ミステリに似た人〜C・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』(執筆者:ストラングル・成田)

 
 ミステリの歴史は、現実の犯罪と切っても切れない面がある。例えば、ポオ「マリー・ロジェの謎」は、現実の殺人事件をモデルに謎解きを適用した例だし、19世紀に特にイギリスで探偵小説の隆盛がみられたのも、犯罪事件に対する国民の熱狂が背景にあることは、 R・D・オールティック『ふたつの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション』ルーシー・ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』などの本で説かれている。
 謎解きを主題にしたより人工的な黄金時代の作品にあっても、例えば、ヴァン・ダイン『ベンスン殺人事件』『カナリヤ殺人事件』は現実の殺人事件を下敷きにしているし、アントニイ・バークリードロシー・セイヤーズの作品にも作者が現実の犯罪を探究した痕跡が残されている。
 ミステリ(それが謎解き興味を主軸にした探偵小説であっても)は、現実の犯罪と合わせ像の関係にある。ミステリは、現実の犯罪の複雑性や多義性、非合理性を取り払って整序された、犯罪と謎解きの一種の理想郷であり、逆に現実の犯罪側からみるとそれはフィクション化された現実の歪んだ像という関係になるだろう。そんな現実の犯罪と小説の似て非なる関係を考えてみるのに、ふさわしい犯罪ノンフィクションが刊行された。
 

彼女たちはみな、若くして死んだ (創元推理文庫)

彼女たちはみな、若くして死んだ (創元推理文庫)

 チャールズ・ボズウェル『彼女たちはみな、若くして死んだ』は、1949年に米国で発刊された犯罪実話集。19世紀末から1936年まで若い女性が犠牲になった英米の10の犯罪が扱われている。当時、ミステリと並んで盛んに読まれていたわりに、この時代の犯罪実話集が刊行されることは珍しい。著者は、7年間の私立探偵経験もある犯罪ジャーナリストで、本書は雑誌に掲載した犯罪実話から精選された著者最初の著作という。
 川出正樹氏の解説で詳しく触れられているとおり、本書は、米国のミステリ作家ヒラリー・ウォーに強烈なインパクトを与え、その影響の下で書かれた『失踪当時の服装は』(1952) によって、「警察捜査小説」というジャンルの確立に間接的に寄与しているとのことだ。
『失踪当時の服装は』は、現実に発生した女子大生失踪事件を基に、事実と客観描写を積み重ねるドキュメンタリータッチで警察当局が試行錯誤を繰り返し謎に迫る小説で、その掟破りの結末のインパクトとともに、ミステリのスタイルに革新をもたらした。
 (ちなみに、この女子大生の失踪事件(ポーラ・ジーン・ウェンデル事件)は、先ごろ紹介されたシャーリイ・ジャクスン『絞首人』(別題『処刑人』)の基にもなっている。)
 一読すると、『失踪当時の服装は』の手法が、本書のスタイルに大きな影響を受けていることは明らかだ。
 例えば、冒頭の一編「ボルジアの花嫁」は、19世紀末のニューヨーク、上流階級の若いレディ向けの教養学校で学生ヘレンが急逝する。直前に飲んだホットチョコレートが原因にも思われる不審な死であったが、駆けつけた母親が娘の腎臓に障害があった旨を警察に告げ、死体は解剖されずに埋葬される。殺害の線を捨てきれない警察は、女性刑事を掃除婦として潜入させゴシップを収集するなど、周辺事情の捜査を始めるうちに、ヘレンに極秘結婚した過去があることを突き止める…。さらに、意外な花婿の正体やその動機、隠ぺい工作が明らかになるところなどは、佳品の短編ミステリを読むような味わい。唾棄すべき犯人像ではあるのだが、その内面に触れられることはなく、結末では犯人が電気椅子で処刑されたことが読者に告げられる。約30頁でこれだけドラマティックな展開があるにもかかわらず、事実に即して淡々と語られるので、秘められた歴史の一端に触れたような重みがある。
 その叙述は、淡々と事実のみを積み重ねるというよりも、(おそらくは著者が想像した) 関係者の会話が続くなど小説的な技法を用いた部分も多いのだが、センセーショナリズムや著者の主観は極力排除され、事件関係者の内面には立ち入らないという姿勢は一貫している。ハードボイルド小説のように、そこに描かれた事実のみから読者の感情に訴えかけるものが立ち昇るのである。
 
 読み進むうちに、読者は、“まるで小説のような”“小説ではありえない”との思いを行き来することになる。
 ランベスの毒殺魔」は、切り裂きジャック事件のような(実際、犯人はジャックの正体に擬せられたこともある)警察を嘲弄する、19世紀ロンドンの連続娼婦殺し。「彼女が生きているかぎり」(1924英国)は、財産取得の詭計を扱って、肉付けすれば、カトリーヌ・アルレーの小説になりそうだ。
青髭との駆け落ち」(1924・英国)は、リゾートの高級バンガローでの金髪美女バラバラ殺人。同じバンガローには、別の黒髪の女がいた痕跡も残り、事件は混迷を極める。小説であれば、別の女性がいた理由は「不自然すぎる」と却下される類のものだが、現実の事件であれば犯人の性向を示すものとして薄ら寒く会心できるものである。
「サラ・ブリマー事件」(1910・米国) は豪邸での美人家庭教師殺し。本格ミステリ風の筋立てだが、小説であれば登場しないような犯人像と愚かすぎる偽装工作が逆に胸を衝く。
 
 いずれも、二次大戦以前の事件であり、今様のショッキング要素は少ないクラシカルな事件だが、犯罪事件を通じて人間の欲望と悪意、怒りと悲しみという普遍の真実には触れられる。
 犯罪ノンフィクションとしては、後年、MWA賞(最優秀犯罪実話賞)も受賞したトルーマン・カポーティ『冷血』(1966)のように、事件関係者に徹底的なインタビュー等を基に、加害者の死刑執行も含め犯罪の全容を冷徹に描き、作者自らノンフィクション・ノベルと称した革新的スタイルも登場するが、ボズウェルの作品はその過程に位置しているともいえる。 
 現実の犯罪がプロットの霊感源になり、犯罪を語るスタイルがミステリの手法に変革をもたらしたように、ミステリと犯罪の相補的な関係は、今後とも続いていくのだろう。
   

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita
  

二つの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション (異貌の19世紀)

二つの死闘―ヴィクトリア朝のセンセーション (異貌の19世紀)

イギリス風殺人事件の愉しみ方

イギリス風殺人事件の愉しみ方

カナリヤ殺人事件 (創元推理文庫 103-2)

カナリヤ殺人事件 (創元推理文庫 103-2)

処刑人 (創元推理文庫)

処刑人 (創元推理文庫)

絞首人

絞首人

冷血 (新潮文庫)

冷血 (新潮文庫)

 

発端は重要、されど〜 E・C・R・ロラック『殺しのディナーにご招待』他(執筆者:ストラングル・成田)

 
 パーティなどで「ミステリをどこから書きはじめたらよいか分からない」とこぼす人がいるらしい。作家のH.R.F.キーティングは、こうした問いに、執筆を粥(ポリッジ)づくりに例え、アイデアというオート麦を、想像力という火で煮て、それと相反する理性というスプーンで外部から合理的思考を加えるようにかきまぜる、という言い方をしている(『ミステリの書き方』[早川書房])。
 「どこから書きはじめたらよいか」と問う人には、 E・C・R・ロラック『殺しのディナーにご招待』の発端は、とてもいい教材になるかもしれない。
 

殺しのディナーにご招待 (論創海外ミステリ)

殺しのディナーにご招待 (論創海外ミステリ)

 創元推理文庫マクドナルド警部物第三弾『曲がり角の死体』で、秀作と銘打ってもいいロラック作品に当たったと思ったのだが、この作品で新訳は当面打止めのようだ。しからば、というわけでもないだろうが、論創海外ミステリで繰り出してきたのが、本書『殺しのディナーにご招待』(1948) 。
 とにかく発端がいい。
 ロンドンのソーホーにある人気レストラン「ル・ジャルダン・デ・ゾリーヴ」。その地下食堂で開催される「マルコ・ポーロ」クラブという文筆家のディナー・パーティに、新規会員として八人の文筆家が招待される。超一流の文筆家しか入会が許されない格式の高いクラブゆえ、招待された面々は胸を弾ませてパーティに集まるが、何か様子がおかしい。主宰者や正式会員が一向に現れないし、業界の問題児トローネも招待されているらしい。やがて、招待者たちはトローネのペテンにかつがれたらしいと結論を出し、料理を堪能してお開きになるが、その一時間後、地下食堂の配膳台の下から当のトローネの死体が発見される……。
 
 日本で最初にロラックが邦訳された『ウィーンの殺人』(1956/翻訳は1957) の解説で、植草甚一が本書の冒頭を紹介した上で、「発端の面白いもの」と評している(会長が死んでいた、と多少誤った紹介になっているが) 。
 本書の設定は、英国ミステリによくある特徴的な小集団内の事件なのだが、ただの文筆家ではなく、旅行家であって文筆家というかなり特殊な集団という設定も風変りだ。だから、本や出版が終始話題になるなど、一風変わったビブリオミステリの趣もある。
 珍しく、発端について長く触れたのは、いくつかのロラック作にみられるように、本書の最高潮の部分は、どうやら奇抜な発端にあったらしいからだ。
 招待者たちが探偵行為を行ったり、関係者が交通事故にあったりと物語は動いていき、マクドナルド警部の例によって地道な捜査は続くものの、登場人物の一人が200頁を過ぎて「何もかも曖昧模糊」と発言しているというとおり、トローネを殺す機会があったのは誰なのか、招待者は誰なのかといった核心に迫る部分はなかなか明らかにならない。
 結末に至れば、それなりに意外な犯人は設定されているし、アリバイトリックもあり、動機も毛色の変わったもの。それでも、モヤモヤしてしまうのは、犯人特定の決め手が薄いこともあるが、結末までに確定した事実が少なすぎて、マクドナルド警部の絵解きを聴いても、考えられうる解の一つとしか思えないところにある。謎解きに説得力をもたすためには、解決に至る過程で主要な事実のピン止めが必要だ。加えて、冒頭の奇抜な設定は何のためかという点に関して、いちおう説明があるものの、にわかには納得しがたいのも減点要素。
 冒頭のキーティングのことばを借りれば、本書に関しては、発端の奇抜さという部分への想像力が勝ちすぎた、といえるのではないか。
 
平和の玩具 (白水Uブックス)

平和の玩具 (白水Uブックス)

 白水社uブックス、サキのオリジナル完訳短編集の第三弾。既刊の『クローヴィス物語』は第三短編集、『けだものと超けだもの』は第四短編集で、本書『平和の玩具』は作者没後に編纂された第五短編集に当たる。全33編収録。最近では、『四角い卵』(風濤社) で、この『平和の玩具』から5編が紹介されていのも記憶に新しいところ。
 G・K・チェスタトンの序文、編集者によるサキ追想、訳者による貴重な書簡等の紹介「親族たちが述べたサキ」(収録の資料の全文発表は商業出版では英語を含めて世界で初めてという) に加えて、エドワード・ゴーリーの挿絵を収録した充実版。
 『クローヴィス物語』『けだものと超けだもの』の統一された意匠こそないものの、奇想や機知、シニカルなユーモア、怜悧な人間観察などサキの特徴として挙げられる要素が本書収録の短編にもたっぷり盛り込まれている。とはいえ、作品から受ける印象には、思いのほか幅があり、例えば笑いの要素をとっても、チクリとした蜂のひと刺し的なものから「バターつきパンを探せ」「謝罪詣で(カノツサ)」「ヒヤシンス」といったスラプスティックに近い作品もある。
 サキの皮肉や揶揄の対象は、社交をはじめとする中・上流階級の価値観を維持するために体面をとりつくろう人々に多く向かうが(「はりねずみ」「七つのクリーマー」等)、そのいじましいまでの必死さが、読者の思い当たるところでもあり、普遍的なおかしみにもつながっている。アイデア勝負、オチの意外性が最大の眼目というわけではないから、ときに奇想を交えた話の運びや会話の妙を何度も味わえる。
 私的に三つを挙げるなら、異色の誘拐ミステリとしても読める「クリスピーナ・アムバーリーの失踪」、誤った虎猫殺しの顛末を描いた“恐るべき子供たち”物「贖罪」、ショーウィンドウに飾られた高慢な人形に子どもたちか妄想を膨らませていく「モールヴェラ」になろうか。
 
 作品の特徴から、その作家像については、狷介とか冷笑家のイメージが湧いてしまうが、本書の序文や親族の手紙からはまったく異なる像が浮かんでくる。
 「四十になっても、オックスフォード・サーカスの新年を祝う街頭で見ず知らずの人と手をつないで輪になって踊る」人(「へクター・ヒュー・マンロー追想)であり、「実人生では明朗快活で優しく、とても我慢強い人」(従弟の手紙) であったという。一次大戦が勃発すると、四十代半ばにもかかわらず、一兵卒として志願し、過酷な歩兵隊に従軍、戦死した。サキは同性愛者であったという説が英文壇には根強いが、訳者によると、これといった確証や相手の名すら伝わっておらず、親族は手紙の中でこれを強く否定している。
 サキは、保守主義者で愛国者でありながら、上流中流の価値観には皮肉と揶揄の手を緩めなかった。そのアンビバレンツがゆえに作品には品格と毒が同居しており、今後も特異な輝きを放っていくことだろう。
 
アガサ・クリスティーの大英帝国: 名作ミステリと「観光」の時代 (筑摩選書)

アガサ・クリスティーの大英帝国: 名作ミステリと「観光」の時代 (筑摩選書)

 本書によれば、ミステリと観光は、同い年だそうである。1841年、ポー「モルグ街の殺人」をもってミステリが始まったのと同じ年、英国のトマス・クックが禁酒運動大会開催の団体ツアーを組み、これが近代観光業(ツーリズム)の端緒になったという。クリスティー作品に観光の要素が多く含まれることは周知の事実であり、本書は、観光の観点からクリスティーの作品を分析し、20世紀大英帝国の変容を明らかにする面白い切り口の論考だ。著者は、作家で都市計画史・観光史家の専門家。
 確かに、作品史をたどれば、『青列車の秘密』『オリエント急行の殺人』は、旅行と切っても切れないものだし、自身の失踪事件後、『ナイルに死す』などに反映される中東への旅は、第二の伴侶の考古学者マローワンを得るなど、作者の転機にもなっている。
 
 しかし、戦後は? 著者の分析によれば、戦中の『書斎の死体』『動く指』あたりから、作品の舞台は田園ミステリに比重が移ってくる。当時、英国政府が行っていた国土計画にもこの田園重視の姿勢が反映されているというから面白い。50年代から60年代に書かれたミス・マープルシリーズ七編のうち、マープルの暮らすセント・メアリー・ミードを舞台にしているのは一作のみというのは意外な感じがするが、著者の指摘によれば、英国のユートピアであった田園も、『予告殺人』(1950)にみられるように、「よそ者が跳梁跋扈する失楽園へと変容していく。ミス・マープルの晩年の旅は過去への旅になる、という指摘も大いにうなずけるだろう。
 クリスティーをダシにして観光や大英帝国の変容を語るというのではなく、クリスティーの作品史・生涯に即して語るという筋を通しているので、クリスティーの作品に親しんでいても彼女の生涯に不案内な読者は、作品と人生の意外なほどの結びつきについても概観できる。ミステリも時代の産物である以上、同じ時代を呼吸しているものであり、二次大戦を挟んで50年以上書き継がれたクリスティー作品は、今後とも同時代史の恰好の素材を提供していくことになるのだろう。
  

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita
  

ミステリの書き方

ミステリの書き方

海外ミステリ名作100選―ポオからP・Dジェイムズまで

海外ミステリ名作100選―ポオからP・Dジェイムズまで

 
曲がり角の死体 (創元推理文庫)

曲がり角の死体 (創元推理文庫)

鐘楼の蝙蝠 (創元推理文庫)

鐘楼の蝙蝠 (創元推理文庫)

ジョン・ブラウンの死体 世界探偵小説全集 (18)

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クローヴィス物語 (白水Uブックス)

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けだものと超けだもの (白水Uブックス)

けだものと超けだもの (白水Uブックス)

四角い卵 (サキ・コレクション)

四角い卵 (サキ・コレクション)

 
オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

オリエント急行の殺人 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

動く指 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 
荷風とル・コルビュジエのパリ (新潮選書)

荷風とル・コルビュジエのパリ (新潮選書)

 

「奇妙」に関するコンセプト・アルバム〜中村融編『夜の夢見の川』他(執筆者:ストラングル・成田)

 

 
『夜の夢見の川』は、『街角の書店』に続く〈奇妙な味〉の短編アンソロジー。本邦初訳5編を含む12編を収録している。シオドア・スタージョン、G・K・チェスタトンといったビッグネームもいるが、半数以上は、ミステリファンにはあまり知られてない作家の作品。SF作家が多いものの、作品は、ほぼすべて現実の世界を舞台にしている。
 編者の中村融氏は、本書と前作との違いについて、「短めの作品を並べた前作に対し、読み応えのある中編を要所に配したこと」「比較的新しい作品を交ぜたこと」に加え、前作の「グラデーションのような配列という趣向を排したこと」などを挙げている。しかし、前作で「作品の選び方は大事だが、作品の並べ方はそれ以上に重要」と書いていたように、本作の並べ方もまた秀逸で、読後は、充実したコンセプト・アルバムを聴いたような趣がある。
 冒頭は、重金属ギターが空気を切り裂くようなハード・ロック(クリストファー・ファウラー「麻酔」)で始まり、最後は、曲調の転換と変拍子を擁するスケールの大きいプログレッシヴ・ロック(カール・エドワード・ワグナー「夜の夢見の川」)で終わる、という具合に。途中には、バーレスク風の曲もあれば、メランコリックでリリカルな曲もある。前作同様、「奇妙さ」のバラエティを盛り込みつつ、知られざる個々の作品のクオリティは高い。
「麻酔」は、ブラジル・ナッツで歯が割れた男が歯医者で遭遇した事件。今後、歯医者の治療椅子に座ったら思い出さずにはいられないトラウマ作。
 ハーヴィー・ジェイコブズ「バラと手袋」は、いじめられっ子だった同級生の生涯をかけた蒐集にまつわる奇譚。とぼけた味わいながら、何かが胸に刺さったような余韻のある作品。女性作家キット・リード「お待ち」は、母子が迷い込んだ田舎に伝わる異習を描いてシャーリイ・ジャクスン「くじ」を思わせるような衝撃作で、古典的な風格すら漂っている。ケイト・ウィルヘルム「銀の猟犬」は主婦の満たされない心象風景と「銀仮面」的テーマを結びつけてじっくり読ませる。ロバート・エイクマン「剣」は、見世物小屋の少女に魅せられた少年の奇怪な体験で、この世の深淵を覗き込ませる。「夜の夢見の川」は、護送車の事故から逃げ出した若い女がたどり着いた館での異常なできごと。緊迫感に満ちた滑り出し、夢魔と官能が入り混じる展開、一冊の書物を媒介に時空が歪んでいくような結末、いずれもがスリリングだ。
 
「奇妙な味」は、もともとチェスタトンらの短編ミステリにある「無邪気な残虐」とでもいうべき傾向を江戸川乱歩がこう呼んだものだが、本書の作品群が扱う「奇妙」さは、必ずしもこうした傾向の作品にとどまらないから、本書の「奇妙な味」はその拡張版ともいえよう。
「剣」の主人公の少年は、「たいていの場合、われわれは自分の本当にほしいものがなにかわかっていない、さもなければ、それを見失う」「そしてわれわれが本当にほしいものは、総じて人生にはぴったりと当てはまらない、あるいはめったに当てはまらない」(中村融訳)と述懐する。この言葉は、本書の幾つかの短編の登場人物にもぴったりと当たっているようにみえる。なにかわかっていない本当にほしいもの、名付けようのない不定形な欲望が周囲と摩擦を起こすとき、「奇妙」という火花がスパークするのかもしれない。
  エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事4』は、価値のないもの専門の怪盗ニック・ヴェルヴェット全集の第4弾。刊行も順調で、あと2巻で完結予定。訳者の木村二郎氏にもなんとか完走しきってもらいたいものだ。本書収録の15編中、初めて訳される短編が6編。巻末リストによると、45作目から59作目の作品に当たる。
 既に、シリーズ40作を超え、各編工夫を凝らしても、繰り返しのマンネリズムは避けられない。そこで、新キャラとして投入されたのが、本書の巻頭「白の女王のメニューを盗め」に登場する女怪盗サンドラ・パリス、と筆者はにらんでいる。
 このサンドラ、『鏡の国のアリス』にちなんで「白の女王」と呼ばれ、モットーは「不可能を朝食前に」、元女優でプラチナブロンドの美女。単に彩りを添えるというのではなく、作品に怪盗同士のコンゲーム的駆引きという新しい要素が追加され、シリーズに新たな魅力をもたらしている。冒頭作以外にも、いくつかの短編で、このサンドラが登場するから、ニックとの対決あるいは協調も、お楽しみの一つ。
 それと、これも、マンネリ打破の一つなのか、第一作から登場するニックのガーフレンド、グロリアとの関係にも変化が生じてくる。なんと、「枯れた鉢植えを盗め」事件では、17年もニックと一緒に暮らしたグロリアに別の求婚者が現れ、彼女は家を出ていってしまうのだ。ニックとの仲がどうなってしまうのか、こちらも目を離せない。
 ニックは全米各地を飛び回るほか、スペインやカリブの小国に出かけるなど舞台の目先を変え、内容面でも、不可能犯罪(「白の女王のメニューを盗め」「図書館の本を盗め」「消えた女のハイヒールを盗め」)あり、フーダニットあり、宝探しありといった具合に、本線の「盗み」以外にも数々の趣向を凝らしている。盛り沢山すぎて謎解きの納得度が十分でない短編もあるが、衰えを知らないアイデアの数々には、ひょっとして、ホックはしばしばニックを雇っていたのではないかと疑われるほどである(アイデアに「価値がない」とはいえないからそれはないか) 。
  

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita
  

スパンキイ (創元推理文庫)

スパンキイ (創元推理文庫)

闇がつむぐあまたの影 (創元推理文庫―ケイン・サーガ)

闇がつむぐあまたの影 (創元推理文庫―ケイン・サーガ)

過去が追いかけてくる (扶桑社ミステリー)

過去が追いかけてくる (扶桑社ミステリー)

翼のジェニー〜ウィルヘルム初期傑作選 (TH Literature Series)

翼のジェニー〜ウィルヘルム初期傑作選 (TH Literature Series)

奥の部屋: ロバート・エイクマン短篇集 (ちくま文庫)

奥の部屋: ロバート・エイクマン短篇集 (ちくま文庫)

 
怪盗ニック全仕事(2) (創元推理文庫)

怪盗ニック全仕事(2) (創元推理文庫)

サム・ホーソーンの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

サム・ホーソーンの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

サイモン・アークの事件簿〈1〉 (創元推理文庫)

 

小説家の「罪」を描いたブラックコメディ〜M・イネス『ソニア・ウェイワードの帰還』(執筆者:ストラングル・成田)

   

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)

ソニア・ウェイワードの帰還 (論創海外ミステリ)

 
 久しぶりのマイケル・イネスだ。
 40冊を超えるミステリを残した英国ミステリの大家ながら、一般の知名度はいまひとつ。
 翻訳のまずさから「難解」「晦渋」あるいは「高踏的」といった形容詞が作品にまとわりついた時期もある。
 傑作『ある詩人への挽歌』の邦訳を皮切りに、ファンタスティックな作風や本格ミステリとしてのユニークネスが徐々に我が国でも支持を集め、愛読者の広がりを実感していただけに、9年前の『霧と雪』を最後に長編の翻訳が途切れてしまったのは口惜しかった。
 イネス流の空想の翼を広げるミステリに魅かれる読者にとっては、『ソニア・ウェイワードの帰還』(1960) は、その渇をいやすものだ。
 
 イネスの多くの作品で探偵を務めるのは、ジョン・アプルビイ警部(後に警視総監まで昇進) だが、本作はノンシリーズ作品。本書の前評判は高く、その確かな鑑賞眼と批評性で我が国の翻訳にも大きな影響を与えたH.R.F.キーティング『海外ミステリ名作100選』にも選出されている(ちなみに、同書では、アプルビイ警部物『アプルビイズ・エンド』も選出) 世界探偵小説全集の月報に寄せた若島正氏のイネスに関する一文でも、シリーズ物以外の推奨作としてこの『ソニア〜』が挙げられていたし、森英俊編著『世界ミステリ作家事典【本格派編】』でも、中期の代表作とされていた。
 初期には、絶海の孤島に流れついた男女が殺人事件に遭遇し、果ては国際的な陰謀に巻き込まれていくという破天荒な設定で、アプルビイ警部が主役を務める作品『アララテのアプルビイ』もあったが、40年代半ば以降、シリーズ物ではできない趣向をノンシリーズで手がけるようになったとおぼしい。
 本業は英文学の教授であるがゆえに、イネスの特徴の一つとして、文学的教養に富んだ文章が挙げられ、一方で、一般の読者を遠ざけていた面が否めない。本書にも、作家名や文学的な蘊蓄は頻出するが、それらを適度な彩りとして割り切れば、初期作より、はるかに読みやすい。
 
 『ソニア〜』の冒頭の章は、こんな感じ。
 本書の主人公、退役した陸軍軍医であるペティケート大佐は、茫然と妻ソニアを見下ろしていた。ヨットでの小旅行中の妻の突然死。おそらくは、循環器系の障害によるものだ。二人きりの旅行中での妻の死に不安に駆られた大佐は、死体に水着を着せ、海に投棄する。妻は、著名な小説家ソニア・ウェイワードで、大佐は彼女の収入に依存していた。大佐は、妻の書きかけの小説が船室のタイプライターに挟まっているのを見つけ、試しに小説に一文を追加してみる。これでいい。死んだ妻も「通常営業」を望んでいるはずだ。
 
 リアリズムを基調としながらも、やはりノーマルな小説を逸脱した導入部というしかない。病死の妻の死体を遺棄してしまうのは首をかしげるし、その直後に、文学的素養で上回ると自負しているとはいえ、妻の書きかけの小説を書き継ぐ決意をするというのもどうかしている。イネス流の奔放な設定というしかないが、この冒頭の一章から、軽はずみの決断により「妻殺しを疑われかねない夫」「女流小説家にすり替わった男性」という二つの困難を背負った男の悲喜劇が読者には予測されるわけで、以降の展開に期待を高める見事な導入でもある。同時に、内面描写により、大佐の階級意識、俗物性、自尊心、小心さ、身勝手さが浮き彫りにされているから、読者も安心しつつ、大佐に押し寄せる災難に微苦笑することができる。
 続く第二章は、ソニアの小説の出版者と大佐の対話。ソニアの死を隠し大佐が書き継いだ小説の初めの三万語は「素晴らしくみずみずしい」と評価され、大佐はその場ででっちあげた続きのプロットを出版者に語る。これが、ソニアが書いてきたロマンス小説のパロディのようになっていて、莫迦莫迦しくもおかしい。
 その後の展開も意外事の連続。
 特に、列車の中で、死んだはずの妻ソニアと出逢ってしまうくだりは圧巻で、後半の展開の重要な伏線にもなっていく。
 この後も、要所要所で、心地よく読者の予想を上回る爆弾が投下される。大佐は、ソニアは外国旅行中とごまかしを続けるが、警察官や使用人、隣人たちの介入により、大佐の陥った窮地はますます深いものになる。その一方で、大佐は、創作の喜びに目覚め、あろうことか、『若さの欲するもの』と題されたその小説は、世界最大の文学賞「ゴールデン・ナイチンゲール賞」の授与が決まってしまう……。
 
 本書は、アプルビイ物の多くを占める本格ミステリではないし、(犯罪計画は後にでてくるものの) 普通の意味での倒叙物でもない。ファース、ブラックコメディ、あるいはデイヴィッド・ロッジのいうコミックノベルに近いのかもしれない。出来心から窮地に陥った男の運命を意地悪な眼で楽しむエンターテイメント性豊かな物語。出版者や使用人、近隣の人たちの性格や言動は笑いを増幅させる。英国流ユーモアがお好きな方なら存分に楽しめる秀作だ。
 
 と、まとめてもいいのだが、蛇足めいたことを少々。
 本書には、妻になり替わって書いた小説が現実化していくという趣向も盛り込まれている。例えば、小説中の登場人物と同じ名前の主が実際のパーティ場面に登場したり、突然、小説と同様の姿で現れたり。
 イネスファンは、作家が執筆中の通俗ミステリのストーリーが次々と現実化していく『ストップ・プレス』や、小説家の構想がやはり現実化していく『アプルビイズ・エンド』を思い出すだろう。(これらにはもちろん「解決」がある)
 あるいは、デビュー作『学長の死』ハムレット復讐せよ』で、匿名で探偵小説を発表しているジャイルズ・ゴッドという学者が重要な役割を果たしていたことや、アプルビイ警部の息子ボビーが前衛小説家になることを思い起こすかもしれない。
 どうやら、イネスのファンタスティックな世界は、フィクションの自走性、あるいはフィクションのつくり手としての小説家という存在と切っても切れないようなのだ。
 さらに、本書では、後半、映画マイ・フェア・レディ(あるいは、その基となったバーナード・ショーピグマリオン)的モチーフが立ち上がってくる。
 「『マイ・フェア・レディ』も『フランケンシュタイン』も同じ話」という台詞が、同じくヘップバーン主演の映画『パリで一緒に』にあるそうだ。
 「ドブネズミからレディをつくる」(『マイ・フェア・レディ』の台詞)のも、無生物から人間をつくる(フランケンシュタイン)のも同じといえば同じ、いずれも創造者には相応の罰が待っている。
 ならば、フィクションの創造者は?
 『ストップ・プレス』第一部には、人間によく似たものをつくり、それに生命を吹き込んだ『フランケンシュタイン』談義がされる場面がある。明らかに、イネスの中では、怪物を創造したフランケンシュタイン博士と、架空の物語をつくり登場人物に命を吹き込む小説家の行為は、同じものなのである。
 ペティケート大佐は、「フィクションをつくる」「怪物をつくる」、あるいは「フィクションという怪物をつくる」という二重の「罪」を犯し、その報いを受けることになる。してみれば、自らのフィクションで栄光と悲惨を体験する大佐の姿は、小説家イネスのコミカルでほろ苦い自画像でもあるはずなのだ。
 

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita
  

ある詩人への挽歌 (現代教養文庫―ミステリ・ボックス)

ある詩人への挽歌 (現代教養文庫―ミステリ・ボックス)

霧と雪 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

霧と雪 (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)

アプルビイズ・エンド (論創海外ミステリ)

アプルビイズ・エンド (論創海外ミステリ)

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)

ストップ・プレス 世界探偵小説全集 (38)

ストップ・プレス 世界探偵小説全集 (38)

学長の死 (1959年) (世界推理小説全集〈第70巻〉)

学長の死 (1959年) (世界推理小説全集〈第70巻〉)

ハムレット復讐せよ 世界探偵小説全集(16)

ハムレット復讐せよ 世界探偵小説全集(16)

 
海外ミステリ名作100選―ポオからP・Dジェイムズまで

海外ミステリ名作100選―ポオからP・Dジェイムズまで

世界ミステリ作家事典 本格派篇

世界ミステリ作家事典 本格派篇

ピグマリオン (光文社古典新訳文庫)

ピグマリオン (光文社古典新訳文庫)

パリで一緒に [DVD]

パリで一緒に [DVD]

フランケンシュタイン (新潮文庫)

フランケンシュタイン (新潮文庫)

新訳 フランケンシュタイン (角川文庫)

新訳 フランケンシュタイン (角川文庫)

   

「邪さ」入り乱れて〜H・カーマイケル『ラスキン・テラスの亡霊』他(執筆者:ストラングル・成田)

 

『ほかの誰でもなく、あの女自身の邪さが彼女を殺した……その悪こそが、彼女の命を奪い取ったのだ』邪さ……邪さ。そんな言葉を使う人間には会ったことがない。そこにはどこか、旧訳聖書のような響きがあった」
 〜ハリー・カーマイケル『ラスキン・テラスの亡霊』より

 

「気がついたの、その……よこしまなことが……起きていることに」
 昨夜、ベッドの中で、クリスに会った時のリハーサルをしていた折に“よこしま”という言葉を思いついた自分の機知が誇らしかった。まさに自分が発見したことの衝撃を正確に伝える言葉だ」
 〜D.M.ディヴァイン『紙片は告発する』より

 
 今月取り上げる二つのミステリに「邪な」という言葉(英語で同一かは不明) が登場するのは偶然にすぎないが、人の心の「邪さ」を織り上げつつ、サプライズ・エンディングを用意する二人の英国の本格派作家が並んだのは好一対の組み合わせだ。
 

ラスキン・テラスの亡霊 (論創海外ミステリ)

ラスキン・テラスの亡霊 (論創海外ミステリ)

 ラスキン・テラスの亡霊』(1953) は、一昨年紹介された『リモート・コントロール』(1970) が「本格ミステリ・ベスト」本などで好評を博したハリー・カーマイケルの本邦紹介第二弾。
『リモート・コントロールの帯には、「D.M.ディヴァインを凌駕する英国の本格派作家」の文字が躍っていたのが印象的だった。当欄としても、その年のクラシック・ミステリ、ベスト1に選んだだけに、これに続く本書は注目の一作だ。 『リモート・コントロール』 が比較的後期の作品だったのに対し、本書は、ぐっと時代を遡って第三作、ごく初期の作品に当たる。
著名なスリラー作家クリストファー・ペインの妻エスターが睡眠薬に入った毒物を摂取して死亡する。状況は、事故か自殺か他殺なのか判然としない。
 調査には当たるのは、『リモート・コントロール』でも探偵役クインの友人として顔を見せた保険会社の調査員バイパー。
 関係者の調査で、夫人エスターが多くの人から憎まれる存在であったこと、毒物を投与する機会をもつ関係者が複数いたこと、さらにエスターの死の状況がペインの新作スリラーの内容と酷似していることも判明してくる。続いて、エスターの愛人とみられる主治医の夫人が不可解な状況で死亡するという第二の事件が発生する。
 主要登場人物は多くはないが、彼らの人間関係は錯綜し、容疑者は絞り込めない。
 バイパーは、関係者の若い女性に恋愛感情をもってしまうこともあり、エスターが遺した憎しみの渦に巻き込まれていることを自覚する。
「自分には関係もない人々の人生から、どうして距離を置くことができないのか?」と自問し、「他人の問題を、あたかも自分の問題のように背負い込んでしま」う、というのがこの探偵役のユニークなところで、シリーズの基底音にもなっているようだ。ちょっと、チャンドラーや初期ロス・マクドナルド流の感傷を思わせる。
 本書では脇に廻っている相棒の新聞記者クインにも「感傷的」と評されるバイパーの性分ゆえ、バイパーの尋問は、どれも真剣勝負の迫力を備えている。関係者の多くは、「邪な」嘘と秘密を抱えており、バイパーは、直感と推理で肉迫していく場面は緊張感が持続する。
 事件は、主要人物の死をもって解決したようにみえるが、最後の最後に大きなサプライズが待ち構えている。謎解きはさりげなく多くを語らないのが作者の美学のようだが、あちこち伏線が輝き出し、不可解すぎるある人物の言動の意味が氷解するのもポイントが高い。
『リモート・コントロール』については、「最小限のひねりで最大限の効果という理想的なプロット」と書いた。本書のサプライズの演出は確かなものだが、初期の作品ということもあってか、事件と作中小説の酷似など興味を惹く要素を盛り込みすぎ、プロット全体の統一感に欠ける感は否めない。暗く物悲しいトーンや鋭利な人物描写、内省的な探偵、サプライズといった魅力的な諸要素は『リモート・コントロール』と共通するもので、邦訳が控えているという第三弾も楽しみにしたい。
 
紙片は告発する (創元推理文庫)

紙片は告発する (創元推理文庫)

 日本の読者の高評価を得、全作紹介が進むD・M・ディヴァインは、この度の『紙片は告発する』(1970) の邦訳をもって、未訳長編はあと二作になった。未訳作が減っていく中にあって作品の密度が衰えないのは、さすがである。本書は、全十三長編のうちの第九作。
 町議会議員の娘で町庁舎(タウンホール) タイピストのルースが何者かに殺害される。彼女は、死の直前、秘密のメモを入手し、「よこしまなこと」が起きていることを警察に話すと広言していた。キルクラノンの町では、町長選出にまつわるいざこざが起きており、庁内には様々な思惑がひしめいていた。ルースが入手した秘密とは、彼女を殺害した犯人とは。
 ディヴァインの作の舞台は多くは地味で現実的なものだが、本書も、同様、スコットランドの町庁舎と町議会が舞台になっている。ただ、興味深いのは、町政の日常が丁寧に描かれていることで、議会運営や行政の現場がつぶさに描かれているミステリというのは珍しい。首長が行政執行を担い、議会が議決機関である日本の地方行政と違って、少なくともこの時代は、町議会の委員会に執行権があるようだ。町長 (タウンマネージャー) も議会の任命制。事件の背景には、こうした町政の現場の入札に関する疑惑や町政運営の舵取り役をめぐるさや当てがある。
 シリーズキャラクターをつくらなかったディヴァインだが、本書で主人公の役割を務めているのが、31歳のジェニファー・エインズレー。有能で美人の副書記官で、できるキャリアウーマンのはしりのような存在だが、上司の書記官ジョフリーと不倫関係にある。
 ディヴァインの小説の主人公役は、おおむね好感がもてる人物で、ロマンスの彩りがあるが、本書もその例に漏れない。ジェニファーは、上司との不倫が発覚するのではという恐れを抱えながら、人間関係が綾なす事件に巻き込まれていく一方で、事件の捜査に当たる警部補に好意をもち始める。
 およそ地味な舞台設定にもかかわらず、ディヴァイン印ともいえる丁寧な人間描写で、多数の議員や職員などを描き分け、謎解きとジェニファーの行く末に、読者の興味を引き寄せていく腕前は、変わらない。
 筆者には、ディヴァインの人間描写が巷間いわれるほどのものとは思えないものの(本書においても登場人物の数人はかなり類型的で、話の展開に併せ都合が良すぎる部分がある)、やはり、秘密を抱えた人間たちの関係をベースに、錯綜したプロットをつくりあげ、サプライズをきれいに決める術こそ、彼の真骨頂であると思われる。
 その点、本書においても、複雑な人間関係の上にあぶり出される真相はかなり意外なものだが、謎解きの決め手は小粒にすぎ、説得力に関しては十分とはいえないうらみがある。
 
地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録

地下道の鳩: ジョン・ル・カレ回想録

 ジョン・ル・カレ『地下道の鳩』(2016) は、1961年にデビューして以降、今なお新作を発表し続け、映画化・TVドラマ化も相次ぐ巨匠の回想録。昨年の原書刊行時には、既に著者は八十半ばであるが、過去を語ってウイットに富み、瑞々しくさえある筆致に驚かされる。
 回想録といっても時系列に沿って自分史を綴っていくような書ではない。思い出すままに、とでもいうように、38の断章が連なる。作家が体験・見聞してきた様々なエピソードが入り混じり、緩やかなテーマのもとで結ばれている。
 登場するのは、グレアム・グリーンアレック・ギネスソ連水爆の父サハロフ、サッチャー首相、アラファト議長、数々の映画監督、ロシアのマフィアなどなど綺羅星のごとき有名な、あるいは無名な人々。
 『寒い国から帰ってきたスパイ』以降、世界的な名声を獲得した作家にしても、一人の人間がこれだけドラマティックな場面に立ち会えるのかと思うほど、豊富で刺激的なエピソードが満載である。読者が著者の作品になんの知識もないことを前提にしているとあるように、ル・カレ作品に触れたことのない人にとっても、驚きと発見に満ちた本だろう。
 扱われるのは、英国のMI5やMI6で国家機密活動に従事してきた青年期、小説執筆以降、世界を駆け巡って出逢った有名無名の人々の横顔……。
 作家は旅をする。カンボジアベトナムイスラエルパレスチナ、中米、ロシア、東コンゴ……。峻烈な紛争地域を含め、現地に出かけるようになったきっかけが面白い。
 1974年、香港に到着した作家は、香港と中国本土の九龍地区がいつの間に海底トンネルでつながっていたことを知る。『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の校正を済ませたばかりで、スターフェリーを使った九龍と香港島の間の追跡劇がこの本の魅力と考えていた作家は、古いガイドブックを参考に現地の最新事情を知らず書いてしまったのだ。校正刷りを取り出し、書き直した文章をロンドンに送るが、アメリカ向けの初版を修正するのはもはや手遅れだった。作家は「行ったことのない場所は二度と小説の舞台にするまい」と心に誓い、「過去の経験という財産を食いつぶしている」「そろそろ未知の世界にくり出すきときではないのか」と考える。(「現地に出かける」)
 ほどなく、カンボジアに出かけ、塹壕で横たわり、心底怯えて、メコン川対岸に陣取る狙撃手たちと対峙するような経験にも飛び込んでいく。
 旅の途上、人生の途上で出逢った人々の肖像が有名無名を問わず魅力的だ。プノンペンで安全な住まいと希望を失った子供にその両方を与え続ける、怖れ知らずの女性イヴェット。ビルマの王女と恋に落ちたイギリスのベテラン諜報員。国内の共産主義者の集団に潜入したまま、名もなく死んだ二重スパイ。孤児の学校で作家と踊りまくるPLO議長アラファト…。
 彼らの一部は、『スクールボーイ閣下』『ナイロビの蜂等の登場人物のモデルになっていることも明かされている。
 映画ファンにとっても見逃せない部分も多い。映画『寒い国から帰って来たスパイ』の知られざるエピソード。ル・カレの作品を映画化しようとした(そして果たせなかった)監督リストには、フリッツ・ラング!、シドニー・ポラックフランシス・フォード・コッポラスタンリー・キューブリックらが連なり、彼らとの交流も明かされている。
 本書をとりわけ、奥行きのあるものにしているのは、作家の父との関係性である。著者によれば、父ロニーは、「詐欺師で空想家、ときどき刑務所にも入った」男。詐欺師の例にもれず、「説得の達人」で、「多くの人の人生を破滅させた」。作家の母は、5歳のときに家を出ていっている。父親の破天荒な行状は喜劇的にすら描かれているが、こうした両親の子として、作家がどれだけの内面に苦しみと葛藤を抱えたかは想像に難くない。
 作家は振り返る。「私はスパイ活動で初めて秘密を持ったのではなかった。子供のころから、言い逃れやごまかしは必須の武器だった。青年期には誰もがある種のスパイになるものだが、私は腕利きのスパイだった」
 作家は自問する。「机のまえで悪事を思い描いて白紙のページに綴る男(私) と、毎朝きれいなシャツを着て、想像力以外には何も持たず、犠牲者をだまそうと出陣していく男(ロニー)のあいだに、はたして大きなちがいはあるのだろうか」と。
 本書は全体としてみると、詐欺師の父に育てられ、母に捨てられた少年、子供時代には兄への愛情を除いて「いかなる愛情を抱いた記憶がない」少年が、自らを探し続けた彷徨の記録とも読める。
 本書が、スパイであること、作家であることを同質のものとみなし、自らのアイデンティティとして引き受けた稀有の作家の回想録とすれば、その深い味わいは尽きることがない。
 

  • 当サイト掲載「訳者自身による新刊紹介」もご覧ください。

 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/20170314/1489448581
  


ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
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リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

リモート・コントロール (論創海外ミステリ)

そして医師も死す (創元推理文庫)

そして医師も死す (創元推理文庫)

跡形なく沈む (創元推理文庫)

跡形なく沈む (創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

五番目のコード (創元推理文庫)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

寒い国から帰ってきたスパイ (ハヤカワ文庫 NV 174)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ〔新訳版〕 (ハヤカワ文庫NV)

スクールボーイ閣下〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

スクールボーイ閣下〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)

スクールボーイ閣下〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

スクールボーイ閣下〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

ナイロビの蜂 上 (集英社文庫)

ナイロビの蜂 上 (集英社文庫)

ナイロビの蜂 下 (集英社文庫)

ナイロビの蜂 下 (集英社文庫)

   

センセーショナルな旅〜レ・ファニュ『ドラゴン・ヴォランの部屋』他(執筆者:ストラングル・成田)

 
 センセーション・ノベルといえば、ウィルキー・コリンズ『白衣の女』(1860) あたりから英国で流行したメロドラマ的犯罪小説で、ミステリの母胎ともいわれる。ジャンルとしては、いっときの流行に終ったようにみえるが、その影響は形を変え、現代にも及んでいる。サラ・ウォーターズは、コリンズの語りの手法に学んでいるし、我が国でも評判のアーナルデュル・インドリダソンの作風は現代のセンセーション・ノベルであるかのようだ。
 

ドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)

ドラゴン・ヴォランの部屋 (レ・ファニュ傑作選) (創元推理文庫)

 19世紀アイルランドの作家レ・ファニュといえば、「緑茶」「吸血鬼カーミラなどの怪奇小説で名高いが、センセーション・ノベルの書き手として、クラシックミステリの観点からも見逃せない作家だ。セイヤーズは、前ドイル期の〈謎と恐怖の巨匠〉として高く評価しているし、密室ミステリ研究家のロバート・エイディーは、ポー「モルグ街の殺人」(1941) より3年前に書かれた密室ミステリの嚆矢として、レ・ファニュの短編を挙げ、長編『アンクル・サイラス』(1864)も密室物に数えている。ゴーストハンター物のはしりを書いた作家でもある。
 『ドラゴン・ヴォランの部屋』は、『吸血鬼カーミラ以来、およそ50年ぶりに、本邦で編まれたレ・ファニュの短編集。五編収録された中短編はどれも魅力的だが、クラシックミステリという観点からは、特に、1872年に発表された表題作は見逃せない。
 ときは、ナポレオンが最終的に失脚した1815年、ところは、フランス。解放されたパリに向かって英国の旅行者は押し寄せたが、主人公の「私」ベケットもその一人。資産家で美丈夫の青年は、花の都での冒険に胸を躍らせていたが、途上、出逢った若い貴婦人に強く魅せられる。彼女は、年不相応に高齢なサン=タリル伯爵の夫人らしい。私は、ふとした争いごとから伯爵夫妻を救うが、二人を乗せた馬車はパリに去っていく。
 絶世の美女との出逢いと冒険の予感。パリに着いた私は、旅の途中で知り合いになった貴族の勧める宿《ドラゴン・ヴォラン》の一室に滞在するが、部屋の窓から見える古びた城は、サン=タリル伯爵夫妻の居城だった……。
 「私」の伯爵夫人に対する燃え上がる愛を燃料にして、起伏に富んだ物語が駆動していく。犯罪、策略や恐怖などセンセーション・ノベルの要素は濃厚であるものの、全体としては、今の言葉でいえば、巻き込まれ型サスペンスというところだろうか。邦訳で700頁もある『アンクル・サイラス』のもったりとした展開と比べると驚くほどスピーディな筋運びだ。
 ミステリ的要素として強力なのは、私の滞在する部屋にかつて宿泊していた三人の男が次々と行方不明になっていることだろうか。その状況は極めて不可解。一人の男性などは、鍵のかかった宿から謎の消失を遂げている。消失の謎自体は解かれてみればありがちなものだが、こうした過去の一連の消失事件が主筋に密接に絡んでいるのが好ましい。
 ブルボン王朝再興時のパリが活写されており、特に、大仮面舞踏会の場面は、その壮麗さで特筆すべき場面だ。四千本ものゆらめく大蝋燭の下、奇妙に着飾った大勢の男女が集い、仮面をつけた男女が誰とも知らずに会話を交わす。中国人の不思議な占い師が、相手の心を読む驚異のパフォーマンスを披露し、謎の死体まで出現する。この仮面舞踏会のシーンで、私の運命は急変し、死を賭した「冒険」に向けて加速がかかっていく。
 不可解な消失事件、謎の予言者など一見超自然的な要素も、結末に至ってすべて合理的に解き明かされ、私の冒険が大きな全体の構図に収まるように書かれているところに、黎明期のミステリとしての先駆性を感じさせる。主人公の運命と結びつく大きな謎は、前時代的な家庭の秘密などではないことが、かえってカラっとしており、いささか自意識過剰気味の若者の冒険を喜劇的タッチで描いている点も、現代的だ。謎−解明のプロットを持ち込んでいることを抜きにしても、風変りな冒険談として愉しめる。
 それ以外の四編は、怪奇や神秘を主題した小説だが、本格的怪奇譚から民話風(「ローラ・シルヴァー・ベル」)までタッチはそれぞれ異なり、多彩な表情を見せている。中でも、花嫁の居室に謎の狂女が出現する(そして結末に至って何も解明されない)ティーロン州のある名家の物語」は、強烈な不気味さを残し、圧倒される。
 
ミドル・テンプルの殺人 (論創海外ミステリ)

ミドル・テンプルの殺人 (論創海外ミステリ)

 解説の横井司氏が「センセーション・ノヴェルを近代化したもの」と指摘するように、J.S.フレッチャー『ミドル・テンプルの殺人』(1919) (55年ぶりの新訳)も、スピード感あるセンセーション・ノベルの範疇に入るのかもしれない。最近では、冒険小説風の『亡者の金』が紹介されているフレッチャーだが、同書にみられたストーリーテリングの冴えは、本書でも発揮されている。
 
 ロンドンのミドル・テンプル(法曹院のある一区画) で、深夜、初老の男が撲殺された。男の素性を示す手がかりは、ある弁護士の名前を書いた紙片のみ。たまたま殺人現場近くを通りかかった新聞社副編集長フランク・スパルゴは、殺人事件の真相解明に並々ならぬ情熱を燃やす。
 かつて、本書はフレッチャーの代表作とされ、コツコツと足で稼ぐ凡人型探偵の文脈でクロフツと並び称されたように記憶するが、現物に当たってみると、必ずしもクロフツと同巧ではない。フレンチ警部クロフツの探偵は、確かにコツコツと足で稼ぐが、捜査にはトライアル&エラーの要素があり、それは一面では謎解きの余詰みをなくしていく機能を担っている。
 スパルゴも行動派の足で稼ぐ探偵なのだが、トライアル&エラーの要素は薄く、謎に迫っていくスパルゴの調査は、だいたいにおいて「当たり」なのだ。被害者の宿泊したホテルに行けば、警察に渡していない手がかりが手に入るし、新聞記事を書けば読みどおり証言者が現れ、謎のプレートが見つかるとそれを知悉する人間の証言が得られる。探索者にとって都合が良すぎるゲームのようだ。その分、被害者を取り巻く事情がテンポ良く明らかになっていき、意表を突く展開を可能にしている。本書の面白さは、被害者の正体という根茎を掘っていくうちに、隠れた秘密が芋づる式に出てくるところにある。
 実際、検死裁判を通じて、社会的地位のある容疑者が浮上し、彼の無罪を確信して捜査を続けるうちに、過去の重大犯罪や身近な人物の秘められた過去が浮かび上がってくるくだりなどは、この糸を手繰り寄せていく快感に近い。被害者の出自そして過去の事件の謎を解くことが、現在の事件の解明につながる。ここにおいて、スパルゴの行動は、家庭の秘密を探っていくハードボイルドの探偵のようでもあり、砂の器の刑事たちのようでもある。
 文章は平明で文学趣味もみられないが、何も起きない村で退屈を噛みしめているウェイトレスや、証言と引き換えに年金支給を迫る因業な老婆など調査の過程で行き会う人物は印象的に描かれている。
 謎解きとしては、ほとんどフェアプレイに配慮していないから、読者と犯人当てを競うような小説ではない。そうはいっても、後半、最大の容疑者が明らかになってからも、曲折が待ち受けており、偶然に頼りすぎという欠点があるにしても、後景に退いていた読者の記憶が、これまた芋づる式に引き出されていく展開は、なかなか手が込んでいる。本書には、家庭の秘密、過去の犯罪、重要人物の容疑、裁判の進行などセンセーション・ノベル的要素が詰まっているが、それをテンポのいい、一貫した探索の物語として仕上げているのは、作者の手柄だろう。
 本格ミステリが、犯人と探偵の、あるいは作者と読者の「対人ゲーム」的だとすると、本書は、探偵が行動範囲を広げながら解明という結末に向かう「ロールプレイング・ゲーム」的な作ともいえる。海外において、本格ミステリの影が薄い現状をみるにつけ、センセーション・ノベルに胚胎した「謎と探索」の物語としては、本書のような行き方の方が、むしろ普遍性があるのかもしれない。そういう意味でも、センセーション・ノベルとハードボイルド以降を架橋するような本書は、当たってみて損のない古典である。
 

ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
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白衣の女 (上) (岩波文庫)

白衣の女 (上) (岩波文庫)

白衣の女 (中) (岩波文庫)

白衣の女 (中) (岩波文庫)

白衣の女 (下) (岩波文庫)

白衣の女 (下) (岩波文庫)

アンクル・サイラス〈上〉 (1980年)

アンクル・サイラス〈上〉 (1980年)

アンクル・サイラス〈下〉 (1980年)

アンクル・サイラス〈下〉 (1980年)

吸血鬼カーミラ (創元推理文庫 506-1)

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墓地に建つ館

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怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)

怪奇小説傑作集 1 英米編 1 [新版] (創元推理文庫)

亡者の金 (論創海外ミステリ)

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砂の器(上) (新潮文庫)

砂の器(上) (新潮文庫)

砂の器(下) (新潮文庫)

砂の器(下) (新潮文庫)

<あの頃映画> 砂の器 デジタルリマスター版 [DVD]

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砂の器 DVD-BOX

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破局は「東風」に乗って〜デュ・モーリア『人形』他(執筆者:ストラングル・成田)

  
 イギリスの童謡マザーグースに、「東風は人やけものに良くない」という唄があるそうだ。
 北風、南風ときて「西風が最高」と結ばれる。日本と違ってイギリスでは、東風が荒々しい風、西風が穏やかな風ということらしい。
 デュ・モーリア短編集『人形』の冒頭に収められた「東風」はやはり人にとって禍々しい風だ。外界から閉ざされた無人島で暮らしている人々が、東から吹く大風に吹かれた翌日、島に流れ着いた帆船から降りてきた黒い男たちに遭遇する。人々は平穏な生活を放り出し、狂気じみた感覚が島民を襲う。
 

『人形』は、レベッカで著名で短編にも定評のある英国女性作家ダフネ・デュ・モーリアの初期の短編14編を収録。最近の本では、異邦を舞台にした長めの短編を収録した『いま見てはいけない』で、人間心理の暗部にも踏み込みつつ豊かな物語世界を展開させていたのが記憶に新しい。
 本書の短編は、各編が短かく、また初期の作ということもあってか、『鳥』『いま見てはいけない』収録作の芳醇さこそないが、三人称あり、手記、独白、スケッチ風や書簡体ありといった多様なナラティブで語られ、作品のタイプも悲劇的であったり、喜劇的であったり、風刺的であったり、幻想的であったりする。作者は、この短編群では、できるだけ幅広いスタイルを試そうとしているようでもある。
 といっても、デュ・モーリアらしさは、至るところに刻印されている。
「東風」に続く「人形」は、作家デビューの前に書かれた短編で、ある男の手記の形で、レベッカ(!) という小妖精のようなバイオリニストへの狂おしい愛と彼女が部屋に隠している秘密が描かれる。人形愛小説の秀作。「東風」「人形」いずれも、禁忌への欲望とそれがもたらす破局についての小説だ。
「いざ、父なる神に」と続編「天使ら、大天使らとともに」では一転、上流階級の人々が通う教会の牧師の独善、俗物性を皮肉なタッチで徹底的にあぶり出す。
「性格の不一致」「満たされぬ欲求」「ピカデリー」「飼い猫」「痛みはいつか消える」「ウィークエンド」「そして手紙は冷たくなった」などには、ディスコミュニケーションと裏切りのモチーフが通奏低音のように流れている。これらの短編の多くは、上流・下層を問わず男女の愛情に材をとっているが、彼らの恋愛の多くの場合、行き違い、失望を生んでいく。その成行きを確かな技術と怜悧な観察に基づき張り詰めた緊張感、切迫感をもって綴っていくからどれもがサスペンスフル。 
「幸福の谷」は、放心気味の女性が夢で見る場所を新婚旅行先で訪れるという幻想譚で『レベッカ』につながる重要作。「笠貝」は、自己中心で被害者意識の強い女が、悪意なしに関わる人々すべてを攪乱し、破局をもたらしていく顛末が女の独白で語られる。笠貝は岩盤に密着して身を守っている貝。英語名limpetは、「しつこくまといつく人」等の意味がある。笠貝のヴィジュアルイメージと相まって、薄気味の悪い人物造型という点では、群を抜いた作品。
 性格の不一致、周囲との不一致が拡大すれば、世界への強烈な違和感になる。加えて、「東風」や「人形」にみられる不定形で名付けようのない欲望を宿しているという感覚は、この作家の強烈な個性だろう。
 
誰もがポオを読んでいた (論創海外ミステリ)

誰もがポオを読んでいた (論創海外ミステリ)

 相当のミステリ通でもアメリア・レイノルズ・ロングの名を聞いたことのある人は少ないだろう。かくいう筆者も、この女性作家が30冊あまりのミステリを残した「貸本系アメリカンB級ミステリの女王」ということを本書解説で初めて知った次第。英米では、1930年代から40年代にかけて貸本スタイルが流行り、当然ミステリも人気を博した。貸本のための専門出版社がいくつもでき、この作家はフェニックス出版という専門出版社の四番バッターだったという。
 貸本小説というといかにも大衆受けする通俗な作品のようだが、『誰もがポオを読んでいた』(1944) の印象は、必ずしもそうではない。
 舞台はフィラデルフィア大学。ポオの手稿が発見されたことに端を発し、ポオのゼミを受講している大学院生が「アモンティラードの酒樽」に似た状況で殺される。続いて、「マリー・ロジェの謎」「モルグ街の殺人」「メッツェンガーシュタイン」といった作品に見立てられた殺人が次々と起きる。小節のタイトルもこれらの作品の一部から引用されているなど、まさにポオ尽くし。我が国のポオ尽くしミステリである平石貴樹『だれもがポオを愛していた』が80年代半ばということを思えば、40年代にこれだけ文芸味たっぷりの趣向を凝らした作が貸本ミステリのジャンルに存在していたのには驚かされる。
 探偵役は、同じくポオゼミ受講者の女子大学院生で、ミステリ作家でもあるピーターと犯罪心理学者トリローニー。ポオ尽くしといってもハイブロウすぎることも、怪奇味たっぷりなわけでもなく、女子学生ピーターが好奇心旺盛に謎を追求していく、カジュアルでテンポのいい学園ミステリでもある。
 ただ、作中で繰り広げられる推理は意外に本格的なもの。原稿がすり替えられたのはいつかという謎が核にあり、その点を巡って容疑者が二転三転していく運びはなかなかのものだ。しかし、殺人が起きすぎて犯人候補が限定されてしまい、決め手の論理も甘く、見立ての理由も薄いといった欠点も目につく。人物や描写のコクを求める向きにも、物足りないかもしれない。
 貸本ミステリという一段低くみられ、制約もありそうな枠組みの中で、ポオ尽くしという外連味とコージー風の筋立てが同居している不思議な一品。
  昨年の『幽霊屋敷と消えたオウム』に続いて刊行されたエラリー・クイーンジュブナイル『黒い犬と逃げた銀行強盗』(1941)。『幽霊屋敷〜』は見習い探偵ジュナシリーズ第三作だったが、本書は第一作。版元は、シリーズの再紹介に本腰を入れていくようだ。
 先ごろ紹介されたエラリー・クイーン 推理の芸術』によると、本書はクイーンのジュブナイルシリーズの過半を手掛けたジャーナリスト、サミュエル・ダフ・マッコイの筆になるもの。このシリーズは、クイーンの片割れダネイは一切関知せず、リーが編集・監修したということが同書で明らかにされている。
 主人公ジュナは、アニー・エラリーおばと片田舎のエデンボロ村に暮らす少年。近くの町にブラックバス用の釣り針を買いにいった際に、三人組の銀行強盗事件に出くわしてしまう。強盗たちの乗った車は近くの町へ続く道で消えてしまったかのようで、警察は足取りもつかめない。
 愛犬チャンプが強盗に撃ち殺されそうになって怒り心頭のジュナは単独で事件の謎に迫ろうと奮闘する。消えた自動車の謎は単純で、善人悪人も早い段階で見当がついてしまうが、悪漢に捕えられて地下室で水責めにあう見せ場もある。ジュナの賢さ、勇敢さ、優しさが随所に出ていて、大人が子どもに読んでもらいたい典型のような作品でもある。TVもゲーム機もない時代、さて今日は何をしよう、という少年の夏の日の気分がよく出ていて、年長の読者もノスタルジーも味わえる。
 
 

2016年のクラシック・ミステリ
(2015年末に刊行されたものも便宜上2016年にくくっています)

 
 多様な作品が紹介され充実していた2016年のクラシック・ミステリとその周辺を振り返ってみると、同じように要約されるストーリーを織り込んだ作品が幾つもあったことに気づかされる。
 

    1. 秘密をもつ主人から脱出を試みるが、何度試みても連れ戻される。
    2. 生まれ育った村から脱出を試みるが、連れ戻される。
    3. 谷間に住む一家から脱出を試みるが、連れ戻される。 
    4. 不穏な邸宅から脱出を試みるが、連れ戻される。

ケイレブ・ウィリアムズ (白水Uブックス) 虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ) 人形つくり (ドーキー・アーカイヴ) 日時計 鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)
 1は、ウィリアム・ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』(1794)、
 2はL.P.デイヴィス『虚構の男』(1965)、
 3はサーバン『人形つくり』の「リングストーンズ」(1951)、
 4はシャーリイ・ジャクスン『日時計(1958)(『鳥の巣』も同様の要素あり)。
 
 18世紀と20世紀、時を大きく隔てた作品に、最初のミステリ長編ともいわれる『ケイレブ・ウィリアムズ』と同様の構造を見い出せるのが面白い。「連れ戻される」「逃げられない」を「囚われている」状態と捉えれば、そこに「塔の中の姫君」的なゴシック小説のモチーフが浮上する。時代を超えて、ゴシック小説の一要素が人の心を捉え、ミステリ的作品の養分になり、現代にリバイバルされるのは、人間の生の本質を衝いているからでもあろう。
 一方で、「連れ戻される」「ふりだしに戻る」という運動と捉えれば、それは、本格ミステリの形式内で行われる思考の運動そのものだ。本格ミステリは、事実に基づく推理、その失敗を繰り返し、常に「ふりだしに戻る」性質を内在している。何度も「ふりだしに戻」りながら、真相への血路を切り開き、「逃げ切る」のが本格ミステリという形式ともいえる。
 「逃げられない」を一方の極、「逃げ切る」をもう一方の極として、その間の多様なグラデーションの中に存在しているのがミステリというジャンルなのかもしれない。
 そういう意味では、昨年のクラシック・ミステリも、「逃げ切る」本格ミステリが多かったが、「逃げられない」小説も、また強い印象を残したとまとめられようか。
 
虚構の男 (ドーキー・アーカイヴ) 人形つくり (ドーキー・アーカイヴ) ミステリ・ウィークエンド (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ) 日時計 処刑人 (創元推理文庫) 絞首人 鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)
 2016年を振り返ってみると、論創海外ミステリがおおむね月二冊のペースで本格ミステリを中心にマニアックなところを届けてくれている功績は大。
 老舗、創元推理文庫からは、アリンガムの短編集、コリン・ワトソンなどの企画に加え、カーなどの新訳が続いているのがありがたい。
 国書刊行会からは、ミステリ・プロパーではないが、『虚構の男』『人形つくり』を皮切りに、知られざる傑作、埋もれた異色作をジャンルを問わず紹介する〈ドーキー・アーカイブ〉が発進。同社では、新シリーズ〈ホームズ万国博覧会〉や〈シャーロック・ホームズの姉妹たち〉といった目の離せないシリーズも始まった。
 原書房の〈ヴィンテージ・ミステリーシリーズ〉は、『ミステリ・ウィークエンド』をもってお休みになったが、マクロイやフリーマンなどを出した、ちくま文庫が堅調。
 生誕100年ということもあって、日時計』『絞首人』(『処刑人』) 『鳥の巣』とシャーリイ・ジャクスンの初紹介作が次々と刊行されたことは特筆すべきできごとだった。
〈ヒラヤマ探偵文庫〉をはじめ、電子書籍で貴重な仕事が届けられていることも忘れてはならない。
 
ケイレブ・ウィリアムズ (白水Uブックス) グランド・バビロン・ホテル 亡者の金 (論創海外ミステリ) 質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿 (シャーロック・ホームズの姉妹たち) 駆け出し探偵フランシス・ベアードの冒険 (シャーロック・ホームズの姉妹たち)
 作品に即していえば、黄金期以前の古典では、ゴドウィン『ケイレブ・ウィリアムズ』、アーノルド・ベネット『グランド・バビロン・ホテル』、 J・S・フレッチャ『亡者の金』などがあった。ファーガス・ヒューム『質屋探偵ヘイガー・スタンリーの事件簿』、レジナルド・ライト・カウフマン『駆け出し探偵フランシス・べアードの冒険』では珍しい初期の女性探偵を紹介してくれた。
 
オシリスの眼 (ちくま文庫) アンジェリーナ・フルードの謎 (論創海外ミステリ 179 ホームズのライヴァルたち) 守銭奴の遺産 (論創海外ミステリ) 極悪人の肖像 (論創海外ミステリ)
 R.オースティン・フリーマンは、完訳なったオシリスの眼』『アンジェリーナ・フルードの謎』でオーソドックスな謎解き小説の確立者としての貫録を見せつけた。イーデン・フィルポッツは、守銭奴の遺産』本格ミステリ『極悪人の肖像』は犯罪小説の形式で、新たな「悪人」像を披歴した。
 
九つの解決 (論創海外ミステリ) 消えたボランド氏 (論創海外ミステリ 180) 闇と静謐 (論創海外ミステリ) 厚かましいアリバイ (論創海外ミステリ) 緯度殺人事件 (論創海外ミステリ) ルーン・レイクの惨劇 (論創海外ミステリ)
 黄金期では、推理の愉しみに徹して精緻なJ.J.コニントン『九つの解決』、不可能興味を重視したノーマン・ベロウ『消えたボランド氏』、マックス・アフォード『闇と静謐』、C・デイリー・キング 『厚かましいアリバイ』といった「幻の本格」系やサスペンスフルな船上ミステリ、ルーファス・キング 『緯度殺人事件』、ケネス・デュアン・ウイップル『ルーン・レイクの惨劇』といったパルプ系のレアなところも紹介された。
 
ミステリ・ウィークエンド (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ) ささやく真実 (創元推理文庫) 二人のウィリング (ちくま文庫)
 名手パーシヴァル・ワイルドのミステリ長編第1作『ミステリ・ウィークエンド』はアクロバティックな構成で最初から優れた書き手であったことを存分に示した。『ささやく真実』『二人のウィリング』と、評価とみに高まるヘレン・マクロイの掘り起こしも加速している。特に後者は悪夢のようなビジョンが中核になっていて忘れ難い。
 
生ける死者に眠りを (論創海外ミステリ 175) 嵐の館 (論創海外ミステリ) カクテルパーティ (論創海外ミステリ) 灯火が消える前に (論創海外ミステリ) 灯火管制 (論創海外ミステリ) ハイキャッスル屋敷の死 (海外文庫)
フィリップ・マクドナルド『生ける死者に眠りを』は、サスペンスながらそして誰もいなくなったの原型的作品。ミニオン・G.エバハート『嵐の館』は、サスペンスと謎解きの巧妙なブレンドだった。
『カクテルパーティー』『灯火が消える前に』と、エリザベス・フェラーズのポスト黄金期の二冊が紹介されたのも印象的だった。特に、前者は、フェラーズの新たな代表作といえる。アントニー・ギルバート『灯火管制』は語り口とキャラクター造型が光り、レオ・ブルース『ハイキャッスル屋敷の死』は持ち前のユーモアは控えめながら、そのことにも意味がある謎解き絵巻。
 
愚者たちの棺 (創元推理文庫) 浴室には誰もいない (創元推理文庫) 緑の髪の娘 (論創海外ミステリ) 熱く冷たいアリバイ (エラリー・クイーン外典コレクション) 震える石 (論創海外ミステリ) 盗まれた指 (論創海外ミステリ)
 英国のニューヒーローは、コリン・ワトソン『愚者たちの棺』『浴室には誰もいない』。謎解きを中核としつつ意地悪なファースの味は格別で、巻を追うごとにファンを獲得しそうだ。スタンリー・ハインランド『緑の髪の娘』は、地方警察小説とみせて形を変えていく大変化球。
 エラリー・クイーン外典コレクションは、『熱く冷たいアリバイ』をもって完結。
 ピエール・ボワロー『震える石』、S.A.ステーマン『盗まれた指』と、久方ぶりにフランス30年代の本格ミステリも紹介された。この線でもまだ鉱脈があるようだ。
 
拾った女 (扶桑社文庫) ダークライト (論創海外ミステリ) 噂のレコード原盤の秘密 (論創海外ミステリ)
 ハードボイルド/ノワール系は、相変わらず点数が少ないが、チャールズ・ウィルフォード『拾った女』は、各種ベスト10でも上位に食い込んだ異形のノワール。二度読み必至のラストが待ち受ける。ほかに、折り目正しいハードボイルド、バート・スパイサーダークライト』、懐かしの軽ハードボイド、フランク・グルーバー『噂のレコード原盤の秘密』が目につく程度。
 
ルーフォック・オルメスの冒険 (創元推理文庫) 幻の屋敷 (キャンピオン氏の事件簿2) (創元推理文庫) クリスマスの朝に (キャンピオン氏の事件簿3) (創元推理文庫) ロルドの恐怖劇場 (ちくま文庫) J・G・リーダー氏の心 (論創海外ミステリ) ジャック・リッチーのびっくりパレード (ハヤカワ・ポケット・ミステリ) 宇宙探偵マグナス・リドルフ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー) 死の鳥 (ハヤカワ文庫SF)
 短篇集は、質も高くバラエティに富んでいた。
 カミ『ルーフォック・オルメスの冒険』、マージェリー・アリンガム『幻の屋敷』『クリスマスの朝に』アンドレ・ド・ロルド『ロルドの恐怖劇場』エドガー・ウォーレス『J・G・リーダー氏の心』、ジャック・リッチー『ジャック・リッチーのびっくりパレード』などが強い印象を残した。
 純然たるSFミステリを含むジャック・ヴァンス『宇宙探偵マグナス・リドルフ』や、いまなお斬新なMWA受賞作を含むハーラン・エリスン『死の鳥』は、ミステリファンも見逃せない。
 
決定的証拠 (ヒラヤマ探偵文庫) エレインの災難: クレイグ・ケネディ教授の冒険 (ヒラヤマ探偵文庫) ミス・キューザックの推理 (ヒラヤマ探偵文庫) 上海のシャーロック・ホームズ ホームズ万国博覧会 中国篇 けだものと超けだもの (白水Uブックス) 四角い卵 (サキ・コレクション)
ウィスキー&ジョーキンズ: ダンセイニの幻想法螺話 ウィルキー・コリンズ短編選集 モーリス・ルヴェル短篇集 3 古井戸 ネロ・ウルフの事件簿 アーチ・グッドウィン少佐編 (論創海外ミステリ) ウィルソン警視の休日 (論創海外ミステリ) 怪盗ニック全仕事(3) (創元推理文庫)
 古典では、ロドリゲス・オットレンギ 『決定的証拠』、アーサー・B・リーヴ『エレインの災難』、L・T・ミード&ロバート・ユースタス『ミス・キューザックの推理』『上海のシャーロック・ホームズといった珍品や、『けだものと超けだもの』『四角い卵』でサキの再紹介も相次いだ。ロード・ダンセイニ『ウィスキー&ジョーキンズ』ウィルキー・コリンズ短編集』モーリス・ルヴェル短篇集3 古井戸』も貴重な仕事。ほかにも、レックス・スタウトネロ・ウルフの事件簿 アーチー・グッドウィン少佐編』、G・D・H&M・コール 『ウィルソン警視の休日』エドワード・D・ホック『怪盗ニック全仕事3』など愉しめる短編集が多かった。
 
エアポート危機一髪―ヴィッキー・バーの事件簿 (論創海外ミステリ) 見習い探偵ジュナの冒険  幽霊屋敷と消えたオウム (角川つばさ文庫)
 ジュニア物として、ヘレン・ウェルズ『エアポート危機一髪』、クイーン『幽霊屋敷と消えたオウム』がある。
 
イギリス風殺人事件の愉しみ方 ウィルキー・コリンズ (時代のなかの作家たち) アガサ・クリスティーと14の毒薬 エラリー・クイーン 推理の芸術 ぼくのミステリ・クロニクル 本格力 本棚探偵のミステリ・ブックガイド
 評論では、ルーシー・ワースリー『イギリス風殺人事件の愉しみ方』、リン・パイケットウィルキー・コリンズ、キャサリン・ハーカップアガサ・クリスティーと14の毒薬』、フランシス・M・ネヴィンズエラリー・クイーン 推理の芸術』といった辺りがミステリを読む愉しみを深めてくれるだろう。日本のもので海外クラシック・ミステリ関連書として、戸川安宣、空犬太郎『ぼくのミステリ・クロニクル』喜国雅彦国樹由香『本格力』を特筆しておきたい。

 最後に私的ベストを。

順位 作者『作品』 Amazon
1 パーシヴァル・ワイルド『ミステリ・ウィークエンド』 ミステリ・ウィークエンド (ヴィンテージ・ミステリ・シリーズ)
2 エリザベス・フェラーズ『カクテルパーティー カクテルパーティ (論創海外ミステリ)
3 カミ『ルーフォック・オルメスの冒険』 ルーフォック・オルメスの冒険 (創元推理文庫)
4 チャールズ・ウイルフォード『拾った女』 拾った女 (扶桑社文庫)
5 コリン・ワトソン『浴室には誰もいない』 浴室には誰もいない (創元推理文庫)
6 レオ・ブルース『ハイキャッスル屋敷の死』 ハイキャッスル屋敷の死 (海外文庫)
7 ジャック・ヴァンス『宇宙探偵マグナス・リドルフ』 宇宙探偵マグナス・リドルフ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)
8 ヘレン・マクロイ『二人のウィリング』 二人のウィリング (ちくま文庫)
9 マージェリー・アリンガム『幻の屋敷』 幻の屋敷 (キャンピオン氏の事件簿2) (創元推理文庫)
10 スタンリー・ハインランド『緑の髪の娘』 緑の髪の娘 (論創海外ミステリ)
別格 サーバン『人形つくり』 人形つくり (ドーキー・アーカイヴ)
同上 シャーリイ・ジャクスン『鳥の巣』(『日時計』と入替え可) 鳥の巣 (DALKEY ARCHIVE)日時計

    


ストラングル・成田(すとらんぐる・なりた)


 ミステリ読者。北海道在住。
 ツイッターアカウントは @stranglenarita
  

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)

鳥―デュ・モーリア傑作集 (創元推理文庫)

レベッカ (上) (新潮文庫)

レベッカ (上) (新潮文庫)

レベッカ (下) (新潮文庫)

レベッカ (下) (新潮文庫)

レイチェル (創元推理文庫)

レイチェル (創元推理文庫)

だれもがポオを愛していた (創元推理文庫)

だれもがポオを愛していた (創元推理文庫)

エラリー・クイーン 推理の芸術

エラリー・クイーン 推理の芸術