ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第6回(構成・杉江松恋)


 お届けしてきました三津田信三さんインタビューは今回で最終回となります。幼少のころからの「濃い」ミステリー体験に始まり、独自の本格理論を積み上げた読書歴や、ホラーという新ジャンルを発見した経緯など、触発されることの多いインタビューでした。三津田さんには改めて感謝を申し上げます。
 さて、最終回はやはりこの話題で締めくくりたいと思います。


 (承前)


――そろそろこのインタビューも終わりに近づきつつあります。最後に、最近読んでおもしろかった翻訳ミステリーを教えていただきたいと思います。いかがでしょうか。


三津田 まず昨年は、ドイツのヤングアダルト小説であるクリスティアン・ヴァルスツェック『人形遣いの謎』とギジェルモ・マルティネス『ルシアナ・Bの緩慢なる死』が面白かったです。どちらも純粋なミステリではありませんが、とても楽しめましたし、色々と考えさせられもしました。


――渋いところを挙げられましたね。ギジェルモ・マルティネスは私も読んでおもしろかった本の一つです。ラテン・アメリカ文化圏の作品はこのごろ当たりが多いかな。いわゆる本格ジャンルではいかがでしたか?


三津田 本格物ではパーシヴァル・ワイルド『検死審問ふたたび』、D・M・ディヴァイン『災厄の紳士』、ジム・ケリー水時計』が甲乙つけがたい出来でした。『検死審問ふたたび』は前作より良かったですね。ディヴァインもミステリとしては前年の『ウォリス家の殺人』のほうが優れているかもしれませが、『災厄の紳士』は前半から後半へと物語が一転するのが素晴らしい。『水時計』は現代本格の優秀作です。舞台設定と謎の提示(死体の発見)が魅力的でした。


――『水時計』は私が解説を書いたのですが、あの二番目に発見される死体がいいですね。大聖堂の、普段なら人が近づかなかったような屋根のところに白骨死体があるという。あれなどもまさしく、大聖堂でしか起きなかった事件の話です。


三津田 サスペンスでは、ほとんど話題になりませんでしたが、アンドリュー・パイパー『キリング・サークル』がお気に入りです。もっとも本作、出だしも中途もホラーっぽいのですが、そのままホラー小説として結末をつけていれば、ひょっとして傑作になったかも……と惜しまれる作品ではあります。ロバート・ゴダード『遠き面影』は、相変わらず読ませられました。ただミステリとしては、不満が残りましたけど。


――ゴダード、巧いんですけどね。読者が慣れてしまったということなのかもしれません。


三津田 ホラーではアンソロジー『ゴースト・ストーリー傑作選』とヤングアダルト『船乗りサッカレーの怖い話』が、とても楽しかったです。『船乗り〜』は『モンタギューおじさんの怖い話』の姉妹編でして、今年中に三作目が出るらしいので、もう待ち遠しくて。


――おお、クリス・プリーストーリー。デイヴィッド・ロバーツの挿絵がまたいいんですよね。


三津田 ここ数年で振り返りますと、古典を中心にした本格物の良作が多かったように思います。マイケル・ギルバート『大聖堂の殺人』、マイケル・イネス『霧と雪』、さっき話題に出たエルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』、セオドア・ロスコー『死の相続』、スーザン・ギルラス『蛇は嗤う』、ヘンリー・ウェイド『議会に死体』、ディクスン・カーヴードゥーの悪魔』、ノーマン・ベロウ『魔王の足跡』、オースティン・フリーマン『証拠は眠る』などなど。


――『霧と雪』は三津田さんがお好きな多重解決の話でもあります。


三津田 意外だったのは、『大聖堂の殺人』が無視された(?)ことです。古典ミステリの良いところと悪いところを持った作品ですが、少なくともグリン・ダニエル『ケンブリッジ大学の殺人』よりは評価されるべきだろうと(笑)。『ケンブリッジ〜』は結末の手前までは良いのですが、肝心の解決がアレでは……。


――幻の名作と呼ばれる作品には幻だったわけがあるな、と思いましたね。


三津田 『死の相続』は完全なB級ミステリですが、まぁ面白いのなんのって。カー『ヴードゥーの悪魔』よりもヴードゥー教のあつかいが上手く、S・A・ステーマンよりは遅れるもののアガサ・クリスティよりも早く例の設定を用い、二人の有名な日本作家が長篇で使用した二つのメイントリックに先例をつけているという豪華さですから、これは凄い。とはいえあくまでもB級ミステリなので、これから読まれる方は、そこのところを理解しておいて下さいね。


――同人誌「クラシック・ミステリのススメ」を作ったときには、ゾンビ小説ということでやたらと執筆者から人気があった作品です。まあB級ですが、よくぞ訳してくれた、と思いましたね。


三津田 『魔王の足跡』もB級ミステリですが、あの「悪魔の足跡」に挑戦したというだけで嬉しくなりました。フリーマンは地味ながら、本格度がずば抜けています。中学生のときは正直あまり面白いと思いませんでしたが、今はその味が分かって楽しめます。


――昔は「倒叙型探偵小説の元祖」みたいな教条主義的な紹介をされていましたから、その辺が逆に敬遠される元になっていたのかもしれません。しかし、よく読んでいらっしゃいますね。


三津田 現代の本格物でも、ギジェルモ・マルティネス『オックスフォード連続殺人』やギルバート・アデア『ロジャー・マーガトロイドのしわざ』、そしてポール・アルテなどが活躍しているのですが、いまひとつの印象です。久しぶりに感心したのが、『水時計』だったわけです。


――最近の本格物がいま一つである理由をどう受け止められていますか。


三津田 おそらく先人のミステリと比べて、特に目新しさが感じられないからでしょう。むしろ同じ土壌で書いている。その最たる例が、ポール・アルテだと思います。日本では評価がやたらと高いですが、僕はいつも首をかしげてしまって……。これなら日本の本格ミステリ作家のほうが、よほど優れた仕事をしているじゃないか、と思います。海外の本格は80年代前後が、もしかすると良かったのかもしれませんね。ウィリアム・L・デアンドリア『ホッグ連続殺人』とかジル・マゴーン『騙し絵の檻』とか。


――ジル・マゴーンはもっと訳してほしい作家ですね。デアンドリアもいくつか未訳が残っているはずです。


三津田 最後に、この数年でもっとも興奮した本として、アルベール・サンチェス・ピニョル『冷たい肌』を挙げておきます。これから手に取ろうという方は、一切の予備知識なしで読まれることをお薦めします。帯も見ないほうが良いです。本作は映画化の話があったのですが、どうなったんでしょうね。観たいような、観たくないような(笑)。


――そういわれると気になるなあ。私も早速読んでみます。いやいや、たくさん楽しいお話を伺うことができました。お忙しい中、本当にありがとうございます。


三津田 今回のインタビューでは、大変お世話になりました。子供のころや、ここ数年の読書体験を色々と思い出すことができて、とても有意義でした。楽しかったです。ありがとうございました。


(インタビューを最初から読む)



(プロフィール)
三津田信三 みつだ・しんぞう
編集者を経て2001年『ホラー作家の棲む家』(講談社ノベルス、『忌館』と改題し講談社文庫に収録)で作家デビュー。ホラーの怪奇性とミステリーの論理性とを融合させる新しい作風を開拓し、注目を浴びる。2006年、『厭魅の如き憑くもの』(現・講談社文庫)を上梓。同作の主人公・刀城言耶を主人公とするシリーズは多くのファンから支持されており、最新作『水魑の如き沈むもの』(原書房)は第10回本格ミステリ大賞の候補作となっている。

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)

人形遣いの謎

人形遣いの謎

ルシアナ・Bの緩慢なる死 (扶桑社ミステリー)

ルシアナ・Bの緩慢なる死 (扶桑社ミステリー)

検死審問ふたたび (創元推理文庫)

検死審問ふたたび (創元推理文庫)

災厄の紳士 (創元推理文庫)

災厄の紳士 (創元推理文庫)

水時計 (創元推理文庫)

水時計 (創元推理文庫)

キリング・サークル (新潮文庫)

キリング・サークル (新潮文庫)

遠き面影(上) (講談社文庫)

遠き面影(上) (講談社文庫)

遠き面影(下) (講談社文庫)

遠き面影(下) (講談社文庫)

ゴースト・ストーリー傑作選――英米女性作家8短篇

ゴースト・ストーリー傑作選――英米女性作家8短篇

船乗りサッカレーの怖い話

船乗りサッカレーの怖い話

モンタギューおじさんの怖い話

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大聖堂の殺人 (海外ミステリGem Collection)

大聖堂の殺人 (海外ミステリGem Collection)

霧と雪 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

霧と雪 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

サファリ殺人事件 (海外ミステリGem Collection)

サファリ殺人事件 (海外ミステリGem Collection)

死の相続 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

死の相続 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

蛇は嗤う (海外ミステリGem Collection)

蛇は嗤う (海外ミステリGem Collection)

議会に死体 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

議会に死体 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

ヴードゥーの悪魔 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

ヴードゥーの悪魔 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

魔王の足跡 世界探偵小説全集 (43)

魔王の足跡 世界探偵小説全集 (43)

証拠は眠る (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

証拠は眠る (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

ケンブリッジ大学の殺人 (扶桑社ミステリー タ 9-1)

ケンブリッジ大学の殺人 (扶桑社ミステリー タ 9-1)

オックスフォード連続殺人 (扶桑社ミステリー)

オックスフォード連続殺人 (扶桑社ミステリー)

ロジャー・マーガトロイドのしわざ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1808)

ロジャー・マーガトロイドのしわざ (ハヤカワ・ポケット・ミステリ1808)

ホッグ連続殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ホッグ連続殺人 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

騙し絵の檻 (創元推理文庫)

騙し絵の檻 (創元推理文庫)

冷たい肌

冷たい肌

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第5回(構成・杉江松恋)


好評の三津田信三さんインタビュー、第五回をお届けします。三津田信三さんを知る人なら、誰もがうずうずと気になっていたのではないでしょうか。お待たせしました、今回はまず、三津田さんが愛するホラー・ムービーの話題からお届けします。


(承前)


――前回、ちょっとクズ・ホラーの話題が出ました。三津田さんを語る上でホラー・ムービーのことは欠かせないと思いますので、ちょっとお聞きしたいと思います。率直にいって、クズ・ホラーのどこがおもしろいんでしょうか? 少し直球すぎる質問ですか?(笑)

三津田 うーん、クズ・ホラー映画にもピンからキリまでありまして。みんなキリだろうと言われそうですが(笑)。脚本や演出が酷いという以前に、「お前ら映画作りは素人以下だろ」と呆れるような作品が、本当にゴロゴロしてますからねぇ。他ジャンルの映画で、そこまで酷いものは、おそらく滅多にないのではないかと……。


――なんでまた、そういうカオスな事態になってしまっているんでしょうか。ホラー・ファンがそれだけ多いということですか?

三津田 最大の原因は、ホラーは低予算でも作れるうえに、当たれば大きな市場だからです。なんせジョージ・ロメロトビー・フーパーサム・ライミといった先例があるうえ、新しいところでも「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「パラノーマル・アクティビティ」が成功している。


――なるほど。ホームビデオ一台でも大丈夫、自分でも撮れてしまうのではないか、と思い込む人が出やすい環境にあるわけですね。



三津田 もちろん、こういった作品はお金がない分、監督やスタッフが創意工夫しているからこそ、面白い映画になっているんです。ところが、そんな簡単なことも理解できない、才能の欠片もないアホウどもが、まぁ次から次へとホラーを撮るものだから、この世はクズ・ホラーであふれていますよ。それをチェックする身になって欲しい……って、別に観なければいいんですけど(笑)。


――そうですよ。なんで観るんですか(笑)。できれば実例を挙げて、どういう風にホラー映画にはまっていらっしゃるのかを教えていただきたいのですが。


三津田 観る理由は、たったひとつしかありません。クズの中に埋もれてしまった作品で、たま〜に傑作を見つけるからです。よほどのマニアでない限り知らない作品ですね。これを一度でも経験すると、もうやめられなくなります。けど、ここではクズ・ホラーの紹介を(笑)。


――どきどき(笑)。


三津田 「ドライブイン殺人事件」(76/アメリカ)は、最初にドライブインシアターカップルが殺される。この殺害方法が首の切断で、まぁチープな映像なんですけど、B級ホラーっぽさが漂っていて、「おおっ、ええやんか」と初見では不覚にも喜んでしまいました。それから刑事の捜査が延々と続くのですが、これが面白くない。銃撃戦まであるのに、少しも盛り上がらない。「なんだ最初だけか」と失望したのですが、僕が甘かった。ごめんなさい。予想できませんでした。この刑事の捜査、本筋と何の関係もないんです。意味が分かります? 刑事は確かに事件を追っていたのですが、まったく無意味だったという展開で……。


――もしかして尺の水増しですか? それはひどいなあ。

三津田 いえ、悲しいかな、非常によくあることなんです。「夕暮れにベルが鳴る」なんかも同じですよ。


――ああ、たしかに。結構メジャーな作品でもやりますね。


三津田 ところが、「ドライブイン殺人事件」は最後でまた面白くなる。今度は映写室の中で殺人が起こるので、江戸川乱歩『緑衣の鬼』ばりに、影絵シーンで見せてくれるのです。しかも、たった今、殺人が行なわれている。すぐ映写室に飛び込めば、犯人を捕まえることができる。で、刑事が駆けつけるのですが……。ここから僕の知る限るでは、ミステリ映画史上他に例を見ない恐るべき結末が、あなたを待っています。普通はこんなこと考えないし、もし考えついても即座に却下します。このアイデアを出したのが監督か脚本家か、その他のスタッフか知りませんが、「誰も止めなかったのかよ」と言いたいです。同じアイデアを僕が小説で使ったら、ささやかな作家生命が確実に終わるでしょうね。


――そんな最終兵器が展開されていましたか(笑)。実験精神にも程があるというやつですね。さて、ちょっと本題に戻りまして、ここからはまた翻訳ミステリーについてお聞きしたいと思います。三津田さんがお考えになる、翻訳ミステリーの素晴らしい点というのは何でしょうか?


三津田 小説を読むことで異文化に触れられ、しかもそれがお話に関わってくる面白さが、まず挙げられると思います。本格物の場合は、その国や地方の歴史や文化が、もろにトリックと結びついているとかですね。


――一昨年だか読んだエルスペス・ハクスリー『サファリ殺人事件』はまさしくそういうお話で、アフリカの殖民地でしか成立しないトリックの作品でした。ああいうのを読むと、翻訳ミステリーファンは得したなあ、と思うんです。


三津田 ただ、翻訳物を敬遠する読者が、まず口にする理由も同じじゃないですか。そんな知らない国を舞台にした小説なんて、いかにも読むのが面倒そうだって。そういう読者が、拙作の刀城言耶シリーズを読んで下さっているか分かりませんが、異文化との遭遇という意味では、ほとんど同じではないでしょうか。多くの読者にとって、昭和二十年代から三十年代の地方って、まぁ外国みたいなものですから。外国人の名前が覚えられないから、という人もいますが、律儀に読む必要はありません。僕も中学生のころは、ひとつの記号として名前を形で覚えて、他の登場人物と区別していましたからね。この技(?)を習得すると、何の問題もなく読めますよ。


――養老孟司さんは、日本の子供が漫画を読むのはページ全体を一種の象形文字として理解しているから、漢字を使う民族らしくていいんだ、ということをおっしゃっていましたね。それと同じで、読みとか意味はいいから、とにかく外国人の名前は象形文字として形で覚えろと。


三津田 はい。中学生で創元推理文庫や早川文庫に親しんだ人は、おそらく自然と身につけた技ではないかと(笑)。それと海外の作家は、ジャンルにこだわらない傾向があり、とにかく面白い作品を書いてやろうという人が多いので、本読みなら無視できるはずがないんです。仮に自分には合わないと思う作品があっても、実は他に100パーセント自分好みの小説を書いている――そういう作家が海外にはいますからね。


――ジャンルにこだわる作家のほうが少数でしょうね。ポール・アルテぐらいなのでは。主流文学じゃないから何をやってもいいんだ、という割り切りがあるのか、時としてとんでもない異形の作品が出てくることがあります。


三津田 僕はジョー・R・ランズデール、ダン・シモンズ、デヴィット・マレルなどが好きですが、必ずしも全作品が面白いわけじゃない。まったく好みではない小説もあります。シモンズのハイペリオン・シリーズでも、一作目は大好きでしたけど、あとは読みながら、もういいやって思いましたし(笑)。また彼が書いたミステリは、いまだに読んでいません。別にシモンズには、ミステリを求めてないからでしょうね。けど、新作が出ると気になる。読まず嫌いで翻訳物を敬遠するのは、非常にもったいないと、声を大にして言いたいです。

――よくわかります。


(つづく)


Drive in Massacre [VHS] [Import]

Drive in Massacre [VHS] [Import]

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第4回(構成・杉江松恋)

 三津田信三さんをお招きしての「週末招待席」もいよいよ折り返し点。前回は本格ミステリー好きが高じていった読書遍歴についてお聞きしました。今回はさらに踏みこんで、自著とミステリーの関係についてお話をいただきたいと思います。


(承前)

――ここで定番の質問なのですが、三津田さんが作品を書かれる上で影響を受けた作品やシリーズについてお聞きしたいと思います。


三津田 ディクスン・カー横溝正史とお答えすれば、やっぱり……で丸く収まると思うのですが(笑)、実は刀城言耶シリーズに限ってお話をしますと、この二人は(表現は少し間違っていますが)むしろ反面教師でした。


――それは意外ですね。正史とカーでずぶずぶ、と答えていただくと非常に収まりのいいインタビューになったのですが(笑)。これはぜひ訳をお聞きせねば。


三津田 カーは怪奇小説がとにかく好きで、それが自作にも現れています。しかし小説家としての彼は、根っからの本格ミステリ作家だったわけです。なので某長篇と某短篇、それに一部の作品の細かい箇所を除くと、どれほど怪奇色があろうと、カー作品は最後に合理的な結末を必ず迎えます。怪奇と恐怖は、あくまでも装飾にしか過ぎません。


――そういう意味では徹底していますね。


三津田 一方の正史は、戦前に怪奇と幻想と耽美に彩られた作品を書いていましたが(最高傑作は「鬼火」です!)、戦後は長篇本格探偵小説の執筆に邁進します。このとき正史は、明らかに戦前の文体を捨てている。


――逆に、戦後の作品から入った人は由利先生もの以外の戦前の作品を読むと違和感があるでしょうね。


三津田 横溝正史というと、おどろおどろしいイメージが強いですが、その多くは映像作品の印象ですね。戦前に比べると、短篇と長篇の差を考慮しても、戦後の作品はかなりあっさりしています。以前なら絶対ねちっこい描写をしたところを、さらっと流している。なぜなら戦後の正史にとって最大の関心事は、いかに優れた本格物を書くか、それしかなかったからです。


――戦争が終わって自由に探偵小説を書けるという解放感があったのでしょうね。今読み返すと、どの作品からも執筆ができる喜びを感じます。行間に充溢するものがあり、それが作品の奥行きにもつながっているように思います。


三津田 もちろん作品によっては、怪奇幻想を離れたところで、正史特有の物語性が見られるものもあります。でも、それが本格物のプロットに、ちゃんと組み込まれている。正史が何処を目指していたのか、とてもはっきりしていると思います。


――そういう作家だからこそ、自分が書きたいものが求められる作品ではなくなってきていると感じて、長期間にわたり断筆をしたのでしょうね。書き手としてぶれがなかった。その真っ直ぐさを、同じ作家としてどう感じられますか?


三津田 正史は探偵小説が禁止されていた戦中、人形佐七捕物帳シリーズを書いて糊口をしのぎました。作家としては江戸川乱歩よりも遙かに器用だったと思います。それが断筆したわけですから、相当な考えというか、思いがあったのではないでしょうか。自分では長篇本格探偵小説が書けなかった乱歩が、戦後に探偵小説の講演行脚をしたときの心境と、もしかすると近いものがあったかもしれません。


――戦前の正史は海外作品の翻訳も手がけているのですが、そのうちの一つ『二輪馬車の秘密』を読むと、後半部をばっさり切って枚数を節約するなど、実に器用なところを見せています。編集者としての素質もあったんですね。だから、やろうと思えば時勢に合わせた作風に転じることだってできたと思います。それをしなかったんですね。


三津田 僕はホラー作家としてデビューしましたが、ホラーの中にミステリ要素が入っていると言われ、作中には無意識に出てきてしまうなぁ……と、自分でも思っていました。近親憎悪を抱いているはずなのに(笑)。


――血筋は争えないですね(笑)。


三津田 最初に書いた「作家三部作」が大して売れなくて、どうしようかと試行錯誤を重ねた習作を書いているとき、超常的なホラーと合理的なミステリの融合という矛盾する作風に辿り着いた。ホラーは民俗学のテーマを用いて、時代設定は昭和二十年代から三十年代にして――という風に、わりと自然に決まっていきました。


――たどりつくべきところにたどりついたと。


三津田 このとき、真っ先に浮かんだ先人が、ディクスン・カー横溝正史でした。でも、この二人と同じでは意味がない。そもそもホラーとミステリの融合にはならない。それで言葉は悪いのですが、反面教師になっていただいたわけです。


――なるほど。反面教師というのはつまり、その作家を分析して研究するということでもありますから、裏返しの形で尊崇したともいえますね。


三津田 そう受け止めていただければ幸いです。実際に影響を受けた作家では、先に名前が出たクリスチアナ・ブランドでしょうか。作中で事件のディスカッションを行ない、どんでん返しにこだわるところなど、そうかもしれません。


――結末に至る前に、可能性を徹底的につきつめていく過程に本格ミステリーとしての価値を感じます。


三津田 あと刀城言耶の推理がぶれるのは、ホラーとミステリの融合を模索している作風のため、当然というか言わば必然の設定ですね。ただし、コリン・ディクスターのモース警部シリーズに影響を受けているのも確かです。


――刀城言耶とは正反対に近い個性のキャラクターですが、モースと言われると少し納得します。


三津田 モース警部で感心したのは、「考え過ぎる名探偵」を創造したこと。そのため推理が二転三転してしまう。大好きでしたね。唯一の難は、推理過程が一番面白くて、肝心の結末が印象に残らない点でしょうか(笑)。でも、それが気にならないほど途中の経過が面白くて、とても楽しんで読んでいました。


――『キドリントンから消えた娘』の結末なんて、どんでん返しがありすぎてまったく覚えていないです。ときどき迷いますよ。あれ、結論はなんだったんだっけと。


三津田 ホラーのほうですが、デビュー作『忌館 ホラー作家の棲む家』に多大な影響を与えたのが、エリック・マコーマック『パラダイス・モーテル』とピーター・ストラウブ『ゴースト・ストーリー』です。


――お、これは意外なタイトルです。


三津田 内容に類似点は、おそらくないと思います。共通しているのはメタ嗜好だけで。ただ上手く説明できませんが、この二作を読んだとき、『忌館』のような作品を書いてもいいのだ、と安心したと言いますか、背中を押してもらったような気分になりました。


――ミステリーに比べて、ホラーはより実験が許されるジャンルではないかと思うのです。それこそ投げっぱなしの結末であっても構わないし、ストーリーらしきストーリーがなくても小説としては成立する。そういう意味でマコーマックとストラウブに勇気づけられたというのは、よく判る気がします。


三津田 今回のご質問は「自作に影響を与えている作品・シリーズ」ですが、今までに読んだ本と観た映画のすべてが、作家・三津田信三の血となり肉となっているという実感を、数年前の執筆中に感じた覚えがあるんです。そこには、もちろんクズ・ホラーもふくまれますよ(笑)。


(つづく)

忌館 ホラー作家の棲む家 (講談社文庫)

忌館 ホラー作家の棲む家 (講談社文庫)

パラダイス・モーテル (海外文学セレクション)

パラダイス・モーテル (海外文学セレクション)

ゴースト・ストーリー (上) (ハヤカワ文庫 NV (737))

ゴースト・ストーリー (上) (ハヤカワ文庫 NV (737))

ゴースト・ストーリー (下) (ハヤカワ文庫 NV (738))

ゴースト・ストーリー (下) (ハヤカワ文庫 NV (738))

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第3回(構成・杉江松恋)

 前回は好きが高じて十代でミステリー評論書を買い込むに至った三津田さんのマニア読者ぶりについてお聞きしました。しかしそこで浮上してくる疑問が、そうした読書体験が現在のホラー愛とどうリンクしてくるのかということ。偏愛するミステリー作品についてお聞きするうちに、意外な言葉が……・


(承前)


――本格ミステリーファンになっていった過程はよく判りました。まるで鏡写しの自分を見ているようです(笑)。そんな三津田信三さんに答えづらい質問かもしれませんがお聞きしたいのは、いちばん好きな翻訳ミステリーは何か、ということなのですが。


三津田 難しいご質問です。ジャンルやテーマや時代を絞らないと、なかなか「この一冊」とは決められませんから……。それでもすぐに浮かぶのは、クリスチアナ・ブランドの『ジェゼベルの死』でしょうか。


――お、これは嬉しいタイトルが。私も大好きな作品です。今絶版で手に入らないのが非常に残念。お好きな理由というのをうかがってもよろしいでしょうか。


三津田 はい。本書は学生時代に(夏でしたね)読んだのですが、受けた衝撃は『黄色い部屋の謎』に匹敵しました。というのは当時、僕はいっぱしのミステリマニアになっていましたので、普通の作品(?)では心から楽しめない……という何ともやっかいな状態にありまして。


――マニアにありがちな屈折を体験したと(笑)。でもブランドは心に響いたわけですか。その辺の理由はご自分で分析しておられますか?


三津田 ブランドの主な活躍は、いわゆる本格ミステリ黄金時代の後になります。つまり先輩の作家たちが、あの手この手で読者を騙し続けた、その後ですね。ブランド世代の作家たちに、かなり凝った作品が多いのも、むべなるかなといったところです。ただ、そんな中でも、彼女は突出していたと思います。


――偉大なる実験者であるアントニー・バークリーの正統な後継者として、試行錯誤を繰り返した作家だと私は認識しています。どの辺を三津田さんは評価されたのでしょうか。


三津田 僕が本格ミステリに求めるのは、1.魅力的な謎、2.フェアかつ十分な伏線、3.前項を活かした論理的な推理による事件の解釈、4.前項から導き出される意外性のある結末、の四点なんです。本格物と呼ばれる作品の多くは、この1〜4を満たしているわけですが、実はそこで不満に感じることがありまして。それは3の項目を、解決編の探偵の推理部分でしか行なっていない作品が、意外に多いということです。つまり事件(謎)を巡る推理展開が、ほとんど解決編に入るまでなされないわけですね。なぜかと言うと、検討してしまうと、すぐにネタが割れてしまうから……という作品が、けっこうあったりします。


――一発ネタだと絶対に長篇を維持できないですよね。


三津田 はい。ところがブランドは、これを徹底的にやるわけです。作品によっては容疑者たち全員が参加して、ああでもないこうでもないと、事件についてディスカッションを行なうくらいですから。この姿勢に、もう僕はやられてしまって(笑)。


――ああ、判ります。たとえばカーの作品なども、落ちにたどりつくまで幾度かの中断を経ながら推理が開陳されます。そこが本格好きには「美味しい」わけなんですが、『ジェゼベルの死』の中盤はさらにその上を行きますよね。バークリー的展開の最たるものといってもいい。


三津田 そうです。もちろん『ジェゼベルの死』は、そういったディスカッションの果てにたどりつく真相が、また素晴らしいわけですが、本格物として評価するところは、あの意外な真相以上に、中段の推理展開にこそあるのではないでしょうか。


――なるほど、ただの本格ではもはや満足できなくなった境地というのが判ります。相手がブランドじゃねえ(笑)。そうした極北を体験しながら、なぜかファンとしての三津田さんは、ミステリーからホラーへと嗜好が移っていってしまったわけなんですが、そのきっかけはどういうことだったのでしょうか。


三津田 ミステリの読書量が増えると共に、ほとんどの読者は「魅力的な謎」と「意外性のある結末」を、より望むようになるのではないかと思います。まさに僕がそうでした。


――まるで麻薬中毒患者がより強い刺激を求めるように。


三津田 E・A・ポーは五つのミステリ短篇を書いていますが、自ら誕生させたミステリという文芸(謎解きを主眼とした本格ミステリ)の限界と滅びの予兆を、既に察していたように思えてなりません。それを実証してしまったのが、皮肉にも江戸川乱歩だったと考えるのは、あまりにも冒涜的でしょうか。乱歩の初期短篇から「陰獣」までの作品の流れを見つめるとき、いつも僕はそう感じてしまうのです。


――短篇ミステリから「陰獣」への流れを、自壊せざるをえないほどの進化欲求と解釈されるわけですね。


三津田 ミステリとしての「意外性」を追求するあまり、どんどんどんどん袋小路へと入って行く……。そんなイメージを、いつしか本格物に覚えるようになっていました。


――なるほど。


三津田 それに加えて、本格の「論理性」に対する疑問です。「論理的推理」というけれど、たぶんに恣意的なものが多過ぎるじゃないか、という不満ですね。


――その辺が、バークリーの後継者であるブランド作品の発見につながった、と私は思います。推理の多重解釈可能性に気づいてしまうと、もはや純粋な信者ではいられなくなるでしょうね。


三津田 ずっとミステリが好きで、いつも愛読してきただけに、こういった思いが気づかぬうちに、近親憎悪へと変わってしまいまして……。


――それは、よほど愛が強かったんだろうなあ。


三津田 実はこの時期に、そんな僕の鼻っ柱をたたき折った新進作家が、泡坂妻夫さんであり、連城三紀彦さんだったんです。が! そのとき僕が感じたのは、「ああ、これからの本格ミステリは、このお二人くらいのレベルでないと無理なんだ」という絶望ですね。もちろんお二人の作品には狂喜したわけですが、「本格ミステリは一部の天才しか書けない」と結論を出してしまったんですよ。いやぁ〜、若いというか、青いというか(笑)。


――そのお二人と自身を比較するのは、おそるべき自意識だと思います(笑)。で
も、そう思って絶望した人は少なくなかったんじゃないでしょうか。


三津田 あっ、そのとき作家になろうとか、なりたいとか、そんな大それた妄想を抱いていたわけではないんです。要は「本格ミステリの未来」に対する絶望と言いますか……。まぁ昔から言われている問題ですけど。


――それで一気に冷めてしまったわけではないですよね。


三津田 そうですね。とはいえ、しばらくはミステリがまだ中心だったはずです。一気にホラーにのめりこみ出したのは、ジャンルに関係なくスティーヴン・キングを面白いと思ったときだと思います。


――入り口がキングだったというのは、よく判ります。あの当時のキングは、特別でした。そこがきっかけでしたか。


三津田 かつてお勉強のために読んで、つまらないと感じたM・R・ジェイムズ、H・P・ラヴクラフト、アーサー・マッケン、アルジャーノン・ブラックウッドといった古典から、キング、ピーター・ストラウブ、ジェームズ・ハーバート、ディーン・R・クーンツ、ジョン・ソール、ロバート・マキャモン、ダン・シモンズなどのモダン・ホラーまで、とにかく新旧のホラーを読みまくりました。ミステリも完全にやめたわけではなく、近親憎悪の念を持ちつつも、相変わらず読んではいました。


――でもずるずるとそっちに……。キング訳者の白石朗さんなんかも、同じ体験をしたのではないかな、と勝手に私は思っています。


三津田 へぇ、そうなんですか。元々はミステリがお好きだったんですね。


――ワセダミステリクラブのご出身ですしね。今度聞いてみよう。


三津田 この体験から、まず小・中・高まではミステリに親しんで、大学生から大人になるあたりでホラーへと進むのが、正しいミステリとホラーの読み方ではないかと思っとります(笑)。ミステリが持つ遊戯性のある要素(密室殺人や名探偵や意外な犯人など)が受けるのは、やっぱり若い世代ですからね。一方、ホラー特有の雰囲気(特に古典が持つ)を楽しむためには、ある程度の読書経験があったほうが良い、と感じたわけです。


(つづく)

ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)

ジェゼベルの死 (ハヤカワ・ミステリ文庫 57-2)

黄色い部屋の謎 (創元推理文庫)

黄色い部屋の謎 (創元推理文庫)

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第2回(構成・杉江松恋)

 三津田信三さんをお招きしての「週末招待席」、前回は最初に読んだ児童向けミステリーのお話をうかがいましたが、今回は引き続き大人向け本の読書体験についてお聞きします。意外な書名が出てきて、ちょっとびっくり。


(承前)


三津田 ミステリが持つ謎に魅力を感じたのは、ガストン・ルルー『黄色い部屋の秘密』からです。おそらく小学校の高学年です。本作かA・A・ミルン『赤い館の秘密』か、どちらかが最初に読んだ大人用のミステリだと思います。というのも、この二冊は角川文庫なんですよ。ディクスン・カーをはじめ、アガサ・クリスティエラリー・クイーンヴァン・ダイン、F・W・クロフツと海外ミステリを読みはじめたとき、創元推理文庫と早川文庫を買っていました。だから『黄色い部屋』と『赤い館』は、その前だったと分かるわけです。


――創元推理文庫の本格マーク(通称おじさんマーク)ではなくて、角川文庫というのはちょっと珍しい例かもしれませんね。ちなみに、『黄色い部屋』は木村庄三郎訳、『赤い館』は古賀照一訳です。


三津田 なぜこの二冊を選んだのか、理由は覚えていません。たまたま本屋で目について、タイトルに惹かれたのかな? カーの場合は『どくろ城』の解説に(やっぱり中島河太郎さん?)、ずらずらと魅力的なタイトルが上がっていたので、それがきっかけだったとはっきりしているのですが。


――完全に偶然の出会いだったと。


三津田 はい。とにかく『黄色い部屋の秘密』は衝撃でした。最初の黄色い部屋での密室殺人未遂事件はそうでもなかったのですが、次のT字型廊下での人間消失には、もう興奮しまくりで。密室の謎は基本的には「静」ですが、この場合の人間消失は「動」ですからね。しかも状況は極めて単純。だからこそ不可能興味が増すわけです。そして、あの結末でしょう。金槌で頭を殴られたくらいの、とてつもない衝撃を受けました。


――知ってしまうと感覚が麻痺してしまうのですが、たしかに初めて読んだときには驚かされたものです。


三津田 江戸川乱歩の長篇によく似たシーンがいくつかありますが、あれ、『黄色い部屋の秘密』の影響が大きいですよね。

――消失トリックの一つの類型になりましたからね。某推理コミックがパクった例が有名ですが、あれは廊下の状況設定をそのまま頂いてしまったから騒がれたんでしょうね。いろいろアレンジを変えた応用版は、他の作家さんも書いておられるはずです。


三津田 拙作でも『厭魅の如き憑くもの』の三つ叉の道や『百蛇堂』の路地、『十三の呪』の廊下と階段や『四隅の魔』の女子寮など、登場人物たちの「動」の中で人間消失を取り上げている箇所があるのですが、僕なりの『黄色い部屋の秘密』に対するオマージュなんです。


――なるほど。マジシャンの「癖」のようなものですね。注意して三津田作品を読むと、なんとなく見えてくるという。


三津田 はい。これで一気に「魅力的な謎」と「その意外な真相」という面白さを味わったので、冒険物への関心は完全に吹き飛んだのだと思います。


――『黄色い部屋』によって、ミステリーファンが一人誕生したと。そのあとの読書遍歴をお聞きかせ願えますか。


三津田 中学生のときは、カーに熱中しました。クリスティも面白いと思いました
が、カーに比べるとアク(はったり)がないのが物足りなかった。クイーンは解決にいたるまでの物語が、あまり好きになれませんでした。クロフツは地味な印象しかなかったのですが、『ポンスン事件』など、もしかするとクイーンよりも楽しんでいたかもしれません。


――『ポンスン事件』はクロフツの初期作品ですね。どの辺をおもしろいと感じられましたか?


三津田 いやぁ、内容はまったく覚えていません(笑)。他のミステリに比べると地味なんだけど、事件を捜査する過程が堅実に描かれていて、しかも二転三転するお話だった……という印象が残っているだけですね。


――なるほど。クロフツと三津田さん、という組み合わせがちょっと意外だったのでお聞きしてみたくなりました。クロフツとは逆に、カー+三津田という組み合わせは最強というか、ああそうだろうな、という印象を読者の誰もが持つと思うのですが……。


三津田 でしょうね(笑)。カーは『夜歩く』の犯人にのけぞりましたが、あの密室トリックはよく理解できませんでした。密室なら『爬虫類館の殺人』が、文字通り完全密室を扱っていて、とても感心しました。『連続殺人事件』も好きです。


――舞台は雰囲気十分だし、笑いもあるし、で良い作品ですよね。


三津田 怪奇+密室では『赤後家の殺人』の設定が、なんとも魅力的で。開かずの間に籠った者が、呼びかけに答えて返事をしている。それが、ぷつっと途絶える。慌てて部屋に入ると、殺されている。しかも死後、数時間が経っている。では、いったい誰が返事をしていたのか……? いいですよねぇ。


――謎の類型を作ったという意味でも『赤後家の殺人』は重要な作品だと思います。カーの密室といえば必ず書名のあがる、『三つの棺』についてはいかがでしたか?


三津田 『三つの棺』は、当時は文庫で出ていなくて。ハヤカワ・ポケット・ミステリでも絶版だったのかな? そもそも奈良の本屋には、ポケミスがなかったですから。実は本作を読むよりも前に、僕はハワード・ヘイクラフト編『推理小説の美学』で、例の「第十七章 密室講義」だけ目を通していたんです。それでよけいに読みたくなって。


――お、十代のときからそんな渋い研究書に目を通されていましたか。レイモンド・チャンドラー「単純な殺人芸術」やエドマンド・ウィルスン「誰がロジャー・アクロイドを殺そうとかまうものか」といったアンチ・ミステリーの評論も載った、刺激的な一冊です。


三津田 前後して九鬼紫郎『探偵小説百科』を買った記憶もあります。二冊とも、子供には高かったと思いますが(笑)。それで『三つの棺』がのちに文庫で出てときは、嬉しかったですねぇ。当時は本屋に行って、そこではじめて目にするので、驚きもひとしおです。もっとも読後、あの真相には???という感じでしたけど。


――文章を読んだときはそうか、と思うけど、いざ実際に想像してみようとすると、頭に疑問符が浮かびますよね。


三津田 この本格ミステリ嗜好は、そのまま高校、大学へと続いていきます。ただ、年齢が上がるにつれ、本格以外の作品も読むようになるのですが、それはあくまでもミステリの勉強のためというか、結局は本格が一番面白いと再認識するために読んでいたようなもので(笑)。


――本格マニアの誰もがたどる道です(笑)。


三津田 さっきの『推理小説の美学』だけではなくて、ミステリの評論書や研究書にも、中学生のときから手を出してました。大して理解していたとは思えませんが、とにかく目についたミステリ関係の本は買う、読む、または積ん読、という感じでした。


――とにかく最初から理論派のミステリーファンだったんですねえ……。


(つづく)

黄色い部屋の謎 (創元推理文庫)

黄色い部屋の謎 (創元推理文庫)

赤い館の秘密 (創元推理文庫 (116-1))

赤い館の秘密 (創元推理文庫 (116-1))

厭魅の如き憑くもの (講談社文庫)

厭魅の如き憑くもの (講談社文庫)

百蛇堂 (講談社ノベルス)

百蛇堂 (講談社ノベルス)

十三の呪 死相学探偵1 (角川ホラー文庫)

十三の呪 死相学探偵1 (角川ホラー文庫)

ポンスン事件 (創元推理文庫 106-2)

ポンスン事件 (創元推理文庫 106-2)

夜歩く (創元推理文庫 118-14)

夜歩く (創元推理文庫 118-14)

爬虫類館の殺人 (創元推理文庫 119-2)

爬虫類館の殺人 (創元推理文庫 119-2)

連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)

連続殺人事件 (創元推理文庫 118-10)

赤後家の殺人 (創元推理文庫 119-1)

赤後家の殺人 (創元推理文庫 119-1)

三つの棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-3)

三つの棺 (ハヤカワ・ミステリ文庫 カ 2-3)

ミステリーとホラーの狭間で・三津田信三さんの巻 第1回(構成・杉江松恋)

 お待たせしました。2010年最初の「週末招待席」を今週から六回にわたってお送りしていきます。第二回のゲストは、先月末に刊行された『水魑の如き沈むもの』が大好評の三津田信三さん。ご存じのとおり、ホラーの雰囲気と本格ミステリーの謎解きを融合させた、新しい境地を拓きつつある作家さんです。その三津田さんが、筋金入りのミステリー読みだった時期があるとか。今回はさっそくその辺からお話をうかがってみました。

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)

水魑の如き沈むもの (ミステリー・リーグ)


――今回は企画にご協力をいただき、ありがとうございます。聞けば、正月気分返上で年末年始もお仕事をされていたとか。そんなときに本当に申し訳ありません。


三津田 いえいえ。翻訳ミステリー振興のためにお役に立てるなら、もう喜んでご協力をいたします。今の僕があるのも、根っ子に翻訳物が存在するからだと思うんです。今日はなんでも聞いてください。


――以前に雑談でお話をうかがった際、三津田さんがかなり紆余曲折を経たミステリー読みだということがわかって、私は非常におもしろかったんです。今日はその読者歴を中心にお伺いしたいのですが、まずは定番で子供のころ最初に読んだ翻訳ミステリーからお聞きしたいと思います。


三津田 僕が小学生のころ、はじめに読むミステリというと、江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」か、「ホームズ」か「ルパン」のジュヴナイルだったと思います。僕は「少年探偵団」ですが、そこから「ホームズ」や「ルパン」へは、なぜか進まなかった。


――そっちのメジャーなコースではなくて……。


三津田 はい。それじゃ最初に読んだ海外ミステリとは? と考えて思い出しました。学習研修社から出ていた「少年少女サスペンスシリーズ」です。これは「推理編」が10冊、「冒険編」が10冊あって、当時は純粋なミステリよりも冒険的なお話が好きだった僕に、ちょうど良かったのかもしれません。


――少年少女サスペンスシリーズですか! なかなか渋いところにきますね。フライシュマン、ルネ=ギヨなど、児童文学の高名な作家が書いたジュヴナイルの推理小説・冒険小説を集めた名シリーズです。ちなみに、冒険編の一冊ジェイムズ・マーシャルの『さばくのぼうけん旅行』は映画にもなったJ・V・マーシャル『美しき冒険旅行』(角川文庫)と同じ本ですね。最初に手にとった一冊がどれだったかは、記憶しておられますか?


三津田 うーん……、よく覚えていません。ただ、「少年探偵団シリーズ」や「ジュール・ベルヌ」のジュヴナイルもそうでしたが、子供ですから、やっぱりタイトルと表紙に惹かれるわけです。そう考えると、「推理編」には『ダン警部の24時間』、『メニエ騎士像のなぞ』、『海に消えた男』、『赤いUの秘密』、『地下室の少年探偵団』などが、「冒険編」には『山上にひるがえる旗』、『真昼のゆうれい』、『377号機関車の男』、『カイツブリ号の追跡』、『コーンウォールの聖杯』などがありましたので、最初に手に取ったのは『赤いUの秘密』かもしれませんね。本作と『メニエ騎士像のなぞ』が、一番印象に残っているタイトルなんです。


――『赤いUの秘密』の作者はヴィルヘルム・マッティーセン。ドイツの作家でしょうか。調べたところ、邦訳はないようですが民話集の著書があるようですね。『メニエ騎士像のなぞ』の作者はアンドレノートン。SF、ファンタジーの分野ではたいへんに有名な作家です。そのころ同級生とジュヴナイル・ミステリーについてお話とかはされていましたか?


三津田 いえ、友だちとミステリの話をした覚えは、ほとんどありません。友だちが一緒だと普通に遊んで、ひとりのときに読書をしていたからだと思います。


――『ダン警部の24時間』は、後に〈てのり文庫〉などでも復刊されましたが、それを見比べながら「やっぱ少年少女サスペンスシリーズの表紙の方がいいよねえ」とか。


三津田 そういう濃い話は友だちとはあまり(笑)。『ダン警部の24時間』は、確かダン警部の顔が大きく描かれていたような?


――その他に印象深い作品はありますか?


三津田 どの作品もお話はまったく覚えていませんが、『海に消えた男』で、男が海の上を歩く……という不可能状況の設定だけは、記憶に残っています。まぁトリックは子供心にも、おいおい……と思いましたが(笑)。


――ジョン・ガン。国会図書館のデータベースだと、一七六五年生まれで一八二四年没(?)となっていますね。これはすごく気になるので、私も図書館で借りて読んでみます。


三津田 あと『コーンウォールの聖杯』で、はじめてイギリスのコーンウォール地方のことを知ったのも、印象深いです。「コーンウォール」という響きに、僕は魅せられてしまって。


――スーザン・クーパーですね。〈闇の戦い〉シリーズが有名なファンタジー作家で、故・浅羽莢子さん訳で結構本が出ています。学研のそのシリーズ以外では、どのような本を読んでおられたのでしょうか?


三津田 ジュヴナイル版のディクスン・カー『どくろ城』やブレット・ハリディ『奇妙な殺人』など読んでいました。


――『どくろ城』は氷川朧訳で講談社〈少年少女探偵小説全集〉、白木茂訳で集英社〈ジュニア版世界の推理〉とありますが、どちらでしょうね。『奇妙な殺人』の書名は、私は覚えていませんでした。ハリディのジュヴナイルは、完璧な書誌がないようです。


三津田 うーん、どっちでしょう? 『奇妙な殺人』は、マイケル・シェーン物の第一作『死の配当』だったと思います。はじめて読んだハードボイルドですね。確か表紙にネグリジェを着たお姉さんの絵があって、「なんか違うぞ?」と感じたことを、よく覚えています(笑)。解説は中島河太郎さん(?)で、謎解きミステリの名探偵はもっぱら頭を使うが、ハードボイルドの探偵は自らが事件の渦中に飛び込んで行動する、みたいな説明があったはずです。


――表紙にネグリジェというのが、あまりジュヴナイルらしくないですね(笑)。


三津田 そうそう、ジェームズ・ヒルトンの『学校殺人事件』が新刊として出て、読みたかったけど図書室には入らず、ちょっと買うまでは……という思い出もあります。結局、中学生のときだったかな、大人版『学校の殺人』を読みました。小学生のときは、謎に魅了されて、謎解きにわくわくするというミステリ的な読み方よりは、スリルやサスペンス、冒険的な面白さを楽しんでいたような気がします。


――その三津田さんが、どの辺で謎解きのおもしろさに目覚めたのか、冒険小説への関心はその後どうなっていったのか、という点をお聞きすると、次の質問につながってくるでしょうか。次回は、初めて読んだ大人向けミステリーが何だったかを、お聞きしたいと思います。


(つづく)

死の配当 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

死の配当 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

翻訳ミステリーの子供・小路幸也さんの巻 最終回(構成・杉江松恋)

 小路幸也さんをお招きしての「週末招待席」もついに最終回になってしまいました。お忙しい中、時間を割いて質問に答えてくださった小路さんには心から感謝します。実はこのインタビュー、直接お会いしてのものではなくて、メールの質疑応答を会話の形に起こしたものなんです。何回もメールのやりとりをしていたので、最後の方には小路さんが昔からのメル友であるかのような錯覚をしてしまったほど。さて、今回の質問ですが……。


(前回の記事を読む)


――そろそろ時間もなくなってきてしまいました。名残惜しいですが、最後の質問です。小路さんが最近読んでおもしろかった翻訳ミステリーを教えてください。この最近というのは、文字通りいちばん近くで、という意味でも、ここ数年のうち、という意味でも結構です。何か一冊を挙げていただければ。


小路 ううーん、作家になってからすっかり読書ペースが落ちてしまい、なかなかなので、最近、でもないんですけど(笑)、もっとも「これだ!」と唸ったのはイアン・ランキンリーバス警部シリーズですね。読むことにスレてなおかつ年取ってしまうと、なかなか のめりこむように読むことができなくなるんですけどリーバス警部シリーズにはのっけから引き込まれました。なんでしょう。やっぱりロックだからでしょうか。


――ランキンはローリングストーンズ・マニアで自著のタイトルにも使っているくらいですし。


小路 そうそう、それで思いつきましたけど、やっぱり翻訳ミステリーには音楽が流れてくるんですよね。ロックだったりポップスだったりジャズだったりときにはアイリッシュフォークだったりイギリス民謡だったり。それも翻訳ミステリーを読む魅力のひとつだと思います。そうか、きっと僕はジャズやロックやポップスが流れてくるような日本語の物語を書きたいんですね。また思わぬ自分自身に気付きました。ありがとうございました。


――こちらこそ、本当にありがとうございます。


(小路幸也さんのインタビューを第1回から読み返す)




(プロフィール)
小路幸也 しょうじ・ゆきや
北海道旭川市生れ。札幌市の広告制作会社に14年勤務。退社後執筆活動へ。2003年に『空を見上げる古い歌を口ずさむ pulp-town fiction』で第29回講談社メフィスト賞を受賞し、デビューを果たす。2006年、古書店を経営する大家族が主人公の『東京バンドワゴン』を発表し、ミステリー以外の読者からも注目を集めた。著書多数。北海道江別市在住。

 小路さんの最新作『リライブ』が12月22日に新潮社から発売されました!

リライブ

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紐と十字架 (ハヤカワミステリ文庫)

紐と十字架 (ハヤカワミステリ文庫)