第2回『さらば、愛しき鉤爪』

 
dinosaur is alive! ──エリック・ガルシア『さらば、愛しき鉤爪』
 

さらば、愛しき鉤爪 (ヴィレッジブックス F カ 1-1)

さらば、愛しき鉤爪 (ヴィレッジブックス F カ 1-1)

 
「鉤爪? 『女』の間違いじゃないか?」と不思議に思った方もいらっしゃるだろう。だが間違いなく、これが正しいタイトルである。
 もちろんチャンドラーの『さらば愛しき女よ』のパロディだ。そして当然のように、内容は探偵ハードボイルドである。
 ただし、恐竜の。
 主人公ヴィンセント・ルビオは、ヴェロキラプトルの探偵である。
 再度言うが、間違いではない。主人公は恐竜である。映画「ジュラシック・パーク」で、主人公たちを追い回していた小型ですばしこい肉食恐竜、アレである。
 主人公ヴィンセント・ルビオはロサンジェルスを根城とするケチな私立探偵であり、相棒アーニーの死にいまだ打ちのめされており、バジル中毒から抜けられないまま、つまらない仕事で日銭を稼いでいるヴェロキラプトルである。
 いや、ほんとに。
 この物語の世界においては、なんと恐竜たちは滅んでなどいなかった! のだ。
 彼らは人間に混じって知能を進化させ、人間の皮を、というか着ぐるみをかぶって、人間のふりをして都会に暮らしている。
 バジルは彼らにとってはドラッグである。しょぼくれたバジル中毒のヴェロキラプトル、私立探偵ルビオは、ほかの恐竜たちと同じく人間の着ぐるみを着て(どうやって着ているのかとか関節が逆じゃないのかとか顎とかシッポはどう収納しているのかとかそもそも大きさが違いすぎないかとか訊くのはヤボというものなのでやめるように)汚れた街に踏み込んでいく。もちろん事件は、恐竜同士の間に起こる事件である。
 恐竜たちは種類ごとにコミュニティをつくり、〈評議会〉と呼ばれる自治組織のもとに人間から隠れて暮らしている。だが、種類同士の間にも仲の善し悪しや利害の摩擦があり、抗争というものが起こりうる。ちょうどギャングの抗争のようなものだ。ルビオはその抗争のただ中に巻き込まれていく。私立探偵ものの王道である。
 でも恐竜。
 でもヴェロキラプトル
 そこのところを面白いと思うか、ふざけるなと投げ出すかで好みはかなり分かれると思われる。まあ、特撮オタクの怪獣萌えで恐竜マニアの私にとってはたまらない話なのだが、人間社会で人間の着ぐるみを着て暮らす恐竜たちの描写のさまざまには、思わずニヤリとせずにはいられない妙なリアリティが満載だ。
 ことに二巻の『鉤爪プレイバック』(もちろんチャンドラー『プレイバック』リスペクトだ)で、危機に陥ったルビオを助けるために、恐竜のドラァグクイーン、つまりはオカマちゃん軍団(この場合は、「中身の恐竜の性別はオスなのに、着ぐるみは人間の女性のものを用いる性癖の持ち主」を指す)が押し寄せてくるシーンなど、あまりにいろんな方向に向かって凄すぎて、唖然としてしまった。
 なんせジュリー・アンドリュースとマドンナとマリリン・モンローが、悪のカルト教団の恐竜に向かって、怪鳥のような声を上げつつ回し蹴りと鉤爪パンチをお見舞いするのである。ほかはどうあれ、ここだけはみんなに読んでもらいたい名(迷?)シーンだ。
 現在、恐竜探偵ルビオ・シリーズは三作目『鉤爪の収穫』(ハメット『血の収穫』である)で本国でも刊行が止まっている。版元のヴィレッジブックスは、女性向けの恋愛小説中心にシフトしてしまっているのだが、第四作が書かれたとしてもぜひ翻訳してもらいたい。シャレのわかる私立探偵ハードボイルド読みには(もちろん、恐竜好きにも、ただ面白い小説が好きな人にも)是非とも一読オススメしたい珍作? である。

 

五代 ゆう(ゴダイ ユウ)
 ものかき
 blog: http://d.hatena.ne.jp/Yu_Godai/?_ts=1286988042
 読むものと書くものと猫を与えておけばおとなしいです。ないと死にます。特に文字。
〔著作〕
パラケルススの娘』全十巻 メディアファクトリー文庫/『骨牌使いの鏡富士見書房/『晴明鬼伝角川ホラー文庫 等
 
書評をしていく予定の本:活字中毒なので字ならばなんでも読みます。節操なしです。
どっちかというと翻訳もの育ちですが日本の作家ももちろん読みます。
おもしろい本の話ができればそれでしあわせなのでおもしろいと感じた本を感じたまんまに書いていこうと思います。共感していただければ光栄のきわみです。
 

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カサンドラの紳士養成講座 (ヴィレッジブックス)

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鉤爪プレイバック (ヴィレッジブックス)

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鉤爪の収穫 (ヴィレッジブックス)

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レポメン (新潮文庫)

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