第38回『ジャッカルの日』(執筆者:畠山志津佳・加藤篁)

――大統領暗殺計画! 暗殺者VS警察 緊迫の攻防


全国20カ所以上で開催されている翻訳ミステリー読書会。その主だったメンバーのなかでも特にミステリーの知識が浅い2人が、杉江松恋『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100』をテキストに、イチからミステリーを学びます。


「ああ、フーダニットね。もちろん知ってるよ、ブッダの弟子でしょ。手塚治虫のマンガで読んだもん」(名古屋読書会・加藤篁
後期クイーン問題? やっぱフレディの死は大きいよね。マジ泣いちゃったなー。We will rock youuuu !!!」(札幌読書会・畠山志津佳


今さら聞けないあんなこと、知ってたつもりのこんなこと。ミステリーの奥深さと魅力を探求する旅にいざ出発!




畠山:みなさまこんにちは。杉江松恋著『海外ミステリー マストリード100』を順に読み、ミステリーの徳を積む「必読!ミステリー塾」。今回はフレデリック・フォーサイスジャッカルの日。舞台はフランス、キーパーソンはあのドゴール仏大統領です。
 仏大統領といえば、先日の大統領選は興味深かったですね。新大統領はエマニュエル・アク…(それは毛糸洗いに自信)、サク…(緑の胃薬)、マカ…(美味しいですよね)、ミク…(1000分の1mm)、マキ…(消毒しましょう)、ホカ…(寒い時に)、マクロンさん。
 微妙に間違いやすい苗字もさることながら、夫人と坊やに留まっていた私のエマニュエル概念に大統領という新たな項目が加わったことも、特筆に値します。
 それにしても39歳ですってよ、奥様! 日本ならまだ、一人前のオトナの証しである介護保険も払ってない年齢ですよ。


 ああ、すみません。最初から脱線しました。
 それではまいりましょう。『ジャッカルの日』、1970年の作品です。こんなお話。


ジャッカルの日 (角川文庫)

ジャッカルの日 (角川文庫)

 フランスの秘密軍事組織OASはシャルル・ドゴール大統領暗殺のために殺し屋を雇った。ブロンドで長身のイギリス人、コードネームは「ジャッカル」。
 虎視眈々と大統領を狙う凄腕の暗殺者と、その正体を突き止めんと懸命の捜査を続けるフランス司法警察のクロード・ルベル警視。
 追う者と追われる者の息詰まる攻防。果たして決着は如何に!


 フレデリック・フォーサイスは、1938年イギリス生まれの御年78歳。
 19歳で英空軍入隊。除隊後にジャーナリズムの世界に入り、ロイター通信やBBCの特派員を経験しました。ナイジェリアで起こったビアフラ戦争の取材で現地入りし、ノンフィクション『ビアフラ物語』を執筆。続いて小説としての処女作『ジャッカルの日』を発表しました。
 本作をはじめ、ジャーナリストと元ナチの秘密組織の闘いを描いたオデッサ・ファイルギニアのクーデターという実話をベースにした『戦争の犬たち』など、軍事や謀略をドキュメンタリータッチで描いた作品が有名です。
 のちにMI6(秘密情報部)の協力者であったことを告白し、昨年末には自伝アウトサイダー 陰謀の中の人生』が出版されました。
 ときどき小説はもう書かないと宣言するけど、なんとなく復活するのがパターンのようです。


 いやぁ、実は私、フレデリック・フォーサイスは映画で満足してしまっていて、全然本を読んだことないんですよ。今回初めて小説を読んで大反省。もっと早く読めばよかった! めっちゃくちゃ面白いですもん!
 冒頭はやや苦労しました。フランス内部の分裂の背景が、聞き慣れない組織名や略称とともに語れていくので、ちょっとばかり遠い目になりかけたのですが、登場人物たちが具体的に行動を始めると、俄然引き込まれます。


 ドゴール大統領は、実際には暗殺されることなく天寿を全うされたのですが、着々と決行準備を進めるジャッカルの超絶プロぶりをみていると、ひょっとしたらこの小説ではパラレルワールド的に大統領は暗殺されてしまうかも! それじゃSFか……!? まぁいいじゃんそんなこと、ジャッカルが失敗するのはあり得なさそうだもん、と思えてきます。
 それに対して、暗殺計画を防ごうと必死の努力をする警察がまたいい!
 無能な上層部(これはお約束)にイラッとしながら、独力で築いた横の繋がりを駆使し、長年の経験で培った論理的思考と勘ばたらきで煙のようなジャッカルの存在にじわりじわりと迫っていく姿。VIVA現場たたきあげ! ですよ。
 警察の奮闘ぶりをみると、やはり暗殺計画は阻止されるのかもしれない、いいい一体どーなるんだ!? と私の心は木の葉のように揺れ動くのでした。


 フォーサイス作品には一家言ありそうな加藤さんのご意見や如何に。ひょっとして名古屋読書会の一大イベントで気もそぞろとか? 何番目に殺されるのかもう決まった?




加藤:2011年にスタートした翻訳ミステリー名古屋読書会も次回でめでたく20回。ここまで大過なく回を重ねてこられたのも、ひとえにシンジケートのご支援と、遠くからお運びいただいたゲストの皆さん、参加者の皆さん、そして僕の日頃のおこないのおかげ〔原文ママ/編集部〕と心から感謝しております。
 ■ 20 回 記 念 企 画 「 そ し て 誰 も 日 間 賀 島 合 宿 」 は こ ち ら。


 そして、ついに来ました『ジャッカルの日』!
 御存知、大御所フォーサイスの代表的傑作にしてポリティカル・スリラーの金字塔!
 いやはやなんとも、再読して驚きました。こんなに面白かったっけ!?
 もし未読の方がいたら、貴方は超ラッキー。いますぐパソコン(スマホかな?)を閉じて、本屋さんに走るしかないのであります。もうアマゾンに注文する時間すら惜しいのです。


 どのくらい面白かったかというと、先日、2019年ラグビーワールドカップ日本大会の組み合わせ抽選会があったばかりなので、これを好機と元ワラビーズ(オーストラリア代表)の名フランカージョージ・スミス選手と、彼の代名詞ともいえるプレー「ジャッカル」について書く気マンマンだったのに、もうそんなボケすらどうでもよくなってしまったくらい。
 再読の僕がこんなに楽しめたのだから、初読の方は腰をきっと抜かすにちがいありません。


 畠山さんが指摘している通り、ジャッカルによらずとも、ドゴール大統領が誰にも殺されることなくその生涯を終えたことは史実として承知のうえなのですが、それでも読書の興味が削がれることはありません。
 凄腕の殺し屋ジャッカルと、彼を追うフランス司法警察の、息が詰まる駆け引きが凄い。とんでもなく高いレベルのスポーツの試合を見ているようなあの感じ。
 もはや勝ち負けを超越しているというか。


 史実を知っていても楽しめるといえば、ナチスによるチャーチル誘拐計画を描いたジャック・ヒギンズ『鷲は舞い降りた』も凄かったですよね。絶対に無理だとわかっていながら、シュタイナ中佐と仲間たちの無事と作戦の成功を願わずにはいられない。
 そうそう、昨年のNHK大河ドラマ真田丸』が盛り上がっていたときもそんな感じでしたね。関ケ原を目前にしてツイッターでは、「今年は西軍が勝つに違いない」というネタのつぶやきを沢山見かけました。でも、それより驚いたのは、「西軍が負けるとかネタバレ酷い」というつぶやき。
 ネタバレとは何なのか、しばし考えさせられてしまいました。



 
畠山:んまぁ! いぢわる大好きな私としては、そんな人の耳元で「赤穂浪士全員切腹」とか囁いてみたい。怒られるかな? プププ


ジャッカルの日』は語り口といい、状況や手段の淡々とした紹介から少しずつ人間性に迫っていくという構成といい、まるでノンフィクションのよう。そのせいか、たとえ暗殺の事実はなくても、この暗殺計画自体は本当にあったのではないかと錯覚しそうになります。
 何歩もリードしていたジャッカルが、警察の手を恐れたOASに暗殺計画の中止、残金不払い、前金も返してね♪ みたいな素振りをみせられたときに初めて、素顔に近いものを見せたのが印象的。やや超然さを失っても、幻滅するより「あ、この人けっこう一般人♪」と親近感を覚え、(暗殺者だけれども)なんとか仕事を全うさせてやりたいと、ついつい願ってしまいます。
 同時に中間管理職の悲哀たっぷりなフランスのルベル警視が、じわりじわりとポイントを稼いでジャッカルを追いつめ始めると、俄然かっこよく見えてくるんです。たとえ見た目が冴えない中年オヤジで、家で奥さんの尻に敷かれていようとも。何度心の中で「なんてクレバーなんだ! ルベルさん!」「ダンナのカッコよさに気づけよ嫁さん!」と叫んだことか。
 もうね、アレですよ、ルパンと銭形警部。華麗に逃げ切るか、泥臭く捕まえるか。読者はどちらとも決め難くハラハラのドキドキになるのです。
 特に第二部の最後の一文なんて最高の盛り上がり。鼻血噴きそうになりました。


 せっかくなのでしばらくぶりに映画も観てみました。記憶があやふやだったので、小説をふまえてあらためて観ると、見事なほど小説に忠実なので驚きました。情報量が多いので小説を読んでから観るのをお奨めしますね。全然理解度が違うと思います。
 とても納得できたのは、ジャッカルが狙撃用に特注する銃の形態。文章だけではピンとこなかったので、映像を見て「ほほーー! なるほどこりゃええわ!」とそのコンパクトさに感心しました。コンパクトすぎて、それで弾とどくんかいな? とも思ったけど(笑)
 あ、あとルベル警視の雨に打たれた子犬のような表情は、めっちゃキュートですよ!
 ぜひ小説と映像を併せてご堪能ください。


 それにしても、日間賀島の「そし誰合宿」、いいねぇ。
 電車など使って1〜2時間でそういう場所があるっていうのが羨ましい。そりゃ北海道にも魅力的な島はあるけどね、遠いのよ、遠すぎるの。島に着く前に誰かいなくなっても不思議じゃないくらい遠いの。ああああ、スケールの小さいところが羨ましいなぁ(←買いましょう、全国からの顰蹙)



加藤:スケールが小さく悪かったな。
 日間賀島は行ったことないけど(ないんかい)、それはそれは楽しい夢の島らしいぞ。駐在所もタコらしいぞ。


 さて、話を戻して『ジャッカルの日』。
 とにかく、この本を読んで痺れまくるのは、追う側と追われる側、狩るものと狩られるもの、そしてプロとプロとの手に汗握る駆け引きです。
 物語の舞台である1963年は、アメリカのケネディ大統領が暗殺された年。そして、ドゴール大統領もそれまでに何度も命を狙われており、仏当局による警戒レベルは最大級。この1963年時点でのドゴール大統領は、おそらく世界中で最も殺すのが難しい人間なのですね。
 しかし、そんなことをモノともしない殺し屋ジャッカルは、その超高額ギャラに見合う仕事をするために入念な準備を始めます。
 その淡々と話が進む序盤を経て、いよいよジャッカルが動き出し、それを察知した仏政府が司法警察のルベル警視を引っ張り出してくる中盤あたりからの展開は、もう目も眩むようなスピード感と臨場感で読んでいると呼吸が荒くなるくらい。
 どちらが追う側なのか、どちらが狩られる側なのか、読んでいてもう分からなくなってくる。


 また、個対組織の対決、またはその対比も本作の読みどころではないでしょうか。
 当時(今もか?)政府レベルでは犬猿の仲のフランスとイギリスだけど、警察の現場レベルでは相手の苦しい立場を慮って協力を惜しまないところが気持ちいい。
 ルベル警視の要請に応えてジャッカルの身元を追うスコットランドヤードの刑事たちには胸熱なのであります。
 2つの国の警察官たちが寝る間を惜しんで仕事にあたるところが恰好いいのですね。そして、その仕事のほとんどは、ひたすら電話を掛け、名簿をチェックし、そして足を運んで確認するといった地味な仕事だったりする。でも、その一人一人の小さな仕事の積み重ねが少しずつジャッカルへの距離を詰めてゆくという展開が素晴らしい。
 もしかしたら、その地道な捜査が、現代のITネイティブの若い読者にはピンとこないところもあるかも知れないけど、そんなことはこの傑作にとってのほんの僅かな瑕疵にもならないと断言したいと思います。


 いやはや、内容をほとんど忘れていたとはいえ、再読でこれほど楽しめたのはちょっと凄い。ありがとう、『海外ミステリー マストリード100』。



勧進元杉江松恋からひとこと


ジャッカルの日』の素晴らしさを語るときに忘れてはいけないのは、ミステリーならではのエッセンス、知的好奇心をくすぐる仕掛けが随所にあることだと思います。ジャッカルはプロの暗殺者ですが、物語の中で暴力を行使する場面は最低限に留められています。彼は知力によって標的に接近しようとするのです。そのアイデア量の豊富さも魅力の一つでしょう。だからこそ悪漢対探偵の古典的な図式だけで引っ張るスリラーではなく情報小説の側面も備えた新しい時代のミステリーとして、作品は世に受け入れられたのでした。1975年に『ミステリイ・カクテル』(講談社文庫)を発表した渡辺剣次は、古典的名作の価値は認めつつ、読まれるべき作品のリストは常に更新されなければならないと考えて、試案としてその時点での現代版ミステリーベストテンを作成しました。その中には当然『ジャッカルの日』が含まれていたのです。この作品の新しさ、ジャンルを豊穣にする可能性を評価していたからでしょう。読むたびに驚きのある作品ですし、後続への影響も計り知れないものがあります。現在でいえばジェフリー・ディーヴァーのような作家たちの中にもフォーサイスの遺伝子は受け継がれているのではないでしょうか。


 さて、次回はマイクル・Z・リューイン『A型の女』ですね。楽しみにしております。


A型の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

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加藤 篁(かとう たかむら)


愛知県豊橋市在住、ハードボイルドと歴史小説を愛する会社員。手筒花火がライフワークで、近頃ランニングにハマり読書時間は減る一方。津軽海峡を越えたことはまだない。 twitterアカウントは @tkmr_kato

畠山志津佳(はたけやま しづか)


札幌読書会の世話人。生まれも育ちも北海道。経験した最低気温は-27℃(くらい)。D・フランシス愛はもはや信仰に近く、漢字2文字で萌えられるのが特技(!?) twitterアカウントは @shizuka_lat43N

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