書評七福神の12月度ベスト発表!
書評七福神とは!?
今月もやってきました「書評七福神」のコーナー。今回から千街晶之さんが池上冬樹さんと交替で新メンバーに加わります。翻訳ミステリーが好きで好きでたまらない七人が選んだ、今月のお薦めはいかに……?
(ルール)
- この一ヶ月で読んだ中でいちばんおもしろかった/胸に迫った/爆笑した/虚をつかれた/この作者の作品をもっと読みたいと思った作品を事前相談なしに各自が挙げる。
- 挙げた作品の重複はしない。
- 挙げる作品は必ずしもその月のものとは限らず、同年度の刊行であれば、何月に出た作品を挙げても構わない。
- 要するに、本の選択に関しては各人のプライドだけで決定すること。
- 掲載は原稿の到着順。
北上次郎
『祖国なき男』ジェフリー・ハウスホールド/村上博基訳(創元推理文庫)
1982年にこんな冒険小説が書かれていたとは知らなかった。迫真のディテールがひたすら読ませる。マニアにおすすめの1冊。
千街晶之
『蝶の夢 乱神館記』水天一色/大澤理子訳(講談社アジア本格リーグ)
唐の都・長安を舞台に、霊が視えると称する異貌の女性・離春が怪死事件に挑む。設定が設定なので、てっきりホラー系の小説かと思いきや、実はアガサ・クリスティーばりのミスディレクションの技巧が冴えわたるド本格。中国本格をもっと読みたくなった。
川出正樹
『レースリーダー』ブルノニア・バリ/池田真紀子訳(ヴィレッジブックス)
冒頭いきなり、「わたしはしじゅううそをつく」とあるように、虚と実を織り交ぜて編み上げられた、油断のできないミステリアスなサスペンス。”魔女の街”セーラムを舞台にした、由緒正しき一族の末裔である三世代の”変人”女性の物語でもあり、現代アメリカの暗部を照射した犯罪小説でもある、アクの強い逸品。
霜月蒼
『19分間』ジョディ・ピコー/川副智子訳(ハヤカワisola文庫 上下二巻)
小さな町の高校を引き裂いた銃撃事件。それをめぐる悲劇のすべてを、優しいまなざしで、しかし容赦なく真正面から描きつくす。読むと心が破けそうになる。でもこの比類なき痛ましさゆえに本書は読んだ者の心を動かすだろう――今よりもましな明日の方向へ。
吉野仁
『スペード&アーチャー探偵事務所』ジョー・ゴアズ/木村二郎訳(早川書房)
『ブラッド・メリディアン』コーマック・マッカーシー/黒川敏行訳(早川書房)
ミステリー(探偵小説)を第一とするなら、ゴアズ『スペード&アーチャー』をハメット『マル鷹』と合わせて読むのが格別の面白さ。一方、非情の文学としてマッカーシー『ブラッド・メリディアン』に圧倒された。困った。一作に絞れない。
杉江松恋
『殺す者と殺される者』ヘレン・マクロイ/務台夏子訳(創元推理文庫)
用いられているのはミステリーではすでに使い古された手法だが、歴史的価値だけで推すのではない。同じトリックを使った後続作品のどれもが到達しえなかった境地に到達した作品だからだ。人間存在の根源に関わる、深い哀しみが描かれている。
村上貴史
『パイレーツ―略奪海域―』マイクル・クライトン/酒井昭伸訳(早川書房)
著者の死後発見された原稿であり、クライトン本人はまだまだ加筆したかったのかもしれないが、この状態でも十二分に愉しめる直球の海洋冒険小説である。スピーディーかつ先を読ませぬ展開と迫力と知略に満ちた戦闘シーン。1665年の大冒険を満喫した。
以上、今月の結果でした。結構ばらけましたね。みなさんのベストはこの中に入っていたでしょうか。来月も、おもしろいミステリーが読めますように。
- 作者: ジェフリー・ハウスホールド,村上博基
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- 作者: 水天一色,島田荘司,大澤理子
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- 作者: ジョディ・ピコー,川副智子
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- 作者: ジョーゴアズ,Joe Gores,木村二郎
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- 作者: コーマック・マッカーシー,黒原敏行
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- 作者: ヘレン・マクロイ,務台夏子
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早川書房発のひとりごと(執筆者・早川書房編集部H・K)
年末を迎えて、毎度想うこと
社によって違うでしょうが、早川書房は28日までが通常営業。29日午前中は、建前上は業務ですが、午後からの大掃除に備えての「臨戦態勢」に入ります。
入社以来ン十年になりますが、私がもっとも嫌なのが、この大掃除というやつ。どんなに仕事がきつくても(それも嫌だけど)大掃除よりは、楽!
整理整頓が苦手なのは生まれつきなのか、子ども時代から親に「片づけなさい」と言われ続けて半世紀、いまだにそういうことが苦手。会社の総務からは「汚すぎる」「管理がなってない」と叱責されるのがほぼ日常となっているのは、やはり同病のわが息子(小学生)には、内緒だ。
もっとも、この業界に同病の御仁は多いようで……先に、東京創元社の「い」さんも書かれていますが、編集者のデスクなんて、おおむねは魔窟か腐海か(先日若い編集者に「腐海」という単語を理解してもらえず年齢を感じたのは、また別の話)。直前まで使っていたはずのペン、さっき読んでいたゲラ、一瞬前まで肘をついていた原書が、今はもう消失している、なんてクレイトン・ロースンも真っ青の大トリックも、出版社編集部では日常茶飯事でしょう。
ここ数カ月、私のこの傾向に拍車をかけているのが、この7月から刊行を始めた「現代短篇の名手たち」というシリーズ。全10巻、毎月刊行という壮大なプランでスタートし、12月刊行のローレンス・ブロック『やさしい小さな手』で7巻に到達、あと一息の追い込みにかかっていますが……こうした短篇集やアンソロジーの仕事をしていると、悩まされるのがゲラの多さと煩雑さです。
短篇集の何がいいって、翻訳の発注から刊行までの時間を極端に短縮できることですね。通常長篇小説だと、どう考えても3、4カ月は翻訳にかかり、それから3カ月くらいは編集、校正などに要するわけで、ふつうは半年近くが刊行までに必要な期間ということになります。ところが、ここにある「必殺技」を使うと、あら不思議。いままでの記録だと翻訳の発注から最短2カ月くらいで刊行したことがあります(そこにはもちろん、ほんのちょっぴりの企業秘密はありますがね)。
私はこの必殺技を「同時進行」と呼んでいますが、要するにいっぺんに大勢の翻訳者さんに1作ずつ翻訳をお願いし、締切もほぼ同時にする。短篇1作ならば3週間以内で出来ますよね? 翻訳期間が3週間。で、上がってきた訳稿を一気に整理し、次々に組版担当、校正者に渡していく。翻訳者のゲラ校正も、自分で読む校正も、すべて同時期に一気に済ませてしまう。これに3週間ほど。で、印刷製本で1週間。ほら、2カ月以内でしょ。そのかわり、一冊の短篇集で翻訳者が10人以上なんてことも、ざらにあるわけです。こちらの自己記録は20人だったかな?
で、それをもう6カ月以上連続でやっているわけですので、デスクの上には少なくとも数十種のゲラが乱舞している状態なのです。おまけに冒頭に書いたように、整理整頓が苦手なので、もう刊行して5カ月もたつ第1巻『コーパスへの道』(デニス・ルヘイン)のゲラと来たる1月刊行の第8巻『夜の冒険』(エドワード・D・ホック)のゲラが交錯することもしばしば。他にも長篇作品を手がけるので、その分厚いゲラもドンと腰を据えていたりするし、そこに原書のコピーやら、書評記事などの資料やら、郵便やFAX、メールのプリントアウトやら……自分のまわりの紙の山を見ていると、「貴重な森林資源」「ペーパーレス」「エコ」「地球温暖化防止」なんてキーワードが浮かびはするのですが、浮かぶだけで消えてゆきますね。
このへんは経験者にしかわからないかなあ。まあスケジュール設定の甘さなど、おのれの性格に起因することなので、自業自得といえばそうなのですが。
そんな状態なので、毎年大掃除のときには、適当に誤魔化して、デスクの下(ここも超魔窟。自分の足も突っ込めない)に押し込んだりしていたのですが、先日総務からお達しが。
なんと、新年早々にフロアのレイアウト変更を行なうとか。つまり、席替えですね。今の席に座ってもう10年近くになるのですが、ここ数年もっとも恐れていた事態が、これ。あああ、いよいよ待ったなしで片づけなければならない。
覚悟は決めました。止むを得ません。片付けます。そんなわけで、私は来週、ほとんど仕事になりません。
そう決心しつつも、心のどこかで、来週までに大地震がくることを期待しているのですが……。
現代短篇の名手たち7 やさしい小さな手(ハヤカワ・ミステリ文庫)
- 作者: ローレンス・ブロック,田口俊樹・他
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現代短篇の名手たち1 コーパスへの道 (ハヤカワ・ミステリ文庫)
- 作者: デニス・ルヘイン,加賀山卓朗・他
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現代短篇の名手たち4 ババ・ホ・テップ (ハヤカワ・ミステリ文庫)
- 作者: ジョー・R・ランズデール,尾之上浩司,尾之上浩司・他
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