第30回:なんかもう、ディズニーのノリ(執筆者・上條ひろみ)

 みなさま、こんにちは。いかがお過ごしですか?
 気づけばもう七月。今年も半分が終わってしまいました。早い。早すぎる。でも、七月は新ドラマのクールがはじまる月でもあります。
 そう! すでにご存知の方もいると思いますが、わたしは大のテレビドラマ好き。七月スタートのドラマで楽しみなのが「コード・ブルー ドクターヘリ緊急救命 シーズン3」です。九年まえのシーズン1から見ているので、待ってましたという感じ。いやー、ほんとに待ったわ。シーズン2だって七年まえだし。医療ものや警察ものなど、お仕事系のドラマが好きで、わたしのなかで「コード・ブルー」と「医龍」は双璧です。でも、ここ数年でいちばんはまったのは「逃げるは恥だが役に立つ」と「カルテット」かな。ちなみに、前クールのベストは「緊急取調室 シーズン2」でした。こうしてみると、日本のドラマも海外ドラマ化してきましたね。当たると〝シーズン○○〟でつづけていくのがやたらと多い。そういうの昔は「金八先生」ぐらいしかなかったのに。
 それでは、六月の読書日記です。



■6月×日

 イギリスのお嬢さま学校が舞台の少女探偵ものといえば、記憶に新しいところでは、この連載でも紹介したジュリー・ベリーの『聖エセルドレダ女学院の殺人』があるけど、『エセ女』が年齢のちがう個性的な少女たちが知恵を持ち寄る『若草物語』系だったのに対し、ロビン・スティーヴンス『お嬢さま学校にはふさわしくない死体』は、同級生の少女ふたりが学校内で起きた殺人事件を調査する、少女版ホームズ&ワトソンもの。といっても、なんちゃってホームズ&ワトソンだけどね。というわけで、『エセ女』とは作品の雰囲気がだいぶちがいます。英国少女探偵の事件簿シリーズ一作目です。


お嬢さま学校にはふさわしくない死体 (コージーブックス)

お嬢さま学校にはふさわしくない死体 (コージーブックス)


 ホームズは、青い目のすらりとした金髪美人で、変人だけど最高に頭がキレ、なんでも知っていないと気がすまない、貴族の令嬢デイジー・ウェルズ。
 ワトソンは、小柄でちょっぴり太めの女の子、黒い髪と黒い目を持つ香港出身のヘイゼル・ウォン。
 舞台は一九三〇年代英国。ディープディーン女子寄宿学校の三年生(十三歳)であるふたりは、〈ウェルズ&ウォン探偵倶楽部〉を結成。ふたりしかいない倶楽部の会長はもちろんデイジー、秘書のヘイゼルは事件簿をつける係で、この物語の語り手です。


 ある日、ヘイゼルは室内運動場で女性教諭の死体を発見します。ところが、人を連れて戻ってみると、なぜか死体は消えていました。みんなはヘイゼルの虚言だと取り合わなかったけど、もちろんデイジーは全面的にヘイゼルの話を信じて、さっそくふたりで調査を開始。生徒たちに聞き込みをして容疑者さがしをするうちに、先生たちをめぐるあやしいエピソードがどんどん出てきて……
 さまざまなエピソードを効果的に使い、伏線をきっちり回収しているのはお見事。強引な展開がほとんどなく、でも適度にハチャメチャで(どっちだよ!)、コージーミステリとしてはちょうどいい塩梅。かなりわたし好みです。クールなデイジーが、自分の大好きな先生は絶対に疑おうとしないのもかわいい。


 とくに好きなのは、夜、女の子たちがおやつを持ち寄っておしゃべりする、真夜中のお楽しみ会の場面。いつの世も女子会って楽しいよね。ヘイゼルちゃんは香港の子だから、お母さんがレンコンの餡入りの手作りの月餅をいっぱい送ってくるの。いいなあ。でも〝異教徒のパイ〟と言われてしまうのね。おやつは牛タン(!)という子もいてびっくり。ジャーキーみたいな感じなのかな。しかも「牛タンはチョコレートケーキに合うわね」って……そうなの?


 性別逆転ホームズものといえば、テレビドラマ「シャーロック」ばりに現代を舞台にした、高殿円『シャーリー・ホームズと緋色の憂鬱』もおもしろくて印象に残っています。ほかにもたくさんありそうだけど。



■6月×日

ダッハウの仕立て師』は、イギリス人の歴史学者メアリー・チェンバレンによる初めてのフィクション作品。第二次世界大戦時、ナチス占領地で戦争捕虜となったイギリス人の若い娘の波乱の人生を描く。エンタテインメント的な作品ではないが、いくつかの謎が物語を牽引し、引きこまれずにはいられない。歴史家にしか書けないリアルな物語で、読み終えたあとは、かなりずっしりとしたものが残る。


ダッハウの仕立て師

ダッハウの仕立て師


 一九三九年、ロンドンで仕立て師見習いをしていた十八歳のエイダ・ヴォーンは、スタニスラウス・フォン・リーベンと名乗るハンガリー貴族の男性と出会い、恋に落ちる。ところが、彼とパリに旅行中、第二次世界大戦が勃発。イギリスに帰れなくなったエイダは過酷な運命の波に飲み込まれる。生きるための戦争で彼女に残された武器は、ドレスメーカーとしての才能だった。


 ダッハウといえば、強制収容所があった場所として名前を知っていたので、収容所がらみの話なのだろうとは思ったが、こういう形でからんでくるとは意外だった。戦争捕虜としてダッハウに連れてこられたエイダは、皮肉にもその地でドレスメーカーとしての才能を発揮することになる。敵国の女が美しくなる手伝いをする……それは一見売国奴の行動のように思えるが、エイダにとっては人間でいるための術だった。毎日が生きるための戦争。エイダにとってダッハウは戦場だったのだ。


 ひと口に戦争捕虜といっても、いろいろな事情や背景があり、同じ経験をした人でないとほんとうに理解してあげられることはできないのかもしれない。だが、エイダのような特殊な経験をした人間が、理解してもらえないというのはほんとうにかわいそうだ。男と世間を知らないというだけで(当時の若い娘の大半がそうだっただろうに)、戦時中も戦後も辛酸をなめつづけ、家族にも理解されず、過酷な運命を生きたエイダ。そんな彼女の生きる原動力となったのは、仕立て師としての仕事に対する誇りだろう。生地を手に入れ、デザインを考え、服を仕立てるシーンを読んでいると、エイダのワクワク感が伝わってきて、当時が戦争中であることも、戦後の配給生活であることも忘れてしまう。奴隷のような扱いを受け、屈辱のなかにいても、仕立て師としての誇りを捨てないエイダはかっこいい。失敗の許されない過酷な条件で服を作ろうとするたびに、頭のなかで師匠のアドバイスが聞こえてくるのもじーんとくる。


 垢抜けないドイツの婦人たちでさえ見栄えがよくなり、おしゃれなイギリスの婦人には「あなたの作った服を着るとなんとなしに足取りが弾むのよね」と言われるエイダの服。彼女ならココ・シャネルのようになれたかもしれない。
「ジャージーは欲深で身の程知らずにあちこちに広がろうとする」とか、「(モワレは)波紋模様が謎めいた優雅な光を振りまきながらアラベスクを踊っている」とか、「麻はつむじ曲りで寄り道する」とか、布地を擬人化した表現がとてもすてき。


 この時代の現実を理解する上で、ヒストリカルノートはとても役立った。実在の人物が自然に物語にとけこんでいるのも興味深い。読まれなければいけない話だと思う(大意)、と語られていた訳者の川副さんのことばにも胸を打たれた。



■6月×日

 なんでもないようなことが微妙な引っかかりを生み、しだいに、あるいは一気に事態が変化する様子を描いた作品集『不機嫌な女たち』を読んだ。著者キャサリンマンスフィールドは、一八八八年ニュージーランド生まれの女流作家で、二十世紀を代表する短編作家だ。



 キャサリンマンスフィールド……どこかで聞いたことのある名前だなあ……でも読んだことはないはず、と思いながら、先日実家で古い本の整理をしていたら、新潮文庫マンスフィールド短編集』が見つかった。ということは、おそらく大昔に読んだんだろうけど、例によってまったく覚えがない。でも、こういう〝派手さはないが、じわじわくる〟系の作品は、人生経験を積んでから読むほうがおもしろいのだ。しかもこちらは新たに原稿が発見された未発表の「ささやかな過去」を含む日本オリジナル短編集で、芹澤恵さんによる新訳。果たして、予想どおりのおもしろさだった。


 なんといっても驚くのは、百年以上まえに書かれたものなのに、いま読んでもまったく古さを感じさせないこと。短編だから連続ドラマは無理にしても、オムニバスドラマにしたらおもしろいかも。輝くばかりの好天の日、公園で楽しく人間ウォッチングをしていたら、自分がおばさん呼ばわりされているのに気づいてしまい、一気に不機嫌になる「ミス・ブリル」のエピソードなんて、朝ドラとかにありそうだし。人妻のよろめき系「燃え立つ炎」はお昼の帯ドラマ枠でぜひ。これに「ささやかな過去」のエピソードをからませて、群像劇風昼メロもいいかも。「小さな家庭教師」はあまりにもかわいそうで、読んでいてつらくなるほど。今だとこういう子は強要AVに気をつけないと。大人って、ヒドイ。


 訳者あとがきで、作品中の彼女たちの行動の裏にある心理として、〝マウンティング〟ということばを使っているのも言い得て妙。そう、それそれ!と思いましたよ。さすが芹澤さん。「幸福」や「一杯のお茶」などはまさにマウンティングがテーマで、不機嫌になるまえから水面下で女の静かな戦いが、本人すら気づかないうちにおこなわれていて、ドラマ「カルテット」風に言うと〝ミゾミゾ〟します。


 著者の波乱万丈の人生は〝何も起こらない〟どころか起こりすぎだけど、それをこういう静かな作風に結晶させているのがかっこいい。〝じわじわくる〟秘密はそこにあるのかも。実はいろんな要素が詰めこまれていて、どの作品も深読みすればするほどおもしろいです。



■6月×日

 まだ暑さに慣れない体に、梅雨時の蒸し暑さは応えます。じめじめ、蒸し蒸しといえば、マサラなインド(ちと強引かな)!
 M・J・カーターの『紳士と猟犬』は、めずらしい十九世紀イギリス統治時代のインドが舞台の歴史冒険ミステリ。お話の途中でヴィクトリア女王が即位しています。試験に出ますと言われて覚えたこの時代のインドのキーワードといえば、東インド会社セポイの反乱とアヘン戦争と……ぐらいが限界というわたしでも、おもしろくて手に汗握っちゃいました。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀長編賞、英国推理作家協会賞新人賞の両方にノミネートされた期待の新人M・J・カーターは、ロンドン在住の元ジャーナリスト(女性)で、本書が初のミステリ作品。


紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)

紳士と猟犬(ハヤカワ・ミステリ文庫)


 東インド会社の軍人としてカルカッタで九カ月の訓練を終えたものの、配属も決まらず鬱々としていたウィリアム・エイヴリー少尉は、インド奥地で消息を絶ったイギリス人の詩人ゼイヴィア・マウントスチュアート任務を探すという任務を与えられる。同行するのは東インド会社所属の自称探偵・ジェレマイア・ブレイク。エイヴリーは、変わり者だがかなりの切れ者のブレイクの動向にも目を配るよう、上司から命じられていた。


 東インド会社って、軍隊を持ってたのね。実在する人物をからませながらのストーリーにもかかわらず、こんなに荒唐無稽でいいのかしら、というぶっとんだ展開。でも読んでいるうちにマヒしてきて、インドならまあありなのかなあと思ってしまいます。なんかもう、ディズニーのノリ(わかるかな?)です。いつ虎や象がしゃべりだすのかと身構えましたよ。


 いやあ、それにしてもすごい冒険です。山賊はどこにでもいるし、たまに虎も出るし、だれとだれが通じているのかも、だれが敵か味方かもわからない! 大ケガをして血を流し、飢えと渇きに苦しみながら、何千キロも歩くなんて、体力はもちろんとてつもない精神力がないと無理です。ディズニーのノリと言いつつ、残酷なシーンはけっこう多いし。でも、最初はダメダメだったあまちゃんの若造エイヴリーが、過酷な運命をぼやきながらもどんどん成長していく様子はたのもしく、ちょっと見直しました。やればできる子だったんですね。
 わたし、たまに翻訳者仲間と山にハイキングに行ったりするんですけど、このインドのジャングル逃避行の過酷さを目の当たりにしたら、楽しく山歩きしちゃってすいません、と申し訳なくなりました。こっちはただのストレス解消、エイヴリーたちは命がけですから当然なんですけど。


 ブレイクがホームズ、エイヴリーがワトソン役のバディものとしても楽しみどころは満載で、ブレイクのエイヴリーに対するツンデレ具合とか、エイヴリーがブレイクになついていく様子とかは、腐女子でなくても萌えます!


 実はこのシリーズ、すでに三作目まで出ていて、二作目では一八四一年のロンドンを舞台に、再会したブレイクとエイヴリーがまた組んで探偵仕事をすることになるとか。楽しみすぎる! ぜひぜひ日本でも紹介してもらいたいものです。



 上記以外では、大真面目なバカミスという感じの本格ミステリコリン・ワトスン『浴室には誰もいない』、第二次大戦中の盲目のフランス人少女とドイツの少年兵の出会いをドラマチックに描く、あまりにも切なく忘れがたい、アンソニー・ドーア『すべての見えない光』、魔性の女に引っかき回される田舎町や、性的な衝動により自分を失っていく若者たちのとまどいなど、ダークさかげんがほどよいローリー・ロイ『地中の記憶』、シンプルながら直球勝負で読者の心をつかむ、一気読み必至のオーストラリアン・ミステリ、ジェイン・ハーパー『渇きと偽り』もオススメ。





上條ひろみ(かみじょう ひろみ)

英米文学翻訳者。おもな訳書にフルーク〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ、サンズ〈新ハイランド〉シリーズなど。趣味は読書と宝塚観劇。最新訳書はバックレイの〈秘密のお料理代行〉シリーズ第二弾『真冬のマカロニチーズは大問題!』、サンズの〈新ハイランド〉シリーズ第四弾。〈お菓子探偵ハンナ〉シリーズ十八巻は、現在鋭意翻訳中です!

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真冬のマカロニチーズは大問題! (コージーブックス)

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恋は宵闇にまぎれて (二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション(ロマンス・コレクション))

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