北上次郎の質問箱・第一回(執筆者・北上次郎)

池上冬樹様、二流通俗小説『誇りと復讐』をどうして絶賛したのですか?


 小説推理2008年9月号に書いたことだが、ジェフリー・アーチャー『誇りと復讐』を池上冬樹が絶賛していたのである。小説推理誌上では「酒場で会った知人の評論家」として実名を出さなかったが、池林房の座敷で彼が絶賛するので、いまさらアーチャーが突然そんな傑作を書くかなあ、と疑うと、「読んでないんでしょ? 読んでからにしてよ」と言うのだ。そりゃそうだ。読まずに批判はいけません。


 三十五年前にデビューした大ベテラン作家が突然変貌を遂げるケースはきわめて少ないのだが、しかし何事にも例外はつきものなので、アーチャーが突如として傑作を書くこともないではない。極端に低い確率だが、絶対にないとは断言できない。しかしオレも暇じゃないんだし、他に読みたいものがたくさんあるのに、アーチャーなんて読みたくない。


 仕方がないので読みました。『誇りと復讐』は、無実の罪で刑務所に入れられた男がさまざまな友人に助けられ、復讐を遂げるという長編小説で、たしかにすらすら読ませてくれる。しかしそれは二流通俗小説としての面白さであって、小説のコクというものがまったくない。ちょっと読ませるよね、という反応なら理解できるのだが、どう考えても絶賛する小説ではない。


 たとえば、すべてが類型的な人物像なのである。登場してきた途端に、それがどんな人物なのか想像できて、なんとその通りになるから驚く。二流通俗小説たるゆえんである。もっともアーチャーは昔から人物造形に凝るタイプの作家ではない。どちらかといえば、プロット主義といっていい。そのプロットも実はたいしたものではないのだが、それはともかく、いつものアーチャーであり、それ以上でも以下でもない。


 致命的なのは、この長編が古びていることだ。『百万ドルを取り返せ!』が書かれた1977年ならこれでもいいが、現代エンターテインメントには成長と成熟の歴史というものがある。それなのに、1977年のままで現れては古びた印象を与えるのも止むを得ない。ようするに物語の作り方が古いのである。つまりアーチャーが変わったわけではなく、時代が変わったのだ。その時代の変化に対応しない作品は残念ながら古びていく、ということだろう。


 それに、これはネタばらしになるので曖昧に書いておくが、いくら似ているといっても、誰も気がつかないというのは不思議。これでは、日本の炭鉱に潜入したボンドを誰も疑わなかったのと同様に(『007は二度死ぬ』の原作のほうでは、筑豊の炭鉱夫は背が高いのでイギリス人が潜入してもわからないと書かれているが、映画で観ると、誰が見てもショーン・コネリーであるのはバレバレだった)、リアリティ欠如と指摘されても仕方がない。


 これまで数多くの傑作をいち早く、そして的確に紹介してきた貴君が、なぜこの二流通俗小説をあれほどまでに絶賛したのか、不思議でなりません。私の気がついてない美点がこの長編小説にもしあるのなら、ぜひとも教えていただきたいと思います。


北上次郎

誇りと復讐〈上〉 (新潮文庫)

誇りと復讐〈上〉 (新潮文庫)

誇りと復讐〈下〉 (新潮文庫)

誇りと復讐〈下〉 (新潮文庫)

百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)

百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)

007は二度死ぬ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

007は二度死ぬ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

翻訳ミステリー大賞及びこのサイトについて

■翻訳ミステリー大賞とは何ですか?

 2009年10月1日に設立された翻訳ミステリーの年間ベスト1を選ぶ新しい賞です。海外作品の原著者と日本の読者の架け橋となる翻訳家が選ぶ翻訳ミステリーという点を一番の特徴にしたいと考えております。

・賞の正式名称:「翻訳ミステリー大賞」
・投票資格:フィクションの訳書がすでに少なくとも一冊ある者、またはそれに準ずる訳業のある者。

■どうやって決めるのでしょうか?

 選考過程は以下のように定めました。


※一次選考
・前年12月1日から該当年11月30日まで(2009年度の第一回の場合、2008年12月1日〜2009年11月30日)に刊行された翻訳小説から、投票者がミステリーと見なす作品のうちベストと考えるものを最大3作選び、11月末日までに投票する。投票者自身の訳書への投票も自由とする。なお、刊行年月日は当該書籍の奥付の記載に準ずる。
・点数の配分は1位3点、2位2点、3位1点とする。1作しか選べない場合には1点、2作しか選べない場合には、1位2点、2位1点とする。
・それらを集計し、点数の高い上位5作を大賞候補作とし、12月上旬に発表する。
・一次投票の結果のうち、(1)投票数、(2)投票のあった全作品の獲得点数を公開する。


※二次選考
・投票による。
・投票資格者は、前記の投票資格を持つ者のうち、大賞候補作5作品すべてを二次投票締め切り(2009年度は2010年3月10日)までに読了した者とする。
・各投票者が候補作のうちベストと考える1作に投票する。投票者自身の訳書への投票は自由とする。投票の結果、最も投票数の多かった作品を受賞作として、「翻訳ミステリー大賞」を授与する(2009年度は2010年3月末)。
・二次投票の結果については、投票者名、投票作品、各候補作の獲得点数を公開する。
 

※正賞・副賞
大賞に選ばれた作品の訳者には正賞および、副賞として5万円の図書券を贈呈する。
(ただし正賞の詳細、及び原著者の処遇については現在検討中です)

■投票するにはどうすればよいでしょうか?

 事務局アドレスhonyakumystery@gmail.comまでメールで投票内容をご送信ください。
 2009年度の一次投票〆切は11月30日(月)です。
 以下、投票に向けてのリマインダーメールの内容を添付します(期間限定)。
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翻訳家各位


暮秋の候、皆様におかれましては
お変わりなくご健勝のこととお喜び申し上げます。

さて、先日ご案内差し上げました「翻訳ミステリー大賞」の第1次選考
投票締切(11月末日)が間近となりました。翻訳ミステリー振興のために、
ぜひ投票にご参加頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。

投票は、honyakumystery@gmail.com までメールでお願いいたします。
詳しい選考方法につきましては、以下のリンクをご参照ください。

選考方法
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20091014/1255500408

また以下が、皆様のご質問・ご提案を受けましての、投票/選考方法についての補足事項です。ご投票の前に、必ずお読みください。

※大賞の対象作品は、奥付の発行年月日が2008年12月1日から2009年11月30日の翻訳ミステリーとなります。

※訳書を発表しているペンネームをご明記ください。

※1次選考は、お一人様3作品まで投票できます。順位によって得点が変わりますので、3作あるいは2作に投票なさる方は、必ず「1位、2位、3位」あるいは「1位、2位」と順位をご明記ください。

※賞の透明性・信頼度を高めるため、2次選考の投票内容(投票者のお名前・投票作品)は公式ホームページ他で、すべて公開の予定です。ご了承頂きますよう、お願い申し上げます。

※投票の際にコメントを付記するかは、各投票者の判断にお任せします。頂戴したコメントは、公式ホームページ他で公開する場合がございます。

スティーグ・ラーソン『ミレニアム』3部作(早川書房)は、各部それぞれを1作品とみなします。投票の際は、『ミレニアム2』など、必ず巻数をご明記ください。
『ミレニアム』『ミレニアム1〜3』のような投票は無効となります。

以上です。ご質問・ご提案などございましたら、いつでもこのメール宛てにご返信ください。よろしくお願いいたします。

これから寒さも深まって参ります。お体には何卒お気をつけください。

■翻訳ミステリー大賞へのカンパをするにはどうすればいいですか?

 ゆうちょ銀行の口座を開設いたしました。こちらの案内をご覧いただき、手続きをお願い致します。ご協力をいただき、誠にありがとうございます。
http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20091202/1259746337
 
(つづく)