薦めします。帯も見ないほうが良いです。本作は映画化の話があったのですが、どうなったんでしょうね。観たいような、観たくないような(笑)。


――そういわれると気になるなあ。私も早速読んでみます。いやいや、たくさん楽しいお話を伺うことができました。お忙しい中、本当にありがとうございます。


三津田 今回のインタビューでは、大変お世話になりました。子供のころや、ここ数年の読書体験を色々と思い出すことができて、とても有意義でした。楽しかったです。ありがとうございました。


(インタビューを最初から読む)



(プロフィール)
三津田信三 みつだ・しんぞう
編集者を経て2001年『ホラー作家の棲む家』(講談社ノベルス、『忌館』と改題し講談社文庫に収録)で作家デビュー。ホラーの怪奇性とミステリーの論理性とを融合させる新しい作風を開拓し、注目を浴びる。2006年、『厭魅の如き憑くもの』(現・講談社文庫)を上梓。同作の主人公・刀城言耶を主人公とするシリーズは多くのファンから支持されており、最新作『水魑の如き沈むもの』(原書房)は第10回本格ミステリ大賞の候補作となっている。

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)

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ルシアナ・Bの緩慢なる死 (扶桑社ミステリー)

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ロジャー・マーガトロイドのしわざ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1808)

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冷たい肌

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